初めて
「リ、リズ・フランボン!お、お前はこの俺を侮辱するのか!」
グノは顔を真っ赤にしてリズのことを指さす。その言葉遣いは先ほどよりも砕け、年相応だ。
「いいや、ただしんぱいになったのさ。かんしはたいへんなしごとだろう?」
リズは何故グノが怒ったのかが理解できなかった。見た目に反してリズの中身はもう大人。そのかみ合わなさからくる言葉の歪さにリズは気づいていなかったからだ。
「―っ。」
グノは依然として顔を赤くしながらなんとか心を落ち着かせようとする。息を吸っては吐いてを繰り返し、荒くなった呼吸を整えていく。しかしその間もリズはいらぬおせっかいをしてしまう。
「だいじょうぶかい?きんちょうしているのかい?」
「…。」
「ふあんなことがあったらいうんだよ?」
「…。」
「わたしがしっかりめんどうみるからね。」
「っ、いいか!俺はお前の監視役だ。だから変な行動をすればどうなるか覚えておけよっ。」
堪らずグノはリズに向かってそう言い、部屋を出て行ってしまう。
「あら。わたしなにかしつれいを。」
リズはやはり、グノの怒りのポイントがわからない。そのためグノが行ってしまってもリズは暢気に呟くだけなのであった。
「なんだあいつは。」
グノは部屋を飛び出した後、自身の部屋で王宮を出る支度をしていた。さきほどまでの出来事を思い出し、ものに当たりながら準備していく。
(子供って自分の方が小さいくせに。しかもかわいいってなんだ!)
服を乱暴にカバンに詰め込む。そこへ、コンコンと言うノックの音とともにグノの馴染みが尋ねてくる。
「グノ。」
その人物は、低く優しい声色でグノの名を呼ぶ。
「セーヌさん。」
グノはその声に落ち着きを取り戻し、明るい声で声主の名を呼ぶ。セーヌは王宮魔女の1人。グノを小さい時から見てくれているいわば親のような存在の1人だ。
「聞いたよ。外に出られるんだってね。」
セーヌは喜ばしいことだと言い、グノの頭をポンポンと叩く。
「ただの監視です。」
グノは頭をセーヌに預けたまま、ふてぶてしく言う。そんなグノの様子をいとおしそうにセーヌは見つめながら頭を撫で続ける。
「楽しんできなさい。きっとグノのためになるから。」
セーヌは1度も王宮の外に出たことのない小さなグノに視線を合わせながらそう言う。
「…楽しんでいいんですか?」
グノは顔色を変えセーヌに真剣に尋ねる。その瞳には不安があった。
「いいんだよ。グノ。グノにはその権利がある。」
その様子にセーヌはあることを感じ、グノの言葉にはっきりとした口調で答える。その瞳の先には、グノとグノの部屋。そしてグノの机の上に伏せておかれている写真立てがある。見るつもりがないという意思が感じられる様子だが、何故かそれはしまわれていない。セーヌにはそれだけで誰が映っているのかわかってしまう。
「…。」
セーヌの言葉にグノは何も返さない。グノは納得できないようである。その様子を見てセーヌは、これは仕方ないと思う。
「ほら、もうそろそろ行く時間だろう?」
話を切り替え、グノに行動を促す。
「はい。」
グノは再び、準備に取り掛かりながら返事をする。
「リズさんとあったんだろう?どうだった?」
支度をするグノを見ながら、セーヌは話を変え続ける。
「別に。ただ生意気でした。」
「ふはっ。」
セーヌはこれには吹き出してしまう。
「何で笑うんですか。」
グノにはよくわからなかった。しかしセーヌにしてみれば面白くないわけがない。70歳だった大人に向かって生意気何てまだ10歳にも満たない子供が言うことが。
「だって。ふふっ。リズさんが何で監視対象になったか知らないの?」
「いえ、ただ人間化するネコの飼い主の監視任務ということしか。」
グノは作業をとめセーヌのことを不思議そうに見る。
「彼女にも何かあるんですか?」
「うーん。」
セーヌはグノに言うか迷う。言ってしまうのはたやすいがそれだとこれからリズと生活していくうえでやりにくいのではないかと考えたのだ。
「セーヌさん?」
「ま、悪い人ではないことは確かだよ。」
セーヌはリズの秘密を隠したままでいることにしたのだった。
リズとグノの見送りの時間。そこにはセーヌとニコ、アルがいた。
「2人とも仲良くね。」
「また遊びに行きます!」
「気を付けて。」
三者三様に言葉をリズたちにかけ2人の旅の無事を祈る。
「はいよ。」
「はい。」
リズとグノも3人の言葉に返し、馬車へと向かう。
「むっ。」
しかしそこで1つ問題がでてきた。馬車がリズには大きいのだ。リズは何とか自力で馬車のステップに足を駆けようとするが届かない。
「よっこいしょ。よいしょ。」
掛け声で気合を入れてステップに足を乗せようとするがそううまくはいかない。
「おかしいねえ。」
そんな風に言って困っているとき、横からさっとリズを持ち上げてくれる人がいた。
「グノ…。」
「見ていられないだけだからな…。」
グノは早く乗れと言ってリズをステップまで足が届くようにする。
「やさしいねえグノは。」
リズはお礼を言いながら、馬車にやっとこさ乗る。
「まったく世話が焼けるよ。」
グノは照れながら自分も馬車に乗る。
「ふかふかだよ。」
馬車の座席に腰かけたリズは乗ってきたグノにも腰かけるように言う。しかし大人ぶりたいグノはそれには答えず、無言で座席に着く。
(何だいつれないね。)
リズはそんな風に思うが、まあ気にしない。
「お2人ともよろしいですか?」
御者は2人が乗れ、会話が途切れたことを確認すると、出発の有無を確認する。
「ああ、出してくれ。」
グノの言葉で御者は馬車を出した。馬車の外の景色が混じり始める。
リズとグノは互いに無言で馬車に揺られる。グノは外ばかり見て、リズのことなど気にかけもしない。リズもリズで1人眠りの船に乗っている。そんな状況が続いているときだった。
「…すごいな。」
馬車が出て数十分後。グノは感慨深げに言葉を発した。グノの目はキラキラと光っており、外の出来事を1秒も取りこぼしたくないという風に見える。
「すごい?」
対してリズはゆったりとした馬車に乗せられて眠気が来ていたところだったため、グノが何にそんなに興味を持つのかわからない。いつもとかわらないよくある風景がつながっているだけだと思ってしまう。
「ああ。だって見てみろよ。」
グノは馬車の窓に指をつけ、外をリズも見るよう促す。
「あんなにも近くに田畑がある!それに生き物もあんなに動いているんだぞ!」
「…。」
リズは眠い目をこすっていたが、グノのその言葉で起こされる。リズにとってみたら本当にそんなことかと思うようなことをグノは本気で驚き尊いものだと感じているのだ。それにリズは何だか胸が締め付けられた。
(そうか。この子は1度も王宮の外に出たことがなかったんだね。)
リズはそう思い、楽しそうに外の景色を眺めるグノに愛情を感じる。
「このあと、いえまでのあいだにまちがある。」
「町。市街地か!」
リズはグノが興味をひかれるだろう単語を出す。リズは喜ぶグノをいとおしげに見つめ、街のことを教える。
「ひとがいっぱいいてねえ、みせもたくさんあるんだよ。」
「店!市場か。人は何人くらいいるんだ?」
「ああ。たくさんだよ。かぞえきれないほどさ。」
「そんなにもか!」
グノは先ほどまでの態度を忘れ、グノの年齢ににつかわしいはしゃぎぶりを見せる。リズは嬉しくなっていろいろと町のことをグノに語る。町には人が大勢いて、果物、野菜、魚からお菓子まで何でも売っていること。屋台もあって買ってすぐにそのままの状態を食べることもできること。牛乳屋のおじさんは親切だが、子供の相手にはなれていないなんてことも。
「そうか、街はすごいところなんだな。」
グノは多くのことをリズから聞き、興味深げに頷く。
「きっときにいるよ。ほらきこえてきた。」
リズは遠くから聞こえてくる人々の声に耳を澄まし、グノに町への到着を知らせるのだった。