この子が?
「よく来たな。」
「命令ですから。」
グノと名乗った少年は顔をしかめながら王にぶっきらぼうに返す。
「はは。」
王はおかしそうにそんなグノを見つめ笑う。グノは更に眉に力をこめて顔に力を入れるが王はそんな様子に気づいても愉快そうにするだけである。グノはそんな王にため息をつき、いやいやながら尋ねる。
「御用をお聞かせください。」
王とグノの間で視線が交わる。王はグノを見て笑顔で言う。
「魔女様の子グノ。君は外に出てみたいと思うかい?」
それはグノにとって驚きの提案であることは間違いなかった。
「リズ・フランボン!」
騎士ジョセフはリズの名を叫ぶと乱暴にリズの家の扉を開き、ずかずかと家の中に入る。その行動は粗雑だ。
「ちょっと。」
リズの家までの案内をしたニコはその騎士の行動を咎める。その騎士は若く、リズに対しニコたちの上司からの一方的な情報のみを真に受け敵意を向けていたのだ。
「いいんだよ。」
リズはリズに代わり怒ってくれたニコに感謝を言いながら、騎士の声で起きてしまったマリウスをもう1度寝かせる。そしてゆっくりと騎士の前に赴く。
「あたしがリズだよ。」
リズはまっすぐにその騎士のことを見つめる。その瞳は怒りでも悲しみでもない光を称えている。その騎士はリズの姿が幼いことに、そして何よりその瞳にたじろぐ。
「…!」
「さっきまでのいきおいはどうしたんだい。」
リズはただその目で見たことを言っただけだったが、騎士にはそれが嫌味に聞こえる。
「っつ。」
騎士は図星を突かれ、何も言えない。
「いくんだろう?」
そんな騎士の横をすり抜け、リズはニコの待つ玄関へと歩く。
「おい、待て。お前は。」
騎士ははっと我に返り、自身の横をすり抜けていったリズを追いかける。
「わかっているよ。」
リズは玄関前で振り返り、騎士が来るのをのんびりと待つ。騎士はそんな堂々としているリズに畏怖の念を抱くのだった。
「面をあげよ。」
その声にリズは、下げていた頭をあげ目の前にいる人物を見つめる。目の前には玉座に座った王がおり、まっすぐにリズを見下ろしている。
「リズ・フランボンでございます。」
リズは臆することなく、自身の名を宣言する。
「うむ。」
王はリズのことを見ると、それだけ発する。
(あまり心証は良くないのかね。)
リズはそんな風に思いながら、再び頭を下げる。
「リズ・フランボンの供述では、〇月△日に薬草の調合をしているときに倒れ、その後目が覚めたときに幼児化。そして同日もしくは翌日にネコ・マリウスが人…」
王の家臣は、リズがたどったこれまでの経緯を王に向かって読み上げる。リズは素直に伝えた。それを王がどう思うのかリズにはそこが気がかりだった。
「以上でリズ・フランボンの供述を終わります。次に事前に行っていた魔力判定の再検査の結果ですが、これはリズ・フランボン、ネコ・マリウスともに0でした。そして…」
一通り話が王に伝えられる。王はうんうんと話を聞くと、大臣に勧めるよう手で促す。大臣は、礼をして王の横にならびリズに尋問を始める。
「リズ・フランボン。」
「はい。」
リズは自身の正念場であることを感じる。
「お主が作っていた薬は何か違法なものか?」
「いえ、ごくふつうのものでございます。」
「では何か人体に影響を与える薬だったのか?」
「いいえ、そのようなこともありません。」
「お主の飼い猫が人間化したのはお主が何かしたからか?」
「いえ、なにもとくべつなことはしておりません。」
「では何か思い当たることはないのか?」
「いえ、ざんねんながらございません。」
「ふむ…。」
大臣は困ってしまう。リズは地面を見つめながら、自分の立場が思っていたよりそれほど悪い状況にないことを尋問から感じていた。
「いかがいたしましょう。」
大臣は王に伺い立てる。証拠も何もない中でリズを捕まえることも何かすることもできない。しかし、リズの存在は明らかに重大であり、そのままにもしておけない。
「リズ・フランボン。」
王が初めてリズの名を口にする。
「はい。」
リズは何を言われるのか緊張しながら返事をした。
「お主、子供は好きか?」
「は?」
返事をしたのはリズではなく大臣だった。しかしリズも同じ気持ちである。
(急に何を言っているんだ。)
間違いなくその時の大臣とリズの思考は同じだった。
「はっはっは。大臣お主のことも驚かせられて私は嬉しいぞ。」
王は楽しそうに大臣とリズを見ながら話す。大臣はもうさすがに驚いた顔をしまっていたが、バツが悪そうに咳払いをする。リズはそんな2人を見ながら、自分の今後がわからなくなる。そんな不安げなリズに対し、王は変わらず嬉しそうにしながらリズに向かって話をする。
「リズよ。お主の話、状況、気持ちは理解した。しかしお主のことは放っておくことはできない。」
(王宮に囲われるのか。)
リズはそこまで聞きそう思った。
(これからの人生、王宮内だけで暮らすのか。それはー。)
「そこで王宮で過ごしてもらうか考えた。が、それではまあ、面白くない。」
王はリズのこれからの大事な事をそんな風に語る。リズにとってみたらたまったものではない。だが、王は遊んでいる子供のようなはしゃぎ声で言う。
「だからお主は監視者とともに今まで通り暮らしてもらうことにした。」
「…おこころづかいありがとうございます。」
リズは言うか迷ったが一応感謝の言葉を出す。
「はっはっは。礼には及ばん。」
王はにこにこと笑いながら、軽くリズのお礼を流す。
「監視者もお主が気負わずにいられるものにしたぞ。」
「はあ。」
そんなことを言われてもリズには何も言えない。しかしリズも王の言葉が少し気になる。貴族は違うだろうし、ニコたちのような王宮魔女も自分たちの仕事があるから難しいだろう。しかし気負わずにいられるもの。リズには考えが及ばなかった。そんなリズの様子を嬉々として見ながら王は最後に1言述べて出ていった。
「きっと仲良くなれると思うぞ。」
「はあ。」
そう言われてもリズの返事は1つしかなかった。
「こちらに。」
王が立ち去った後、大臣は慌てて王を追いかけていき、リズは控えの間で待つように言われる。リズはおとなしく侍従に案内されるまま、控えの間で待っていた。
(王様ってのはあんな感じなのかね。)
リズは思っていた様子と違ったことに面食らいながら椅子に腰かけ、足をぷらぷらさせる。
そこへ。
「コンコン。」
ノックの音が響く。その音を合図にリズと同じ部屋にいた侍従が扉を開け、扉の前の人物を中に入れる。リズも椅子から飛び降り、迎え入れる姿勢を取る。リズはこの時、大臣が戻ってきたのだと思っていた。しかし入ってきたのは、リズよりも少し背の高いだけの男の子だった。リズは心の中で驚く。
(おや、王にはまだ子供はいないはずだが…。)
男の子は胸を張って雄雄しく歩いてくる。明らかに自分を大きく見せようとしているのだが、その姿はリズにしてみれば見栄を張った子供にしか見えず可愛らしく感じてしまう。
「ふふ。」
思わず笑いがリズからこぼれる。
「リズ・フランボン。」
男の子は、笑うリズの前に立つとリズの名を呼び言った。
「今日からお前を監視することになったグノだ。お前のことは俺がしっかりと監視するから覚悟をしておけ。」
リズは笑うのをやめ、まじまじと見る。
(この可愛らしい坊ちゃんが。)
リズはつい思ったことを言ってしまった。
「こんなにかわいらしくちいさなこどもに、かんしなんてできるのでしょうか?」
「なっ。」
「ぷっ。」
リズの言葉はグノの怒りの声と近くにいた侍従たちの笑いを誘ったのだった。