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あんた本当に…。

「ただいま。」

リズがガチャリと家の扉を開けて目にはいってきたのは、すやすやと気持ちよさそうにベッドで寝ている青年マリウスだった。

(あらまあ。気持ちよさそうに寝てしまって。しょうがないね。)

リズは音を出さないように気を付けながら、台所へと進み荷物を下ろし1つ1つ荷を冷蔵庫に移しきる。


「やるか。」

そして一通り片づけが終わると気合を入れ直し、リズは料理に取り掛かる。

トントントン。トントントン。台所から音が流れ始める。リズが玉ねぎを切り刻み始めた音だ。長寿にとってはこんなもの楽勝。…のはずなのだが。

「きりにくい。しかもなみだがでるじゃないか。」

リズの手よりも大きな包丁を握りながら、片手をネコの手にしたリズは涙が拭けず、顔にしょっぱいものが流れていく。幼児になっての本格料理。今日はハンバーグを作るのだ。しかし初手でつまずいてしまう。

(こんなに玉ねぎってのは目に染みるものだったかね。)

リズはそんなことを考えながら、料理を始めたころを思い出す。初めてにんじんを切った切れ味は今も覚えているのに、肝心の玉ねぎを初めて切ったことは覚えていない。

(記憶ってのは肝心なことほど消えているねえ。)

幼児がそんなことをぼやきつつ、ざくっざくっと玉ねぎ、牛豚あい挽き肉、ナツメグ、卵を練り合わせる。いい塩梅で混ぜ合わせたたねをぺったんぺったんと加工していく。でもここでもつまずきがあった。

「てがちいさい。」

そう手が小さすぎるのだ。うまくたねを拾って形作ることができない。頑張ってつくっても不格好で不出来なものになってしまう。

「むー。」

時間がたてばたつほどたねは手に粘りこくついてくる。早く終わらせたいのに。

「まあ、いいかいね。」

お腹の限界が来ていたリズ推定4歳。豪快に油がひかれたフライパンにたねを入れ込む。

ジュー。ジュー。壮大な音を奏でてハンバーグらしきものはフライパンの上で踊る。焦げ目がついたら面を交換。

「よいしょ。」

ターナーを使いハンバーグをひっくり返す。結果は。

(うんうん。まあいいだろう。)

再び音が聞こえ始め、今度は少し優雅な音が聞こえてくる。いいにおいが台所から家中に立ち上りきったところで焼き加減は丁度良し。できたものをお皿に盛り付けたら、完璧完璧。

「はい。できた。」

パンにサラダにハンバーグ。夕ご飯にはぴったりのものが出来上がる。


「さあ、マリウス。ごはんだよ。」

マリウスに声を掛けながら、お皿を台所からテーブルへと運ぶ。テーブルに置きマリウスの方を見るとまだすやすやと気持ちよさそうに寝ている。

「まったく。もう。」

こんなにもいいにおいなのに起きないなんてどんな夢を見ているのやら。

「ほらマリウスおきな。」

囃し立てながらベッドに眠るマリウスに近づく。すると不思議なことが起こった。突然、マリウスの体が光り出したのだ。ぴかぴかと星のような輝きを放つ青年マリウス。

(これは一体どういうことだい。)

リズは唐突なことにびっくりして、動けない。その間にも光は強さを増していき、マリウスの体全体を包む。リズは思わず目をつむってしまうが、瞼の裏にも光の熱さが伝わってくる。

「あるじ~。」

名を呼ぶ声に目を開けると、マリウスの体が次第に小さく黒くなっていく。そして耳が上に毛が全体に……。

「マリウス…。あんた…。」

「にゃー。」

マリウスはネコになった。いやネコに戻った。リズは驚愕した。まさか本当にマリウスがマリウスだったなんて。

「マリウス?」

「にゃー。」

マリウスは返事をする。

(まさか本当に、マリウスだったとはね……。自分に加えてマリウスまでとは人間長生きすると不思議なこともあるもんだ。)

リズは頭を軽くひとはたきして自分を落ち着かせる。楽観視。楽観視。人間順応することが大切だ。


「マリウス。ミルクのむかい?」

人間用のハンバーグは危険だろう。そう思い、マリウス分のハンバーグは下げ、買ってきたばかりの牛乳の瓶を開ける。

トクトクトク。牛乳がマリウス専用のお皿に気持ちよく入っていく。

「どうぞ。」

お皿にたっぷり入ったミルクを見るとマリウスはベッドからピンと立ち上がった。そしてトタトタと子気味良い音をたてベッドから降りて一目散にミルクの注がれたお皿に口をつける。美味しそうに飲む様子を見てリズはふっとやわらかい笑みが思わず出た。

(まあ、よくわからないが、マリウスが良いなら良いとするかね。)

ぐーっと自分のお腹もなっているのに気づき、リズも椅子に腰かけ食事を始める。1匹と1人それぞれのいつもの場所でそれぞれの食事を楽しむ夕餉となったのだった。


次の日。

「こんにちは~」

精肉店に王宮魔女のニコのひときわ大きな声が響いた。

「あらあら。久しぶりね。」

その声に気づいて出てきたのが、リズの接客をした元王宮魔女のジルバである。ジルバは驚きつつも、嬉しそうにニコと後ろにいるアルにも挨拶する。

ニコたち王宮魔女は王宮で主に生活をしているため、なかなか外に出ることがない。そのため外で会うという機会はなかなかないのだ。

「今日から観察が始まるんだよ~。」

ニコは元気よくジルバに答える。そう。あの定期観察が始まる日になったのだ。定期観察は王宮魔女にとって、王宮専属魔女から嫌がられるものではあるが長期で外に出られるまたとない機会でもある。だから久々の外での自由時間にニコはテンションが上がっていた。

「ニコ。みなさんに迷惑だろ。」

アルはニコの首を掴み、せわしなく動くニコの動きを抑える。そんな2人のやり取りをおかしがりながらジルバは言う。

「自由時間にわざわざ来てくれてありがとう。どう観察は順調?」

「うん!やっぱり相変わらずいい気はされないけどね~。」

ジルバも元王宮魔女としてニコたちと一緒に観察に言っていたことを思い出しつつ「ああ。」と思う。

(1つ1つ細かいことまでチェックされ、尋問のような時間を過ごす。それは王宮専属魔女にとって気持ちのいいものではないが王宮魔女にとってもそのような顔を見るのが好きではなかったな…。)と。

「でもまだ楽しみがあるんだ~。」

「楽しみ?」

ジルバは聞き返す。

「うん。リズさんの所がまだ残っているんだ~。」

ニコは楽しそうに答える。

「ああ。リズさん。」

ジルバはリズのことを思い出しふふと笑う。王宮魔女にも優しく接してくれる王宮専属魔女の1人。いつも辛抱強く私たちの観察に付き合ってくれて…。あれ?そう言えば。

「どうしたの。ジルバ?」

ニコは不思議そうな顔をしているジルバに尋ねる。

「いやね。」

いやでも自分の勘違いかも。でも…。

「そういえばリズさんには、ひ孫か玄孫がいたかしら?」

「いないはずですよ。」

アルが間に入って言う。

「ああ、じゃあ勘違いね。」

ジルバはそう解釈しながらも一応ニコとアルに昨日のことを話す。昨日精肉店に1人で来たリズに見た目の特徴が似た小さな女の子の話を。

一通り話を聞いたニコとアルも特に目立った反応はしない。

「そうなんだ。」

「他人の空似はあることです。」

そんな風にとりとめもない世間話としてとらえ、聞き流す。

「でも小さい子がよく1人で来たね。」

驚いたのはその点だ。この国はそこまで治安が悪いわけではないが、まだ幼い子を1人で外に出すというのはほとんど聞かない。

「そうなのよ。だからいろいろおせっかい焼いちゃったわ。」

ジルバはそんな風に言い、最近の親御さんは自由主義なのかしら何て話に話題は変わる。そうしてそれ以降リズに似た女の子の話が出ることはなく自由時間は終わってしまったのだった。


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