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多分無事では帰れない

期間が空いた割には短めな第二話です…。


【Rui side】

 お隣の推し様とコンビニ帰りとかいうラブコメ的イベントを消化したのだが、入学式を終えて通常登校が始まる今日まで特に何も無かった。いや、今日までと言うより午前9時、登校寸前である今も特に何も無い。作曲に一区切りつけていざ登校だという今日この頃である。

 いやいや、昨日まで何してたかって?ネットを見ていたのだよ!遊ぶ友達もいないからな!

 昨日は入学式だったが誰にも話しかけず帰ったからな!


【Aina side】

 春休みというものはネット活動者にとって大きなチャンスなのだ。一定の層は春休み遊びに行かずにネットばかりを見る。卒業シーズンなのにだ。不思議なものである。

 まぁ、言わずもがなだが、春休みは毎日投稿キャンペーン的なものをし、フォロワーを伸ばすことに力を入れていた。録り溜めた動画を投稿するだけして友達と遊びに行く日もあったが。

 いやはや、春休みが終わるのは早いものだ。今日から通常登校なのだ。近くに友達が居ないためどうせぼっち登校なのだが。

 待てよ…?お隣だからという理由をつけて一緒に登校するのもありなのでは…?と考えついたのが先週のこと。ヘタレだって?う、うるさいっ!

 推しを誘うということのハードルの高さは半端じゃない。だが…!と思ったのが昨日。

 今日、一年生は二限からHR、一限は自由出席なので、瑠偉がいるかは不確定なのだが、あの真面目な瑠偉のことなのでおそらくいるであろう。

 と思ってこの時間に出たわけではない。うん。ほんとに…!

「あぁ、おはようございます」

「お、おはよー、奇遇だね」

 危ない危ない。もう少し悩んでいたら遭遇を逃すところだった。

 途中、コンビニでおにぎりを買い、本山駅で東山線に乗り込む。

 名古屋市営地下鉄は狭い。地下鉄だから狭く感じるわけでなく、本当に車両の横幅が狭いのだ。足伸ばしたら当たるレベル。それに加えてこの東山線は名古屋の主要路線である。それ故ぎゅうぎゅう詰め状態である。

 車両に乗り込み、奥のドア付近に乗り込むと…!

 ふぇぇぇぇぇ…?!

 ぎゅうぎゅう詰め状態故、当然瑠偉との距離も狭まる。だけでなく…!吐息が!耳に!直撃!イケボの!歌い手の!吐息が!脳みそ溶けるって…!

 本山を出発し、覚王山、池下、今池を過ぎると学校のある千種駅に到着する。

 耳に残る温かさを噛み締めるように葵凪は耳をさすった。

 千種駅は名古屋市営地下鉄でも数少ないJR線に乗り換えれるということで、そこそこ降りる人は多い。だが学生の姿はほとんど見当たらない。スーツ姿のおじ様が大多数を占めている。

 ホームに降りると綺麗な駅舎が出迎えてくれる。名古屋市営地下鉄の駅は基本的に古い。主要駅である名古屋駅、栄駅でさえ改修工事をする気配は無いが、千種駅は何故か綺麗である。

 千種駅から歩いて2分ほどで高校に到着する。10階建てのビル一棟が我が有栖高等学院の校舎である。

 どちらともなく別れて教室へ向かう。この通信制高校はクラスというものが存在しない。授業を受けてもよし、自習室にこもってもよしという自由な校風である。

「おひさー、葵凪どーかしたん?溶けてるじゃーん」

 葵凪の友人の大高絢音である。ブレザー着ずに大きめのカーディガンを羽織ったギャルである。こんな格好なのに下品な感じがしないのは彼女の顔の上品さ故だろう。

「溶けてるって、溶けてないしぃ」

「えー、ふにゃってるやん、かわよー。写真撮っちゃうぞー?」

「えーやめてぇー」

 ギャルなのにちゃんと許可とるし、拒否られたら写真撮るのを潔く諦めるあたり、根はお上品なのだろうか。顔は少なくともお上品である。

「あー、そーいえば聞いたー?1年にイケメンと美少女たいりょーはっせーしてるらしいよん」

「美少女絢音さんがなにをおっしゃるのですか」

「えー?ありがとぉー」

 クロワッサン並みに中身のない会話をしながら授業前の暇な時間を潰す。はぁ、イケメンが大量発生か・・・・・。と葵凪が考えた時に誰の顔を思い浮かべたかは言うまでもない。


【Rui side】

「よろしく!俺片浜拓史!よろしくー」

 たまたま横の席に座っていた快活そうな青年に話しかけられた。イケメンめ…筋肉め…。

「うぃす」

 イケメン細マッチョを見てるのは嫌なので適当に返事しておく。

「え、俺嫌われたん?嫌われたら恋愛的に燃えるタイプだけど大丈夫そ?」

「ふふふ!大好きだよ片浜くん!磐田です!」

 全力で愛想笑いをしておいた。イケメンなのに友達になれそうである。

 と思ったのが数時間前のこと、全ての授業を終え、すぐに教室を出た。

 教室を出て校舎を出ようとしたところ、自動ドアのすぐ側に葵凪が居た。

「ぐ、偶然だねぇ、今日はよく会うもんだ」

「ですね」


 【Aina side】

 よし、偶然を装えたぞ。え?わざとらしいって?黙らっしゃい。

「初めての授業どうだった?」

「あぁ、まだ慣れないですけどいい感じでした」

 JR中央線の線路横の道路をゆっくりと歩きながら他愛のない話をする、天才的なラブコメシチュエーションである。ありがとうラブコメ。

「そういえば自炊ってするの?」

 葵凪はほぼ毎日自炊する。経済的だし将来的にも慣れておいた方がいいと思うからである。

「ほぼしないです、ほぼ毎日コンビニ飯かカロリーメイトとかですかね」

「え?!もしかしてカロリーメイトだけで食事済ましてる感じ…?!1日3食それだったりしないよね…」

「大概1日1食ですよ?」

 な、なんだと…!解釈一致…ではあるものの!ボカロPっぽくて不摂生で解釈一致してしまったけれども!不健康が過ぎないだろうか…SNSで活動してる人!っていう像には当てはまっているものの…。

「それはさすがにやばいね…」

「そうですか?サプリもちゃんと飲んでるので大丈夫ですよ」

「今日19時にご飯食べに来てよ、さすがに心配だし…」

「え、あ、あぁいえ…悪いですよ…」

「悪くないよ、とりあえず今日来てね」

 そこまで言いきった時、遠くから葵凪を呼ぶ絢音の声がした、特に何も考えずに発言してしまった自分から逃げるように葵凪はその場を去った。


【Rui side】

 やばいどうしましょう。推しの家に行くことになったのですが。

 とぐるぐると考えるうちにあと30分で19時になってしまう。作業には全く集中できなかった。

 交換した当時から全く動いていない葵凪とのチャットを見ながら暇を潰していた。

 と、1件の通知が。

 『もう準備できたから来れる時来てね』

 覚悟を決めて、瑠偉は靴を履いた。


 結論から言うと、とんでもなく美味しかった。

 愛凪の地元だという静岡の郷土料理である桜エビのかき揚げ、小鉢には生しらす、あっさりとしたカツオベースの合わせ味噌の味噌汁。

 泣きそうになるくらい暖かい料理であった。静岡は地元でもなんでもないが、どこか懐かしいものを感じた。

「めっちゃ美味しいです…ごちそうさまでした」

「お粗末さまですっ」

 女子力、いや主婦力か?とにかく力が半端ない。

 (いや待て!推しの家だぞ…?緊張しないわけがない)

 ご飯という明確な目的があったことにより緊張が半減していたものの、目的を達成してしまった今、話題の乏しい瑠偉には地獄の所業である「話題探し」を脳内で行っている。いつもは二人で話すことがない故こんな作業をすることはないのだが、今この場には二人しかいない。すなわち当事者である。当事者であるが故逃げれない。ここまで0.2秒。

「おいしかった?」

「めっちゃ美味しかったです…なんとお礼をしていいものやら…」

「どうしてもらおうかなぁ〜」

 愛凪の悪戯な笑み。瑠偉に2000ダメージ。

「んじゃぁ、毎日ここにご飯を食べに来てもらおうかなぁ」

「それじゃお礼にならない気が…」

「そんな食生活されるのは嫌だからね」

「でもいろいろ申し訳ないので…」

「でも単価的には二人分作った方が安いよ?」

「で、でも…」

 瑠偉の抵抗により、食費折半で落ち着いた。


 【Aina side】

 よっし!推しを家に毎日来させることに成功!うおおおお!

 その後三十分でお開きとなった。

 うおおおおお!うおおおおお!(語彙力紛失)狂喜、


 この夜、二人のつぶやきの数がいつもの二倍くらいになったのはまた別のお話。


 【Rui side】

 初のご飯イベントを制覇した翌日、瑠偉は見事に体調を崩していた。

 昨日はともかく、それまでの生活のツケが回ってきたのである。

 二度寝ができないタイプの瑠偉は某つぶやき系SNSのリプライを返していた。もう、廃人レベルである。

 PCくんとにらめっこをしていると、俺もいるぞと存在を主張するようにスマホが震えた。

『るいくん、起きてる?朝ごはんどうする?』

 風邪で靄がかかったような頭が一気に晴れた。

「今日はちょっと体調崩したので大丈夫です、すみません」

 と返信しておいた。ん?送った瞬間既読?たまたまか。

 急にインターホンが鳴る。

「はーい…」

 映像を見ることもなく適当に返事してしまった。風邪で判断力が鈍ってしまっている。

『るいくん、大丈夫?いろいろ持ってきたけど…』

「あ、あい…つ、角川さん…?」

 ふぅ、一瞬あいにゃと言いかけた…。あっぶない。

 風邪で体調が悪かった故、リプライを返しながらずっとあいにゃの配信のアーカイブを見ていたのである。彼女の配信での落ち着いた声のトーンに癒されまくっていた。それ故あいにゃもとい愛凪の声に敏感だったのである。

『体調悪いみたいだから色々持ってきたけど…』

「すごいありがたいんですが…移したら良くないので…」

『私、最後に風邪引いたの先月だから大丈夫!』

 ん?それ故免疫があるということなのだろうか。しっかり考えればおかしい事だらけなのだがほぼ脳が機能していない瑠偉はなぜか納得してしまっていた。

「うわぁ、すごい綺麗にしてるんだね」

 瑠偉の部屋は白を基調とした家具で統一されており、ものがほぼ全て無地ということを除けば愛凪の部屋と似た部分が目立つ。

 愛凪の配信や投稿を見て真似したわけではない。決して。うん。

「と、とりあえずリビングへ…」

「お邪魔します…」

 やばい、あいにゃを真似た部屋だからか、愛凪の存在とこの家の相性がものすごく高い。いつも配信で見ているあいにゃが目の前に…!しかも自分の部屋に…!

 瑠偉の脳内は今、自身が風邪をひいてることよりもあいにゃが家にいることの喜で染まっていた。


 【Aina side】

 瑠偉が体調を崩したという連絡を見た刹那、愛凪は家にある風邪の看病に使えそうなものを一式持って家を出た。

 瑠偉の家の前に着いて冷静になって考えてみると年頃の異性の家に行くのは色々と…ん…待てよ…?

 うわぁぁぁぁぁぁ!推しの家だぁぁぁ!

 〈異性〉という枠ではなく〈推し〉の家なのだ、ということに気がついた。

 見てるか2.5万人のiruwataリスナー!ふん!古参である私がおそらくiruwataリスナーの中で初めて家に入る人間だ!ふっふっふ…

 学校はって?これが通信制の良いところで別にキャンパスに登校しなくても家で授業が受けれるのだ!

 と、一人で脳内質問コーナーはさておきインターホンを鳴らすと爽やかなイケボが耳に突き刺さった。

『はーい…』

 インターホンのような低性能なマイク、スピーカーでもイケボとは…恐ろしいものである…。え?推し補正?そんなわけないだろう!

 「体調悪いみたいだから色々持ってきたけど…」

『ものすごくありがたいんですけど…移したら良くないので…』

 すみません、と。

 だが愛凪は先月風邪をひいたばかり!免疫はある(個人的観測)のだ!

「私、最後に風邪ひいたの先月だから大丈夫!」

 愛凪のよくわからない理論展開に納得した(?)瑠偉がドアを開けた。

 男子高校生の一人暮らしとは思えないほど綺麗な部屋。というのが第一印象だった。iruwataとし公開しているのはいつもデスク周りだし、引っ越したばかりなのでiruwataリスナーで初めて彼の部屋をのぞいた人間となった。どこか既視感がある気がする…気のせいか…。

 わぁぁぁぁ!いい匂い…。男子高校生の一人暮らしは堕落しがち(愛凪の愛読書であるラノベ情報)なのだが、おしゃれなディフューザーや白に統一された家具など、男子の一人暮らしとは思えぬ部屋であった。キッチンも全く使われていないのは彼の食生活の乱れ故だろうか。

 病人とリビングに立ちすくしているわけにもいかないので、

「瑠偉くんはお部屋で寝ててもいいよ?ご飯食べれる?」

「いやぁ、申し訳ないので…学校もあるでしょうし…」

「キャンパス行かずとも授業が受けれるのです!これが通信制の強さだからね!あ、食欲ある?」

「食欲はありますけど…」

「了解、キッチン借りるね、すぐ終わるからお部屋でゆっくりしてて!」

 半ば強制的に寝室に押し込み引越以降全く使われていないであろうまっさらなキッチンへと向かった。


 【Rui side】

 うーん、どうしたものか。

 愛凪が看病に来てくれたものの…気まずい…。

 第一に推しが家の中にいること自体異常なのだが、自分が看病される側だと流石に気まずい。

 うーん、寝れん。

 寝ててもいいと言われたものの…このシチュエーションで寝れるはずもない。

 かちゃかちゃと何か作業しているであろう音が聞こえてくる。推しがこんなに近く感じられる幸せと靄がかかったような頭の中、もやもやしてくる。

 と、

「ふんふんふーん♪」

 キッチンから楽しげな鼻歌…?ん?なかなかに曲調暗い…?ん?なんか聞いたことある気が…?まさか…いや、そんなはずもないか、自惚れてしまった。

 と、風邪で回転速度の下がった脳で考えていると自室のドアがノックされた。

「入るよー」

 落ち着いた優しい声がした。

「これ…口に合うといいんだけど…」

 温かそうに湯気を立てる丼をお盆に乗せて部屋に入ってくる。

 咄嗟に起きあがろうとするものの、病人は寝てなさいと制止された。

 愛凪の持ってきたのは温かそうな卵とじうどんである。卵で彩られた鮮やかな黄色に、そっと添えられたネギ、カツオベースの出汁の香りに透き通ったスープ。店に出てきそうな逸品である。このスキルはどこで身につけたのだろうか…。

 作業デスクにてうどんが置かれ、座るよう促される。いまさっき寝てろと制止してなかったか…?

 愛凪からあーんのチャンスは消え失せた。悔しい。

 推しからのあーんイベントは回避(不本意)したところで卵とじうどんに手をつける。

 ふわふわな卵に閉じられた温かいうどんは程よい甘味と出汁の香りが鼻に抜ける、見た目以上に美味だった。ネギも美味しさを助長するように存在感を発揮していたし卵に隠れていた椎茸やかまぼこもいい仕事をしていた。

 この荒んだ胃に染みるスープ…涙が出るほどおいしい…

 推し補正なしにしても大変にクオリティだった。

「ものすごくおいしいです…」

「いやー、体調悪いだろうに食べてもらえて嬉しいよ」

 無心でうどんを啜ってスープまで飲み干してしまった。いつもは飲み干さないのだが、スープまでしっかりと作り込まれていた故である。

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「ぜんっぜんお粗末じゃないんですが…」

「ふふっ、それならよかった」

 おっと、推しの笑み、瑠偉に5,000ダメージ。

 風邪の瑠偉には大きすぎるダメージである。


 うーん、寝れん。

 愛凪はうどんのお皿を片付けにキッチンに行ったのだがそれっきりである。うーん、やっぱ寝れん。

「寝ときなよ」と愛凪に言われたものの、アンタのせいで寝れねえんだよ状態である。眉毛は8時20分。

 と、「ふふん♪」と鼻歌が聞こえてきた。やっぱり推しの声は…落ちつ…く…。


 【Aina side】

 推しが寝ている。君ならどうする?

 と、脳内で全読者に問いかける。

 長いまつ毛、しっかりとした目鼻立ち。寝息が心をくすぐる。

 やばい…!撮りたい…!

 ギリギリの理性で盗撮の罪を犯すことはギリギリ避けた。

 ちょっとくらい…と吐息を感じたくて瑠偉の口元に耳を近づける。

 ふぁぁぁぁぁ!推しの生吐息キタァ!見たかiruwataリスナー!お前らはここまで近づけまい!はっはっは。

とりあえずご飯も作ったし、瑠偉も寝たのでもう帰って配信授業を受けることにした。

 まだまだ吐息の感触が残る左耳をさすりながら授業を受けた。

 その翌々日、愛凪が熱を出したのはまた別のお話。無事では帰れなかったようである。

この作品は個人的には一番上手くできてる気がします!

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