EP1:ステイ・セント
【⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎】
遥か向こうの先で俺を呼んでいる声がする。
だがそいつの姿は何も見えなかった。
でもそいつが俺に向かって笑っているのは理解できた。
『………お前……誰だ?』
俺はそいつに話しかけたが、そいつは何も言ってこず笑っているだけだった。
――
……朝が来た。
「…………謎な夢…」
瞼を開けた先にあるのは木製の天井と窓から差し込む日光。
周りには自分が寝ていたベットと棚しかない。
「ふぁーあ……」
あくびと共に目をかくと目ヤニが取れた。
俺はベットから降り、棚に入っている服を適当に選び着替えた。
薄っぺらい生地で襟元が伸びきったシャツ、履き心地の悪すぎるパンツ。
まぁ今となってはかなり慣れたものだ。
(バンッ)
部屋の換気の為、窓を開けると街の騒音と人々の声が聞こえてくる。
「ステイ!起きたなら手伝ってー!」
窓を開けた音で俺が起きた事に気づいたのだろう。
1階から母親が仕事の手伝いを催促してきた。
俺の母親[シーラン・セント]はこの国の首都で薬屋として働いている。
本人は否定しているが、うちの薬屋はあまり稼げてはいない。
「はーい、今行くー」
母さんの仕事の手伝い。
これが俺の日課だ。
他にやる事は無い。
俺は部屋のドアを開き廊下に出た。
廊下は歩く度にキシみ音をたてる。
廊下の先にある階段を下がって行くといつも通り母親が薬草の仕分けをしていた。
1階は苦手だ。
薬草と薬液の臭いが鼻を刺激して頭が痛くなるから。
産まれてから9年……何年たってもこの臭いには慣れそうにない。
「おはよう、母さん…」
「ステイー……お昼までにそこにある籠を届けてきてくれるー」
母さんは床に置いてあった籠を指差した。
母さんが指を差した大きな籠の中には大量の薬草と薬液が入っている。
「うん、わかったよ。……今日は何処に持って行くの?」
「ギルドよー」
「はーい……」
……ここでこの世界と俺について説明しよう。
俺はトラックで轢かれ一度死亡した。
だが目を覚ますと全く知らない世界で赤子として生まれ変わっていた。
最初は訳がわからなく夢かとも思ったが、この世界に来て9年、未だに夢は覚めない。
まぁ9年もこの世界で暮らしてきて、今までの事が全部夢っていうのは流石にもう有り得ないだろう。
つまり転生したのだ。
この世界は元の世界…地球とは何もかもが違う。
まず文明。この世界の文明は西暦でいうと500年位だ。
なので当たり前だが電気などなく、不便と感じる事が多い。
だかこの世界には[電気]より格段に凄いエネルギーがあった。
それはこの世界で[魔力]と呼ばれている。
魔力は人間や魔物など生命があるものに潜在的に備わっているエネルギーだ。
人間は魔力を使うことで[魔法]が使える。
魔法にも様々な種類がある。
だが俺は一切使えない。
というか自分に魔力があると言われても全く感覚がわからない。
当たり前だ、使えないのが当たり前だったのだから。
俺は前世、魔法という非現実な物に憧れていた。
そしてそれが現実になったというのに俺はそれを使えずにいる。
そして次に生態系。
この世界の生態系の頂点にいるのは地球と変わらず人間であった。
だが人間とは言ってもこの世界で[人間]とはホモサピエンスを指す言葉ではない。
この世界は、エルフ、魔人、獣人、これ以外にも様々な種族が人間として生活している。
犬の犬種みたいなものだ。
ちなみに俺自身はノーマルな人間だ。
この世界では『純潔』なんて言われたりもする。
ついさっきこの世界の生態系の頂点は人間だと言ったが、厳密に言えば少し違う。
人間は知恵と社会性で生態系の頂点に君臨したが、個の力では未だ魔物の方が強い。
魔物とは凶暴な動物の様なものである。
だか地球の動物とは比にならない頑丈さと狡猾さを持つ生き物だ。
そして魔物は腹を満たすため人間に襲いかかる。
人間にとっての害だ。
そしてそんな魔物を討伐して生計を立てる者がいる。
その者たちはこの世界では[冒険者]と呼ばれている。
冒険者は討伐した魔物をギルドに報告する事で国から賞金を貰っている。
それとギルドは国からの依頼だけでなく民間の依頼も請け負っている。
なので国や民間人は人間を襲う魔物を減らせて安全が確保できる。
冒険者は魔物を討伐する事でお金が稼げて生活ができる。
Win-Winの関係というやつだ。
そして俺が今日、お昼までに薬草と薬液を届けろと言われているのはこのギルドだ。
ギルドは先の説明の通り多くの冒険者が集まる場所だ。
冒険者は危険な魔物と命懸けで戦うの事で生計を立てているので怪我をするのは当たり前であり、死亡する事だって珍しくない。
だから薬草や薬液は有り難く買い取ってくれるのだ。
だがギルドはうちの薬草、薬液を相場の価格で買い取ってはくれない。
なぜなら母親が経営している薬屋はギルドと正式な契約をしていないからだ。
その理由を前にギルドの人に聞いたところ、うちの薬屋は安定した提供をしてくれないからだそうだ。
無理もない、うちの薬屋は母さんと俺だけで動いている個人経営の小さなお店なのだからだ。
ちなみに俺の家族には一応父親はいるらしい。
『らしい』と言ったのは俺自身、父親と会った事が無いからだ。
1度父親について母さんに聞いた事があるが母さんは答えたくなかったのだろう。
すぐに話題をそらされてしまった。
それ以降俺は父親について聞くのを辞めた。
今となっては興味もない。
まぁざっとこんな感じだな。
――
「ステイー、用意出来たなら早く行きなさーい」
「わかってるって。行って来まーす」
こんな世界に生まれ変わった俺だが、今の現状にはそこそこ満足している。
理由は単純に面白いからだ。
自分の力で成り上がるこの世界に、弱肉強食のこのファンタジーな世界に。
「いってらっしゃーい」
俺はこんな刺激のある生活がしたかった!
俺はサイズの合わない掠れた革靴を履き、ギルドに向かおうと意気揚々と家の玄関を開いた。
「よぉ久しぶりだなガキ。お母さんはちゃんと居るかい?」
最悪だ。
俺のテンションは最下層まで一気に落ちてしまった。
なぜなら玄関を開けた先には借金取りの男が2人、家の前に立ち塞がっていたからだ。
1人は無精髭と頭に大きな角を生やした異常にがたいの良い魔人の男。
もう1人は丸メガネをかけ異様に黒い体毛をしたチャラい獣人だ。
2人ともいかにもな見た目すぎて苦手だ。
「…………ぁ」
俺は戸惑って返す言葉を詰まらせていた。
「ねー聞いてる?……まぁーとりあえずお邪魔っしまーす」
借金取りの男達は無許可のまま家の敷居をまたいだ。
その言動は昭和のヤクザの様だ。
…俺が最初にこいつらに会ったのは5年前。
始めて会った場所も今と同じ、家の玄関だった。
こいつらはいわゆる闇金だ。
母さんは俺が産まれた時からこいつらが現れる5年前まで、合計6つのお店や友人から借金をしていた。
だが何処でも上限というものがあるので貸してくれる額には当然だが限界がある。
更にはこの世界の借金は元の世界と同様に利子がつく。
借金をする所が多い分払う利子が増えるのは当たり前の事だった。
だから母さんはこいつらからお金を借りて借金を一本化したのだろう。
だが一本化したと言っても6つ分の借金をこいつらから借りている事になる。
だが確実に利子は前よりは少なるなる予定だった。
そう予定だった。
こいつらが闇金だと分かったのはこいつらが初めて利子を受け取り来た時だ。
払う利子が普段の金額より3倍以上も高かったのだ。
一本化したというのに、この明らかな暴利に母さんはその日家の奥で泣き崩れていた。
さらにこいつらは俺を唯のガキだと思い、俺の目の前で母さんに借金返済の為、売春を持ちかけた。
さらにショックなのは母さんが売春の話を素直に受け入れたことだった。
だから今でも母さんは家庭の為に昼は家の薬屋を経営し、夜は風俗嬢として夜な夜な何処かで働いている。
――
借金取りの声が聞こえたのだろう、母さんが家の奥から急いで駆け寄って来た。
「はぁはぁ、お、お疲れ様です。お2人ともわざわざお越しいただいて………どうぞ入って下さい…」
余程急いで来たのだろう、母さんは息切れしながら頭を下げていた。
「………母さ…」
「ステイ!早く行きなさい!」
心配だったので声をかけたのだが、怒鳴られてしまった。
母さんは自分の子供に知られたくないのだろう。
自分が身売りをしてまで借金を返えしていることを。
俺も母さんの立場だったら同じ事をしただろう。
だからこそ自分の無力さが悔しい。
「……………いってきます」
俺がまた玄関のドアノブに手をかけたその時。
「あっステイ」
母さんは俺を呼び止めた。
俺は母さんと借金取り達の方に振り返った。
「……帰ってくるのは遅くなってもいいから、ゆっくり安全に行って来なさい…」
普通なら唯の母親から子供に対する気遣いのセリフと受け取るだろう。
だがそのセリフを言う母さんの腰には借金取りの男達が手を回していた。
だから俺は母さんからのこの言葉に虚しさしか感じなかった。
俺はもう振り返ることなく家を出た。
――
家の外は首都というだけあって人通りが多い、だから俺はこの大きな荷物を運ぶ時は人通りの少ない裏道を通ることにしている。
「………あーあ、大金転がってねーかなー」
母さんの借金は金貨20枚。
日本円だと200万円くらいの価値だろう。
とてもじゃないが今の経営状況では返しきるのにはあと20年以上かかってしまう。
いやだ。
今でさえ俺は母さんの手伝いで他に何もできていないっていうのに、これから来る青春時代も仕事で無駄にしたくない。
遊びたい。
恋愛したい。
何より、この世界にはエルフや獣人がいる。色んな人と色んなセックスがしたい。
俺の体は今子供だが発情期なんてあっという間に来る、この世界ではオナニーしないって決めたんだ。
俺の発情期までには絶対借金返しきってやる。
「と言っても、今のところ何も思いつかねー」
盗みを働こうと思ったこともある。
この世界は監視カメラとか無いから現行犯逮捕以外捕まることはないだろう。
でも万が一バレた時、何をされるか分からない。
最悪殺されるかもしれないと考えると、怖くて出来ない。
でも時々こうして人通りの少ない裏道を歩いていると良いことがある。
「おっ。ラッキー」
銅貨を拾った。
日本円で100円くらいだ。
これなら別に犯罪でもないし、悪いことでもない。
「ギルドの帰りで何か買うか」
この国は物価が安い、平成の初期くらい安い。
なので銅貨1枚でもそれなりに買い物はできるのだ。
俺は銅貨を拾った喜びで足取りが軽くなっていたのだろう。
いつもより早めにギルドに着いた。
この時間帯は冒険者の大半が依頼を受け仕事に向かった後なのでギルドに人が少ない時間帯だ。
おかげで自分の仕事がスムーズに進めることができる。
俺はギルドの扉を空けギルドに入った。
ギルドの扉は異常に重い。
開けるだけで精一杯だ。
「うお!?」
扉を開くと中にはありえないくらい多くの人間で賑わっていて俺はつい声が出てしまった。
いつもは人の少ない時間帯なのに今日はギルド中に冒険者や子供で溢れている。
「人多すぎだろ……どうしたんだ?」
とりあえず俺は人混みを掻き分けなんとかギルドの受付までたどり着いた。
受付はいつも通り綺麗なお姉さんが立っていた。
このお姉さんとは是非お近づきになりたい。
「こんにちはー。薬草と薬液買い取って貰いに来ましたー」
俺は薬草と薬液の入った大きい籠を受付の机に降ろした。
「はい。薬草と薬液の買い取りですね。鑑定まで少々お時間かかりますので鑑定が終わるまでギルド内でお待ちください」
そう言って受付のお姉さんは奥に行ってしまった。
……にしても本当になんなんだこの混み具合は。
俺は気になって近くで作業していたもう1人の受付のお姉さんに理由を聞いてみることにした。
「ねぇお姉さん。なんでこんなにギルド混んでんの?」
お姉さんは作業の手を止め答えてくれた。
「今日はね、王様の所から使者が来てるのよ」
王様の所………この街の真ん中にあるお城の事だろうか。
「なんで来てるんだ」
「国の為に働いてくれる人を募集しているのよ」
「国の為?」
「えぇ、つまりは兵隊を集めているのよ。まぁ兵隊って言っても戦争で戦ったりしないでお城を守ったり国の重役を守ったりするだけだと思うわよ」
俺はお姉さんの話を聞きある疑問が浮かんだ。
「……給料って高いんかな…」
「そりゃ高いでしょう。なんせ国に勤めるんだから」
公務員みたいなものか。
まてよ、ってことはここにいる人間全員兵隊志望なのか?
「でもね、兵隊さんになる為には試験があるのよ」
試験か。
俺には力も学もない。
兵隊……結構良い仕事だと思ったけど俺には無謀だったか。
「……君歳はいくつ?」
お姉さんは意味ありげに年齢を聞いてきた。
「今年で9歳。兵隊の話と関係あるんか?」
前世と合わせたら今は40近いけどな。
「よかったじゃない。10歳までなら試験やらなくて兵隊になれるわ」
「はぁ?なんでだよ」
「兵隊は基本的に冒険者が次の仕事として選ぶことが多いの。でもその中には『良からぬ思想』を持って志願してくる人がいる。だから小さい頃から国で管理して従順な兵隊を育てる為よ」
なるほど。
ん?でも子供の頃から『良からぬ思想』とやらを持ってたらどうするんだろう。
だがそんなことを考えるより今はやるべきことが出来た。
「お姉さん、ありがと。俺、兵隊になるわ」
俺は兵隊になる事に決めた。
母さんの借金を完済する為に。
この世界で生きていく為に。
なにより、楽しい人生にする為に。
「頑張ってね。……ねぇ最後に1つ言わせて貰えるかしら」
なんだ?
せっかく俺が良い感じで決意しているところなのに。
「なに?」
「年上には敬語使えやガキィ」
お姉さんは怒鳴る訳でもなくドスの効いた低い声で俺を睨みつけた。
「はい、すみませんでした」
素直に謝るとお姉さんは笑顔に戻った。
(こわー)
明らかに前世の俺より歳下だったから敬語を忘れていた。
「じゃ、じゃあ俺もう行きますね。ありがとうございました」
「お待ちください」
なんだよ、まだ言いたい事があるのか?
「薬草と薬液の鑑定が終わった様ですので換金所でお受け取りください」
「あー…はい」
――
薬草と薬液の換金が終わった。
なので俺は直ぐに王様の使者とやらの所に向かった。
理由はもちろん兵隊になる為だ。
「にしても列が長ぇ」
使者の前には多くの冒険者と子供達が並んでいる。
待っていたら日が暮れそうだ。
まっ別にいいけど。
俺は列の最後尾らしきところで並んだ。
「あ、あのっ!」
すると後ろの方から細く柔らかい声が聞こえてきた。
振り返るとそこには1人の少女がいた。
見た目は俺と同じ位で8〜10歳、褐色の肌と光り輝く金髪が特徴的な子だった。
まつ毛なんかバシバシで最高だ。
「な、なんです?何か用?」
「い、いや用とかじゃ…なくて……じゅ、順番」
順番?
「じゅ順番……ぬ、抜かさないで……く、ください」
「あー……」
なるほど俺はこの子順番を抜かして列に並んでしまっていたのか。
「ごめん。悪気があった訳じゃないんだ。本当に」
俺はすぐさま少女の後ろに周った。
「い、いえ。私こそ……ご、ごめんなさい」
何故この子が謝る?そういう性格なのか?
それに褐色の肌と綺麗な金髪に目がいってしまっていたが。よく見るとこの子も俺の様にボロボロの服に身を包んでいるじゃないか。
この子も家庭のお財布が厳しいのだろうか。
「ねぇねぇ、君も兵隊志望なの?」
俺は気になったので話しかけてみることにした。
単純に気になったというのもあったが何よりこの子が超可愛いからだ。
「えっ、わ私?」
「うん」
「……そ、そう。兵隊志望だよ、変かな……君も?」
「そう俺も。……なんで兵隊に志望するの?」
「い、いやそれは………」
彼女は目線を斜め下に向けた。
何か後ろめたい事でもあるのだろう。
「ま、まぁ別に言いたくないなら良いんだけど…」
こういうときは無理に突っかかるべきじゃないな。
俺は自分のデリカシーの無さに後悔した。
「わ私ね、最近お父さんとお母さんが事故で死んじゃったの。それでお金がなくて困ってて、そしたら今日たまたまギルドで兵隊を募集してるって聞いたから……」
言うんかい。
しかも思ってた何倍も重い。
俺は返す言葉が見つからず焦ってしまった。
「そ………それは、お気の毒……ですね…」
あっているのか?
最近両親が死んだ人に対する返しはこれであっているのか?
「うん………」
少女はそう呟くと目を逸らし下を俯いてしまった。
ミスった。
完全にミスった、『お気の毒』はアウトだったか。
「……ウゥッ……ぐすっ…ずびっ」
すると少女の足元に2、3滴の水滴が落ちた。
少女の顔を除くと目元からは涙を溢れさせ頬をつたい床にこぼしていたのだ。
「おい…大丈夫か……?」
聞かなくても分かっている。
『大丈夫』な訳がない。
事故で両親を亡くしたばかり子供だというのに1人で生きていく事がどれ程過酷で不安に満ちているか。
計り知れない。
「……………な、なぁ兵隊の募集は夕方までやってるらしいから気分転換に今から飯でもいかね?な」
って言っても持ってるのはさっき道の端で拾った銅貨1枚だけだけど。
だが今の俺はこのくらいしか彼女に対して出来ることがなかった。
「………う、うん」
少女は以外にもあっさり承諾してくれた。
よかった。
これで少しでも前を向いてくれたらいいな。
「そ、そういえば君、名前は?」
「………アイル……[アイル・ストゥー]」
「よろしくアイル。俺は[ステイ・セント]」
俺は彼女に対に握手を求め右手をさしだした。
「うん……」
彼女はそう言って小さく頷くと俺の手を握ってくれた。
彼女の手は細くて冷たかった。
これがステイ・セントとアイル・ストゥーの出会い。
――
俺とアイルはギルドの重い扉を開けて外に出た。
さて、ご飯に誘ったはいいものの手元には銅貨1枚しかない。
買えるものといってもせいぜい雑魚パン1.2個くらいだ。
(ぐぅー)
ギルドを出てすぐ、隣からお腹がなった。
「アイル……腹減ってんのか?」
「う、うん。もう丸2日食べてない」
「そうか…」
そりゃそうだよな。
仕方ない、お金はなるべく後で使いたかったけどアイルがこの調子じゃやぶさかじゃないな。
「アイル、何が食いたいもんある?」
頼むっ!銅貨1枚で足りる物であってくれ。
「え?……えーと…カ…カエルかな」
アイルはよく分からない事を言った。
「え?…カエル?」
カエル?
「う、うん…そ、その『ガチガエル』っていうカエルがいるんだけど…それ、すっごく美味しいの!」
アイルの目は真っ直ぐ俺をみつめていた。
にしてもカエルか…前世でも食ったことないけど鶏肉に近いって聞いた事がある。
まぁ、前世に大学でカエルの解剖もやったことあるし特に問題は無いな。
「カエルか……なぁ、そのガチガエルは川沿いとかに行けば取れるもんなのか?」
「ま、まぁ……そ、そうだげど。ステイくん大丈夫?」
「何が?」
「『ガチガエル』って1m以上あるよ」
マジかー。
気持ち悪っ。
想像しただけでも背筋がゾワっとする。
でもここでビビっていたらアイルに情けない男だと思われてしまう。
それは男として嫌だ。
「よしっ!じゃあ行くかアイル、ガチガエル捕まえに」
「…うん!」
よしっ、これなら金をかけずに済みそうだ。
――
俺とアイルは街からそれなりに離れた所にある広い川辺に来た。
遠目から見たところカエルらしき影は無い。
「なぁアイル…ガチガエルって何処らへんに生息してるんだ?」
「うーん…私もあんまり詳しくはないけど多分茂みとかじゃないかな」
「茂みか……」
あたりを見回してみたら1か所だけ大きな草が生えている場所があった。
どう考えても怪しい。
「ステイくん…あそこなんかいいんじゃないかな」
アイルも同じ事を考えていた。
「アイル……カエルにバレないようなるべく音をたてずに行くぞ」
「う、うん」
俺とアイルはゆっくり茂みに近づいていった。
「ね、ねぇステイくん」
後ろからアイルが小声で話しかけてきた。
「どうした?トイレか?」
「い、いやっ………ちち、ちがうよぉ」
少しからかってみたが、彼女の否定しながら両手を振る仕草がとても愛らしい。
「悪い悪い、どうしたんだ?」
「……さっきから何か物音が聞こえるの」
「……そうか?」
いや、毛ほども聞こえないけど。
アイルのやつ、お腹減りすぎて幻聴でも聞こえてんのか?
「う、うん。…本当だよ。嘘じゃないよ……」
「別にアイルのことを嘘吐きって言ってる訳じゃないよ」
「あっ!……なんかこっちに近づいて来てる」
アイルは音がすると言ったを方を指さした。
俺はアイルが指差した方に耳を傾けると確かに(ガサゴソ)と何かが蠢く音が聞こえた。
「……本当だ、近づいて来てるな」
「で、でしょ」
音はさらに近づいて来ていた。
「ね、ねぇステイくん」
またもアイルが後ろから小声で話しかけて来た。
「どうした?」
「今更だけど。ど、どうやってカエル捕まえるの?」
「……………裸締め?」
「裸締め?」
自分でも何を言っているか分からなかった。
ヤベっ。
捕獲の方法なんも考えてなかったー。
ただ勢いでここまで来たからなー。
俺はすぐさま何かないかと周囲を見回した。
「おっ…これで何とかなるんじゃね?」
俺は川辺に落ちていた良い感じの石を見つけた?
「よしっ…いざとなったらこの石で何とかするよ」
「そ、そう」
アイルは明らかに不安な表情をしていた。
そりゃそうだ、1m越えのカエルにこんな小さな石じゃあな。
(ガサッ!ゴソガサ)
音はもうすぐそこまで来ていた。
「アイル下がってろ……」
俺は緊張で固唾を飲み込んだ。
俺は石をすぐに投げれる様腕を上げた。
「う、うん……」
「…………………」
来る。
(ガサッ)
それは茂みから出てきた。
「「……………ッッ」」
茂みから出てきた[それ]を見て俺達は一瞬動けなかった。
それは明らかにカエルではなかった。
それは全身黒色でコーティングされており光沢があり長く伸びた触覚が細かく震えている。
しかしそれは俺の知ってる奴より大きかった。2mはありそうだ。
そして奴は明らかに前世でも大変お世話なった奴だった。
何より俺たちが一瞬動けなくなっていたのは、奴は人間の頭部を咥えていたからだった。
「……………ゴ、ゴキブリッ!?」
なんでこの世界にも居るんだよ?
ってか人間の頭だよなあれ?
えっ?なんで?
「ギィヤァァァァァ!!!魔物だァァァァ」
後ろで断末魔の様な叫び声が俺の鼓膜を突き刺した。
魔物?
急いで振り返るとアイルが腰をぬかして泣いていた。
「うぅ。お母さん…お父さん…ごごめんなさい。……うわーん」
(ガサガサガサガサ)
なんだ?
音が多くなってないか?
俺は茂みの方に目を戻すと茂み一帯がゴキブリで埋め尽くされていた。
「キッツー………」
目の前の光景はまるでブラックホールだった。
「ツっ………おい!アイル立てるか?」
「む、むむむ無理ぃぃ」
だよな。
俺はすぐさま倒れているアイルを背負い走った。
アイルは軽かったので案外楽にゴキブリから距離をとれた。
だが。
(ブブブブブーン)
「っ最悪……」
「うわーん」
ゴキブリの集団は羽を広げて追いかけてきたのである。
羽を広げたゴキブリは1匹で4mくらいあった。
逃げていてもこのペースだとすぐに追いつかれてしまう。
このまま街までは走っても後20分はかかる。
最悪だ!
捕まったらどうなる?
餌?
苗床?
いや、んなことよりどのみち死ぬ!
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
死にたくない。
――
「はぁはぁっはぁ………」
走ってどれくらいたった?
もう息が続かない。
足も重くなってきた。
いつもだったらもっと走れるのに。
……そうかアイルを背負ってるからか。
【降ろせばいいじゃないか。そうすれば軽くなるし囮にもなってくれる、一石二鳥じゃないか】
…………は?
こんな時に何考えてるんだ俺は?
んなこと出来る訳ないだろ。
「はぁはぁ……」
ダメだ。
本当に体力が限界だ。
俺は疲れで注意が散漫になっていた。
(ドサッ!)
そのせいで道の段差で躓いて倒れてしまった。
アイルは倒れた衝撃で頭を打ち付け気を失ってしまった。
「アイルっ!……クッ……ソがぁ」
ゴキブリの集団はもう目の前まで来ていた。
「あ゛あぁオラァッ!!」
俺は手元にたまたまあった拳大の石を奴等に向かって投げた。
投げた石は1匹にも掠ることなくただただ通り過ぎていった。
「………あぁ」
終わった。
せっかく生まれ変わって1から人生始める事が出来たのに、ゴキブリに襲われて終わりかよ。
そういえばこの世界に来てからあんまり楽しい事無かったな。
毎日母さんの手伝いして、借金取りに苦しめられて、そのせいで友達も出来なかった、もちろん恋愛も出来なかった。
そうだ、結婚。俺はもしまた生きる事が出来たら結婚がしたかったんだ。
でももう…
「…はぁはぁ」
あー!!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!……
(ブォン!)
俺の真上をさっき投げたはずの石がゴキブリを数匹巻き込み轟音と共に過ぎ去った。
「なっ!!?」
石の当たったゴキブリは爆発したように四散していた。
「大丈夫かガキ共?まぁ大丈夫じゃーなさそうだな。今から俺様が助けてやるよ」
ゴキブリの集団と重なって姿が見えないが女の人の声が聞こえてきた。
誰かなんて今は関係ない。
『助けてやる』この言葉を聞いた時、俺は泣き出しそうになっていた。
「おっ、お願いします!」
「あー、危ねぇからしゃがんどけよ」
「は、はい!」
俺は言われた通りに体勢を低くし、倒れているアイルに覆い被さる様にしゃがんだ。
(ドンッ)
何の音か分からないが体に響く大きな音がした。
俺は言われた通りしゃがんでいたので周囲が今どうなっているのか分からなかった。
とにかく分からないことが多かった。
だが1つ分かったことがある。
「もう良いぞ」
顔を上げると周りにいたゴキブリは全て体液を撒き散らし動かなくなっていた。
そう俺達は助けられたのだ。
声のする方に振り向くとゴキブリの体液にまみれた女性が立っていた。
その女性はとても特徴的な見た目をしていた。
2mはゆうに超えているであろう身長。
ムチッとした筋肉。
赤い肌。
全身に入った紋様。
金色の瞳。
腰まで伸びた銀色の髪。
そして頭に生えた2本の大きな角。
俺はこの様な人間を見たことが無かった。
「………た、助けて頂きありがとうございます」
「ん?あー、無事でなによりだ。それよりお前、タオルとか持ってない?」
「えっタオル?……持ってないです」
「そっか……この汁拭きたいんだけどなー」
「あ、あのっ」
「なんだガキンチョ?」
「名前を教えてもらえませんか?」
「なんだ?俺様に惚れたか?」
「えっ、いやっそういう訳じゃ……」
「ハハっ。そこは嘘でも『惚れた』って言っとけよ」
ぶっちゃけカッコ良すぎて惚れているかもしれない。
「………ですね」
「……俺様は[リリス・アクリア]。冒険者だ」
彼女はそう言い笑みを浮かべ答えた。
……俺は一度死亡し生まれ変わった。
そしてまた死んでしまいそうな所だったがリリスさんに救われた。
ここまできたなら俺でもさすがに分かった事がある。
俺は生かされている。
それが誰かは分からない。
だから俺は俺が生きる理由を知りたい。
「俺はステイ・セントです。後でお礼させてくださいリリスさん」
「おう!じゃー飯奢ってくれ」
「……すいません。今銅貨1枚しかないです」
この世界で。
どうもThe kid 王です。
バツエバーライフEP1をご覧頂きありがとうございます。
この作品は(原案)バツライフを新しく書き直した物となっております。
楽しめてもらえたら嬉しいです。