グノ・シルバー
「うわぁ…。」
「……。」
ニコとアルはマリウスの変身する姿を目にし、何も言えないでいた。これは確実に報告しなくてはいけないことだ。それだけはわかっていた。
しかし目の前の状況を信じられない。
「こういうことなんだよ。」
リズは驚く2人とは対照的に落ち着いた様子である。さすが長寿。もう驚きはしないようだ。
口を開け驚愕の光景に固まっていた2人だが、ネコに戻ったマリウスが動くと同時にその固まりは溶ける。
「リズさん…。」
「リズさんっ。」
「にゃー。」
呆れた声と興奮した声で自身の名を呼ばれるリズだが、呼ばれて見せたその表情は幼児というよりも玄人の様であった。
「じゃあリズさんまた来ることになるけど…。」
「わかっとるよ。きをつけてきんさい。」
もうじき暗闇が包む空を背景に、アルとニコはリズに別れを告げていた。
「これも。」
そう言ってリズは、茶菓子をたくさん2人に持たせて見送る。
「マリウスも。」
そう言って2人を見送るように促すと、マリウスも鳴き声で返事をして見送る。その姿は、いつもニコたちが調査の帰り際に見る老人リズたちの光景と同じであった。
「しかしリズさんには驚かされたよ。」
月明りと手に持つランプの明かりを頼りに森の中を歩きつつ2人はリズのことを振り返る。リズの幼児化にネコのマリウスの人間化。2人にとってこんなに驚くことが続くのかというほど、驚かされつくした日だった。
「けどこれは色々面倒くさいことになるぞ。」
アルは今後のことを想像し、嫌な顔を浮かべる。
「そうだな~特にあの人たちがな~。」
2人とも自分たちの上につく人たちを思い出し、これから振り回され翻弄されるであろうリズと自分たちの身を案じる。
「ごまかしちゃう?」
「無理だろ。それにリズさんに迷惑がかかる。」
「そうか~そうだよな~。」
そんなことを言いながらニコたちは森を抜けるのだった。
「しかしおどろきだったね。」
椅子に座り、隣に鎮座するマリウスのふさふさした毛並みを撫でつつリズも今日を振り返っていた。ご飯を食べていたところに突如現れたニコにアル。あの時、リズは思い出した。そうだ。もうそういう時期だった…。と。
「あんなにのうないが、いそがしかったのはひさびさだよ。」
あの沈黙と石化の時間にリズの脳内だけはこれでもかというほど動いていた。この状況を切り抜けるべきか。素直にこの子たちに打ち明けるべきか。さんざん頭で考えた結果、リズはあのような態度を取ったのだった。
「にゃー。」
マリウスはもっとかまってくれと鳴き、身体を擦りつける。
「はいはい。」
リズはその声に返事をし、両手でマリウスの体を優しく触る。ふわふわであたたかなマリウスの体はいつ撫でても優しい気持ちにさせてくれる。
「ま、なるようになるさね。」
これからいろいろと大変なことはリズもわかっていた。しかし今はマリウスのお陰でそんなことに気を取られずに幸せな気持ちでいられるのだった。
翌日。
「お前たちの報告は誠か?」
アルとニコの上司は2人に詰め寄っていた。
「はい。」
アルはその問いにうんざりした様子で答える。もう何度その問いを投げかけられたかわからない。ただひたすらに虚偽ではないかということを尋問の様にされていてはさすがに2人も嫌な気がしてくる。
「もう一度聞くが…。」
「ですから事実です。」
「うむ…。」
そう言われ、上司もさすがに口をつぐむ。
「しかし…。」
上司はそれでも納得していないようである。まあ、2人もわからなくはなかった。2人も直接あの瞬間を見なければ、どうにも信じられない話ではあるからだ。でもこう何度も呼び出され同じことを確認され続けるのもどうかと思う。この上司は何度も呼び出し聞いては納得せずに、上への報告をいまだにしていない。いい加減話を伝えなければ進むものも進まない。
「直接見に行かれてはどうですか?」
アルはそう投げやりに言葉をかける。
「あ?ああ。ああそうか。」
上への報告を慎重にしたい上司にとってこの提案は名案だった。
(魔女様でもないのにそんな術を使えるわけもないし。この2人の勘違いが強いだろう。リズ・フランボンの親戚か何かに決まっている。)
そんなことを思っていた上司だ。夕方ごろに行きましょうというアルの話に首をひねりつつ了承し、日が暮れるぎりぎりにリズの家へと赴いた。
そこで上司も同様の光景を目にすることになる。青年がネコになる決定的瞬間を。
「こ、これは…。」
「虚偽ではないとわかってもらえましたか?」
「しかしこんなこと…。」
上司は驚愕し腰を抜かしてしまう。普段は偉そうに威張っている上司だが、臨機応変に動くことはできないのだ。この思いもしない状況に、動けない。
「リズさん昨日ぶり~。ごめんね。また押しかけちゃって。」
「きにしなさんな。ほらおかしでもたべな。」
「わーい。」
「こら。ニコ。あんまリズさんに迷惑かけるな。」
そんな上司のことなど知ったこっちゃないとばかりに、アルとニコはリズと3人で仲良くお茶をする。
「こらお前たち!」
頭が戻ってきた上司は、よわよわしく足をふらつかせながら小鹿のように立ち上がるといつものように2人を叱る。
「そのものとこのネコは監視対象になるのだぞ。」
威厳を取り戻さんと大きな声で言うが、そんなことは3人には響かない。
「わかっとるよ。そんなおおごえださんでも。」
「大丈夫ですよ。リズさんはしっかり調査にも協力的です。」
「気楽にいきましょうよ。」
3人にそんなことを言われ、あしらわれる。
「む。むうう。お前たちは…。」
自分をないがしろにされ、上司は苛立ちを抑えきれない。
「俺は先に失礼して、上に報告するぞ!」
捨て台詞を言い、どすどすとわざと足を鳴らしながら家を後にした。しかしランプも持たず、暗い森の中へ入っていった上司はこの後、ニコとアルが通りかかるまで森をさまようことになるのだった。
「いや~すみませんね。リズさん。」
そんな上司を呆けた顔で見送ると、ニコはリズにそう言った。
「だいじょぶだよ。」
リズはカップに口をつけながら、落ち着いている。
「これからはリズさんにとってもっと煩わしいことが起こると思いますが…。」
アルはあの上司明かりも持たず森に入ったが大丈夫かと扉の方を見ながらも、直接皆に言うことはしない。それよりもこれからのリズのことを心配した。
「まあ、しょがないね。こんなことになっちまったからには。」
リズはまあその話はここまでだと言い、そんなことよりも2人ともご飯食べていくかい?なんて話を変えるのだった。
その後。
「何?リズ?というものが?」
上司から大臣へと話が伝わり、ついにリズのことは王も知ることとなる。
「ふーん。そうかそれはそれは。」
王は楽しそうに顔に笑みを浮かべる。
「それでどのようにいたしましょう。」
報告した大臣は王の次の言葉を待つ。
「そうだな。」
王は顎に手を伸ばし、しばらく考え込む動きを取ると次には大臣にこぼす。
「とりあえず1度会うことにするか。」
「かしこまりました。手配いたします。」
大臣はその言葉を受けると、そう言って恭しくお辞儀をし、王の部屋を後にした。
王は瞬間一人になった部屋で思わずくくっと笑い声を出していた。
「久しぶりに面白いことが起こったようだ。」
そう呟くとちりんと鈴を鳴らし、あるものを呼ぶよう別の家臣を呼び伝える。
「お呼びでしょうか。」
そして現れたそのものは、王にお辞儀をしてこう名を名乗ったのだった。
「グノ・シルバー。」と。