EP22:セテとれボン
〈[リリス・アクリア]視点〉
ステイは俺様に向けて大きく口を開き飛びついてきた。
俺様は予想以上の勢いに後ろの壁に叩きつけられてしまった。
そして、つい2〜3時間前までには無かったヴァンパイア特有の鋭く大きな八重歯が、俺様の左肩に深くえぐる様に刺さった。
「痛ツッー……!!ハハッ!やっぱ速ーなクソッ!!」
ステイのくせに生意気だっ!
しかし、俺様は現在進行形で傷つかれているのにも関わらず、ステイに噛まれ痛みを伴う事にどこか嬉しさを感じていた。
だからか無意識に口角が上がってしまっていた。
「うー!ガギィィィ」
ステイの歯が左肩の筋肉を割き、更に奥へと食い込む。
ヤベッ!笑ってる場合じゃねーな…。
「離れろ…やっ!」
俺様は左肩に齧り付くステイを引き剥がす為、左手で後頭部の髪の毛を掴み、右手では顎の骨を何発か殴り骨を砕き咬合力を無くさせた。
しかし、ヴァンパイアにとっては怪我はあって無い様なもの、骨を粉々に砕いたとしても瞬時に回復して元通りになってしまう。
そして再度、俺様の左肩にステイの牙が食い込む。
「ッあー…クソッが!」
俺様自体、師匠と戦う事はあってもそれはステゴロとしてで、ヴァンパイアとしての師匠とは戦った事は無い。
今まで何十〜何百と人から魔物まで色々な奴と戦って来た、どんな奴も殴れば怯むし、蹴れば倒れた。
だがこいつに今までのそれが通用しない、始めて戦って分かった…………厄介すぎる!
「ぐっ!………ステイーぃぃ……正気になったら覚えてろよー…」
(ブチィィイイ)
そして、俺様の左肩の肉は噛み千切られた。
俺様はその瞬間にステイとの間に足を入れ、蹴ることで距離が取った。
「ッッッーー!!!」
噛み千切られた所からは血が大量に溢れた。
「…………あーもう!」
ヴァンパイアと言っても所詮はステイとナメていたが………にしても…。
「美味そうに食うなーステイ」
口の周りに俺様の血をベッタリと付け、(グチャクチャ)と音を立てながらステイは俺様を食っていた。
俺様としてもどうせ食われるなら美味しそうに食べてほしいが……よくよく考えると変な感じだな。
「ってもまー…そんだけの量で満足してくれたら俺様だって楽なんでけどなー」
理性を失ったヴァンパイアがそんな肉片1つで満足するはずもなく、ステイは俺様の肉片を食べ終えるとまた直ぐに大きく口を開き、俺様を食べに来た。
――
ステイが理性を失ってからそれなりの時間が経った……。
俺様は左肩以外にも左前腕と右横腹を食われ、複数の裂傷を負わされてしまった。
一方ステイはまだまだ元気ピンピン、俺様だって相手が不死身だから本気で殴れて、実際頭だって7回程吹き飛ばしてやったんだが……いまだにステイの理性を取り戻せて無い。
このままダラダラと決着が長引いたら負けるのは必然的に俺様……ステイが理性を取り戻す為の何かがわからない状況じゃーどうしようもねー。
しょーじき外に出て師匠でも呼んで来れれば楽なんだが、今のステイから目を離したら関係ねー奴が食われちまうかもしんねー。
大声で助けを呼ぶってのも1つの手だが、それはダメだ。俺様でも手こずる相手に役に立てる奴なんてそうそういねーからな、「死にに来い」って言ってる様なもんだ。
つまり、現状は何も変わらない……最高だ。
「ハハッ……」
何故この状況で笑えるのだろう…多分それは全力で戦ってる相手がステイだからなのだろう。
5年前、魔物に襲われている所に出くわし助けてやったのが始まりだった。それから少し間が開いて奴隷市場で偶然見かけた、俺様はその時何を考えてステイを購入したのだろう?
いやっ…それは既にわかっている、だがそれは俺様にとってあまりにも後ろめたいんだ。
「なーステイ、俺様って結構寂しがり屋なんだぜー…」
〜〜
家族とは些細な事で喧嘩をし、家に居る事が嫌になって故郷の島を捨てて冒険者になった。
冒険は楽しかった。
島の外では始めての事ばかりで不安だらけだったがその分スリリングで……何より自由だった。
仲間は出来なかった……鬼人だから。
両親から聞いていた事だが鬼人族は差別されている。理由は生まれつき体中に刻まれている紋様が、罪を犯した者に施される刺青と似ていたから。
鬼人族=悪い奴等というレッテルがベッタリと張り付いているのだ。
冒険仲間は出来なかったが、何回か人と一緒に依頼を受けた事はある。皆俺様より弱かったし、依頼が終われば即バイバイだった。
俺様はそうした生活をしていくうちに嫌気がさし、「どうせ仲間なんか出来たって」と考える様になり、ずっと1人で生きて来た。
1人は楽だ、誰にも邪魔されないし、何をするにも自由で、責任が無い。
だけど…少し寂しい。
師匠と出会った時は、運命だと思った。
今思えば好きだったんだと思う。男と女、2人だけで同じ屋根の下に暮らせば自然とそうなっていく。
そんでもって結構アピールしたつもりなんだけど…師匠は一回も振り向いてくれなかったな…。
数年間師匠とは暮らし、このままダラダラと愛してくれない男と過ごしていたらダメだなーと感じ、目的も無くまた冒険に出た。
前と何も変わらない日常が再開した。
魔物を倒し、差別され、喧嘩を売られ買っての繰り返し。
孤高ぶって、寂しさを紛らわせるのも限界だった。
つまり、ステイを買ったのはそういう事だ。
俺様の寂しさを紛らわす為の奴隷。
まだガキで右も左も余り認識していなさそうな弱い存在を従える事によって悦に浸ろうとしたのだ。
そして、俺様を鬼人や主人じゃなく[リリス・アクリア]と見てくれる様、穴を塞いでくれる対等なパートナーが欲しかったのだ。
そして今はそうなってくれた、理想以上の。
ステイは俺様[リリス・アクリア]の最高のパートナーだ、恋人や家族以上の関係なんだ……。
ステイ……お前は俺様を孤独から救ってくれた。
だから!
「今度は俺様がステイを助けてやるんだ!」
「う゛ぃ〜……糞でもぶちまけるぞ〜」
「あ?」
すると、後ろからしゃがれた男の声がした。
俺様は咄嗟に振り返るとそこには色白な肌に赤髪で短パン上裸の若い男がいた。
「おいっ!お前!出ていけ!死ぬぞ!!」
「あ゛〜…………?」
男はボケたジジイの様にボリボリと頭を掻いていた。
「いいから!早く!!」
と、俺様が後ろの男に気を取られていると、横からステイが襲って来ている事に気づかなかった。
ヤべっ!……食われるッ!!
「………………え?」
と思っていたのだが,俺様は無傷で済んだ。
何故か……俺様自体、目の前の光景を理解するのに数秒かかった。
「おいおい…こいつおんなじじゃ〜ん、しかも暴走してるし。おもろっ」
後ろにいたはずの赤髪の男が、ステイの顔を掴み、一瞬にして地面に押さえつけ覆い被さる様な形で身動きを封じていたのだ。
なっ………何だコイツ……よく分からんが強えーって事だけはわかる。
それに速さだけなら師匠とタメだったぞ………。
「お、おいお前………危ねーぞ」
俺様は何を言っているのだろう?この男は俺様に出来なかった事を一瞬でやった。そんな相手に「危ない」などと上からものを言える立場ではない。
「ハハッ……大丈夫だいじょ〜ぶ、てかそれより君の方こそ大丈夫そ?結構血出てるけど」
男は抵抗し暴れるステイを軽々と押さえつけ笑顔で俺様に問いかける。
「………俺様は……問題無い」
嘘だ。
「ふ〜ん、あそっ……でも俺的にもそんな美味しそうな肉魅せられちゃ襲いかねないから治しとくな〜」
「は?」
男はそう言うと、おもむろに口を開け、自身の舌を噛みちぎった。
(ポトっ)と、切れた舌が床に落ちる。
「ナッ…何やって……!!」
「ブハッ!」
驚いたのも束の間、男はいきなり口内に溢れた血を俺様に勢い良く全身に吐きかけた。
「うおっ!…テメー!汚ねーな!!」
「まぁまぁ〜そう怒んなよ、自分の体見てみ」
俺様は言われた通り自身の体を見た。
「は?何で?」
俺様の体は元通りになっていた。
それは言葉通りの意味で、ステイから負わされた裂傷、引っ掻き傷、食いちぎられた肉片までもが綺麗さっぱり元通りになっていたのだ。
それに、肌がサラサラもちもちにまでなってやがる。
まるで師匠が使う薬みてーだった。
「何なんだよお前…」
俺様は単純に気になってしまった。
この謎すぎる赤髪の男がどういう人間なのかを…。
「…まぁ〜、俺の事はどうだって良いでしょ〜。今はほら……この子どうにかしないと〜」
ステイの顔が先程より少し地面にめり込んでいた。
「……あ、あぁそうだな」
でもどうするんだ?
ヴァンパイアが理性を無くした場合、人間を腹いっぱいになるまで食わせないと戻る事は無い。
俺様だってステイが元に戻るなら人間を食わせてやるのも良いと思っている。だがステイがそれを嫌がったから俺様は殴って目を覚まさせようとしていたのだが…。
「でも……そいつは……」
「『ヴァンパイア』でしょ〜この子」
「…………ッ!?なんで知って…」
マジで何なんだよコイツ!
「鬼人の君〜……ちょっと離れてて〜」
男はそう言うとステイ顔から手を放し、口元に自身の首を近づけていった。
「おいっ!死にてーのか!」
「そうだよ死にて〜んだよ。まっ死なないけどねっ」
(カブッ)と男の首筋がステイによって噛み千切られる。そして男の首からは大量の血が噴き出す。
「あ゛は〜!痛ッて〜♡♡」
「あーあ死んだ」
俺様は助けなかった、何故なら人はあそこまで首を傷つけられたらもう手遅れという事を知っていたからだ。
そして、男はどんどんステイの口の中に入っていく。首から始まり頭部……胸…腹…足…つま先と……ってあれ?
「なんだ?」
なんだあれ?なんか変じゃないか?
さっきからステイが食ってる男のつま先…全然減って無いぞ。
………というか、なんかさっきより大きく…というか元に戻ってる?
ステイは確かに男の肉を噛んで飲み込んでいた。
だが、その光景はまるで時空を巻き戻したかの様に男の肉体がみるみる元通りになっていったのだ。
「………キモっ」
つい正直な感想が出てしまった。
だが目の前の光景を言い表すにはこの上なくピッタリな表現だった。
そして、いつのまにか男の体は元通りに戻っており、頭部を食べられながら奇声を上げ、何故か一瞬で元に戻る頭部食われ続けていた。
「あっ〜!痛いッ♡痛い痛い〜♡そこッ!そこはダメ〜♡あはっ…あひゅっ♡ぬににににに〜♡」
目の前の奇妙過ぎる光景と男の奇声が相まって、俺様は吐き気を覚えた。
「あ゛〜やっぱヴァンパイアの暴走状態はサイッコウだぁ〜!!あっ痛い♡」
「…………」
俺様はただ、その異様な光景を見ている事しか出来なかった。
そしてステイは男を食べ続け…食べて食べて食べて……いつしか食べなくなり、眠った。
「あ゛〜あ、終わっちゃった〜。まっでもいっか〜、久々に最高の痛みだったし♡」
赤髪の男はそう気持ち悪くニタリと笑った。




