攫ったのは
「さてこまったね。」
グノが王宮から走り出たとき、リズはそんな風に呟いていた。
リズの両腕は縄により縛られ、椅子に括り付けられている状態だ。だがそんな状況でもリズは落ち着いていた。それはリズがいる環境に原因があった。
数時間前リズは、町で騎士ジョセフに会う。ジョセフは以前、リズ宅から王宮までの案内で遣わされ、リズの家に来、リズに対して横柄な態度を取っていたあの騎士だ。
「リズ・フランボン。」
ジョセフは、周りを確認しリズが1人なのを見ると怨念がこもったような目で見ながら名を呼ぶ。
「なんだい。こんなまちなかでもわたしにケチつけようっていうのかね。」
リズは周りに気を使いなよと暗に言いながら、ジョセフの言葉に返事をする。
「リズ・フランボン。お前が若返ったというのは本当か?」
しかしジョセフはリズの言葉に返事もせず直球で質問する。そう、大臣たちがくつろいで雑談しているとき、話を物陰で聞いていたのはジョセフだったのだ。
「なんだい、やぶからぼうに。というかあんたそのはなしどこからきいたんだい?」
リズは訝しがるようにジョセフを見る。
「お前は若返ったんだよな。魔法の力を使って。」
「は?」
リズはリズの話もろくに聞かずでも確認を取っていくジョセフについていけない。
「なにいっているんだい?」
「いいや、お前が若返ったのは絶対そうだ。」
ジョセフは思い込みが強いようでそう言ってリズを強い目で見る。
「今から俺の家に来い。」
「は?」
「いいから早く来い。」
「いくわけないだろう!」
リズは自分が面倒なことに巻き込まれ始めているのを感じ、必死に拒否する。するとジョセフはひょいとリズを担ぎ上げ、リズのことを小脇に抱える。
「ちょいとはなしなよ。さけぶよ!?」
リズは必死に抵抗するが、騎士であるジョセフの力にはかなわない。
「やってみろ、俺は騎士だ。周りはいいように解釈するはずだ。」
そんなことを言って、リズを堂々とさらっていく。リズは必死に叫び声をあげようとするが、ジョセフに口をふさがれて周りに声が届かない。
(マリウス…グノ…!)
リズはジョセフがリズを自宅に監禁する最後の最後まで必死に抵抗をつづけたのだった。
そしてジョセフは自宅に着くと、寝室にリズを連れていく。もちろんリズの自由は封印したままだ。しかし口は解放される。
「ちょいとあんた、はやくかいほうしな。わたしがゆくえふめいだとわかったら、おうきゅうがそうさくしはじめるかもしれないよ?」
リズは脅して解放を試みようとする。
「かまいはしない。」
ジョセフは相当な覚悟をもってリズを誘拐したらしく、かなりの脅し文句にも動揺しない。
(一体何だって言うんだい。)
リズはジョセフの行動真意がわからず困惑する。
しかし寝室に入るとその理由が分かった。そこにはベッドで目をつむり眠っている30半ばとみられる女性がいたのだ。その女性はリズたちが騒いでいても起きないことから相当深く眠らされているのだとわかる。
「母だ。」
ジョセフは悔しそうに自身の母親を紹介しながら、女性の眠るベッドの横にある椅子にリズを縛り付ける。
「俺の母は末期のガンで長くない。医者にはもって数か月と言われている。」
リズはそれを受け大人しくジョセフの話を聞く。
「母…母さんは女手一つで俺を平民から騎士にまでしてくれた。そんな母さんがまだ若いのにガンになっちまった。そんなのっておかしいだろう。母さんは必死に働いていただけなのに、周りが贅沢しているときも俺のために節約節約って自分のことは切り詰めて生活して。それで今度は俺が騎士になってこれから贅沢させられるって時に病気になっちまって…。」
ジョセフはくそっと言いながら、リズの腕を縄できつく縛る。
(痛いね、まったく。)
リズにしてみれば気の毒な話だと思うが、それが何で自分を誘拐することとつながるのか合点がいかない。
「やれることは何でもやったよ。医者に占い祈祷に神頼み。でもどれも母さんの病気は良くならなかった。…でもそんなときにお前の話を運よく聞いた。」
「わたしのはなし?」
「ああ、お前がもともと大人だったこと、そして魔力によって小さくなったてこともな。」
ジョセフは大臣たちの話を聞きかじりしかしなかったため、話を大きく誤解していた。
「魔女様は王宮が管理されていて手は出せないが、お前は違う。なのに魔力を持っているという条件は同じだ。それを利用しない手はない。」
「わたしはまりょくなんてないよ。それはじっしょうずみさ。」
リズは誘拐された理由には納得したが、ジョセフの大きな誤解を解かなくてはいけないと思う。
「いいや、大臣たちが話しているのを聞いた。お前は魔力があるのにそれを隠しているってな。」
「だから…。」
「とにかく俺は今すぐにでも母さんを元の健康な体に戻したいんだ。わかったらさっさと母さんに若返りの術を掛けてくれ。それか病気を治す治癒術でもいい。」
ジョセフは強引に話を進め、リズに迫る。
「あんたのおかあさんのはなしはわかったよ。」
リズは、はっきりと大人の声で続けて言う。
「だけどね、あたしは魔女様じゃない。魔力を使えないただの王宮専属魔女さ。だからあんたには酷だけどね、私にはお母さんを楽にする薬は作れても、治すことはできないんだよ。」
ジョセフはそこまで黙って聞いていたが、リズがそう言い終わると鬼のような形相になってリズに食って掛かる。
「嘘をつくな!俺はお前が魔女様と同じように魔法を使えることを知っている。お前は嘘をついてこの場を逃れようとしているんだ。母さんの話までしたのに、お前は悪魔だ!」
「本当に使えないんだよ。すまないね。」
リズは努めて冷静に返す。
「嘘だ!俺は信じない。お前が母さんに魔法をかけるまで俺はお前を返さないからな!」
そう言ってバンと扉を勢いよく閉め、ジョセフはリズの前から姿を消した。そうしてその場にはジョセフの母とリズ2人が残される。
そこで冒頭に戻るわけだ。
「あんたは子供に愛されているんだねえ。」
リズはそんな状況だったため、できることもなくただジョセフの母に語りかけ続けていた。
しかし夜も更け、ろうそくも何もない寝室は暗闇が包み込み始める。すると、自然とリズは家のことを思い浮かべてしまう。
「マリウスは泣いていないかねえ。大丈夫か心配だよ。グノも…グノは…。」
リズは最近の様子にグノはどうなのだろうかと考えてしまう。が、次の瞬間には明るく言う。
「まあ、グノも心配くらいはしてくれているだろうよ。」
軟禁されている今、新たなダメージを増やすことはしたくなく、リズはあえて元気よく自分自身の問いに答える。
そんな時、ぎいぃ。扉があき、誰かが入ってくる。
「だれか助けに来てくれたのかい?」
リズは少しの希望を持って尋ねてみる。
「いいや、俺だ。母さんは暗闇が苦手なんだ。」
入ってきたのはジョセフだった。慣れた手つきで暗闇でマッチに火をつけそれをろうそくに移していく。寝室は一気に明るくなり、ジョセフとリズそしてジョセフの母の顔を浮き上がらせる。
「そろそろ私を解放する気になったかい?」
リズはふぅとため息を1つ吐き聞く。
「そういうお前こそ、母さんに術をかける気になったか?」
質問に質問で返してくるジョセフ。リズは疲れがどっと出てしまう。
「何度も言っているだろう。私は魔力が…。」
その時だった。
「リズ!リズ!リズ・フランボン!」
表でリズの名を呼ぶ声があたりに響き渡ったのだった。