EP20:〈1回戦第五試合〉ステイ・セント対メイン・ミント 下
人の欲は全て愛があるゆえに成り立っている。
人は愛があるから信念を持てる。
愛があるから誇りが生まれる。
愛があるから感情がある。
全ての行動や感情に対し愛は理由になりうる。
つまり人とは愛が無ければ死んでいるも当然なのだ。
by エクス・テンシオン
――
「強く、強く、誰よりも強くなる為にィィィイイイ!!」
そういうメイン・ミントは涙を流しながら笑っていた。
「それが、ジケイ会館に入った理由か?」
「ああ……そうだ」
「じゃあ、俺に勝たないとなだよな……」
「もちろん、だからもう手加減はしない」
あ?
「手加減だぁ?」
「そうだ、さっきの俺の袈裟斬り……半分くらいの力しか出してない。恫喝して斬りかかればビビって大人しく斬られてくれると思ってたけど…現実はそう上手くいかないものだね。
だからステイ・セント……これから俺は全力でお前を斬らせてもらう!」
「……ッ」
おいおい、何だこいつ、さっきまでと雰囲気がまるで別人じゃねぇか。
いや、それより問題はこの明らかな殺気だ。
さっきから刺すような殺意がビンビン伝わってくる………。
こりゃ本当に俺を斬り殺す気だ。
「…ッ……ふぅー」
だが俺のやる事は何も変わらない、ぶん殴るだけだ。
それに今のメイン・ミントはさっき俺から1発もらった影響で今もまだ足取りは不安定だ。
完全に回復していない。
だったら………さっさと攻めきる!
俺は地面を力強く蹴り出し、メイン・ミントの懐に一瞬で潜り込んだ。
「シッ!」
体勢は低く、腰は落とし、軸を意識、骨盤を中心に回すイメージで、相手の弱点である喉目掛け………掌底!
「グフっ……オエッ!」
ヨシッ!もろに入った!
嗚咽と共にメイン・ミントの体が後ろに吹き飛ぶ。
俺はすぐさまメイン・ミントの横に移動し、体が地面に着く前にメイン・ミントの頭を鷲掴み、思いっきり地面へと叩きつけた。
(ゴシャッァ)と地面が崩れ壊れる音がした。
そして、地面にみしみしと亀裂が走り、メイン・ミントの後頭部からは血が弾けた。
「まだっまだァ!」
俺は止まらない。
何故なら、理解していたんだと思う。メイン・ミントがこれくらいでやられる様な奴では無いという事が。
俺はメイン・ミントが反撃し、起き上がる前に刀を握っている右手から刀を引き剥がし、物を握る際最も重要とされる小指から順番に薬指、中指、人差し指と関節の逆方向に折っていった。
(ボギッ!ボギッ!)と自身の指が折られ続けているのにも関わらず、メイン・ミントは悲鳴の1つ上げなかった。
だが、もうこいつの右手は使えない。
残る左手の指さえ全部折ってしまえばさすがに刀は握れないだろう!
と、俺がメイン・ミントの左小指に手を伸ばした瞬間……。
「…それ以上、僕の弟子を傷つけないでくれ」
耳元で声がした。
気がつくと俺の首元には、黒く輝き光沢を放つ50cmほどの剣が押し付けられていた。
「あぁ?……おい何だよテメェ、まだ勝負は終わってねぇぞ!邪魔だ!」
「………終わってる。君の勝ちだよ、ステイ・セント君。それに僕はその子の師でね」
「……何なんだよ……おいっ!メイン・ミント!お前もなんか言えって。このままじゃお前が負けたことに………なっ……ち…まう…………ぞ?」
ん?………あれ?………なんだこれ?
「ステイ・セント君、全力で戦うのは良いことだが…………これ以上は無抵抗の相手にやる所業では無いよ」
「…………」
俺の目の前にいるメイン・ミントは反撃などしてこなかった。
ただ、俺の目に映るのは口からは血を垂れ流し、白目を剥き、ぐったりと地面に倒れた半獣人がいるだけだった。
「あっ………うぇ?」
意識が無いのか?気絶?………終わった………のか?
「おい!クソ猫!」
「……………」
と、悪口を言っても反応が返って来ない……。
そうか……。
「……………あの、わかったんでこの剣どかして下さい」
「そうか……すまなかったね」
メイン・ミントの師匠はすぐに剣を引いてくれた。
「…………はぁー」
…にしても…勝ったのか……俺。
(ポツポツ)
メイン・ミントを見下ろしながら立ち上がり、そして黒くぶ厚い雲が埋め尽くす空を見上げると、俺の鼻先に冷たい雫が落ちてきた。
それは次第に多く落ちてきて、頬、瞼、唇、髪の毛を濡らしていった。
「ステイ・セント君、雨が降ってきたので早く戻った方が良いですよ。体が冷えてしまいます」
「……はい、お気遣いありがとうございます」
俺は倒れたメイン・ミントと名も知らない剣術部の師範の人を後にし、会場を出た。
1回戦第五試合,勝者[ステイ・セント]…2回戦進出。
――
1回戦第五試合決着のすぐ後。
ステゴロ部用選手控え室……にて。
「やったなー!ステイ!」
「ええ!やってやりましたー!アッハハハハハー!!」
俺はリリスさんと手を繋ぎ、その場でぐるぐる回りながらスキップを踏んでいた。
勝利の舞である。
「圧勝だったじゃねーか……よっ!」
そしてひとしきり喜び、最後にハイタッチをした。
ハイタッチで始まりハイタッチで終わる。
「いやー……そうなんですよー、なんか生き返ってから体が滅茶苦茶軽くて………こんなあっさり勝てると思って無かったです!怪我の1つや2つ覚悟してたんですけど、要らない心配でしたー!」
「そうかそうかー、てかお前の相手の名前なんて言ったっけ!」
「メイン・ミントです」
「ミントかー……名家だな!師匠も知ってるだろ?」
「えぇもちろん、ミント家は剣術界の要とまで言われてますから……彼もとても良い腕の持ち主だと思います」
キリコさんはそう部屋の端っこに置かれている古びた椅子に座りながら答える。
「でもまぁ!俺の方が圧倒的に強かったですけどね!」
「はい、私の弟子ならもちろんそうでなければいけませんよ」
「でもキリコさん………ちょっと違和感があって聞きたい事が」
そう、俺には違和感がある。
それもとても大きな。
「違和感?」
「はい…なんか呆気なさすぎじゃありませんでした?」
「…………」
キリコさんは黙って俺のセリフを聞き続けた。
「確かに俺がメイン・ミントより圧倒的に強いのならこの結果だって何の問題も無いんですが…」
「無いんですが?」
「…………どーーう考えてもメイン・ミントは俺より強かったです。
最初こそ手を抜いていたそうなので弱かったんですけど…本気を出すって言った後のメイン・ミントは予想以上の…戦わなくとも実力差が分かるほど圧倒的に……強かったです」
「……ほう」
キリコさんは小さな声でうなづいた。
「だから俺は足がまだふらついてる時を狙い全力でいきました。その瞬間しか俺に勝機が無かったからです。結果は勝ちましたが、今の俺の感じは『勝ててしまった』というが本当の感じですよ。
だから本当に俺が勝った事が…違和感でしかなかったんです。その…言ってしまえばある意味………気持ち悪い」
キリコさんは少し黙った後、無表情のまま口を開いた。
「………ステイ……その違和感は正しいです。確かにメイン・ミントは以前のステイより全然強いです」
「…………?」
以前…?
俺はその言葉に引っかかったが今は何も言わない。
「それよりステイ、そんな小さな違和感なんて……これからの人生、気にするほど馬鹿を見る事になりますよ。勝ったんだから……それで良いじゃないですか」
「ま、まぁそうかも知れませんけど…俺にとってはそんな小さくもありませんよ」
「そうですか……ではステイ、私も少し聞きたい事があるのですが…」
キリコさんが前置きをするなんて珍しいな。
「な、なんですか?」
「何故、メイン・ミントの喉に攻撃を加える際、掌底を使ったのですか?」
「…それは…喉は口や鼻から空気を送る最重要器官で、掌底をする事によって器官を圧し空気の遮断、さらに喉への攻撃は吐き気を誘発する。それによって思考や視界も低下する。
結果として相手は軽度のパニック状態となり、行動自由を奪える………と思ったからです」
「確かにそうですね、間違ってはいません。ですが、私はそう教えた事はありませんよ…ステイ。
大事な事なので何度でもいいます。私達は武器持ちの相手に対し素手で戦う、相手はこちらの都合など知ったことでは無い、なら……こちらは相手より、より残忍でより合理的でなければ勝てません」
キリコさんの鋭い眼光が俺を見つめる。
「あの状況で喉への攻撃、それ自体はグッドです…が………私だったら手の形は掌底ではなく貫手にします」
「ッ…貫手」
「ええ、だってそっちの方がどう考えたって良いでしょう。良くて致命傷、どう悪く考えても試合の続行は不可能なくらいの傷を与えれたでしょう」
「………で、でもそんな事したら死んじゃいますよ!」
「えぇはい」
「『えぇはい』ってそんな軽く言われても困ります!」
「ステイ……何言ってるんですか?」
「何って嫌に決まってるじゃないですか!人殺すなんて!」
「そうですか、嫌ですか」
キリコさんはそう言うと、悲しそうな目で俺を見つめる。
おいおい、なんだよその面。何で俺がおかしいみたいな目で見てくるんだよ!
確かにここは日本じゃない地球じゃない、異世界だ!でもだからって人を殺すなんて嫌すぎる!
「ではステイ、貴方はこれからどう生きていきますか?」
「は?そんなの全部殴ったら蹴ったりで良いじゃないですか」
「いえいえそういう事ではなく、普通の…普段の生活の事です」
「?……そりゃ今まで通り平和に暮らしますよ……」
「そうですか……申し訳ないですがそれはもう絶対に不可能です」
「はぁー?なんでです?」
「ステイ、そういえば言って無かったですね、貴方が生き返った理由……」
キリコさんはそう言いにっこりと笑った。
「そう言えば聞いて無……ッ!!」
思い出した、その満面の笑顔を見て。
5年前の修練場の深く真っ暗な地下で見た出来事を。
「あ…あぁ……キリコさん……そういう事ですか…」
そうだ、そうだった俺は5年という歳月の中ですっかり、安易に、そして当たり前の事の様にソレ受け入れていた。
キリコさんの正体……。
キリコさんは言う、淡々とそれでいてどこか嬉しそうに。
「ステイ、貴方は既に不死身で不老の人喰いの怪物。
ヴァンパイアです」
………俺はもう人間じゃない。




