リズ…!
その頃。
「リズ・フランボンの様子はどうだ?」
「はい、変わりないです。」
「そうか。これからも引き続き定期報告は続けていくようにとのお達しだ。」
「承知しました。」
大臣たちは休憩室で一服しながらリズたちの話をしていた。休憩中の大臣たちは、リラックスした様子で報告が終わると雑談をする。
「しかし幼児化なんてことが起こるなんてな。」
「驚きだよな。しかもネコが人間化してしまうっていうのも同時に起こってさ。」
「この国始まって以来だよ。」
「でももし魔女様が関わっているならありえなくはないだろう。」
「まさか、魔女様が市井に干渉できるわけないだろう?ずっと王宮内にいるんだから。」
「だからリズ・フランボンが魔女様だった場合さ。」
「しかし魔力判定の結果は魔力なしだったんだろ?」
「だからそこはうまくやっているとかさ。」
「まあ、魔女様の研究も始まるし詳しいことはこれからわかってくるさ。」
「もしも幼児化したら楽しいだろうな~。」
「ペットが人間化もいいよな。」
そんな話をだらだらと話していたため、大臣たちは休憩室の側で隠れ話を聴きかじっている人物に気づかなかった。そうしてそのまま大臣たちは好き勝手にリズたちについて話すと、休憩を終えていく。
「リズ・フランボン…。」
一方聞き耳を立てていた人物は、リズの名を口にすると何か思いつめたような表情をして黙りその場を足早に後にするのだった。
(リズが70歳…。)
グノはブルーに衝撃の事実を告げられてから放心状態だった。今まで妹のように思い自分が守らなければと考えていた存在がまさかグノよりも60以上上だったとはと。
マリウスのことは目で見て分かっていたことでもあったし、事前に知っていたため驚いても何となく受け入れることができた。しかしリズのことはまた違った。今まで積み重ねてきたものがあったからだ。
(別に年が何才だろうとリズはリズだ。)
そう思っている自分もいる。しかし何だか裏切られたような気分が抜けないのだ。
「さあ、かえろうかねグノ。」
あの後、いつもの様にリズが話しかけてくれたのに、グノはうまく返事ができなかった。
(何しているんだ。こんなんじゃあの人たちと同じじゃないか。)
グノは自分自身を叱責する。しかしどうにも気持ちを切り替えられなかった。
「グノ。」「グノ!」
リズやマリウスに声を掛けられるたびに自分自身の抱えているもやもやが異端に思えて仕方ない。
しかしそんなグノの異変をリズが気付かないわけがなく。
(これはちゃんと説明しなかった自分にも非があるね。)
リズはそう思いグノの気持ちが落ち着くのを待つことにした。具体的にはグノが、1人にしてほしそうなときは1人にしておく。あまり干渉しすぎず、1人の時間を以前よりも多く設ける。この2点を注意していた。
そうすると自然と2人の時間は減るもので、単独行動が増えすれ違い生活になっていく。朝もグノは遅くまで眠り、朝食の準備にはリズ1人が立つことになる。また花壇の手入れや薬液づくりなどもリズ1人で行い、グノはマリウスと時間を過ごすことが多くなる。
また2人になっても話が弾まない。
「グノ、きょうはなにをするんだい?」
「ああ、マリウスと遊ぼうと思う。」
「そうかい。」
「ああ。」
こんな調子でいるが、2人はお互いに相手の存在を忘れることはできなかった。
例えば朝。
「グノたまごとってくれるかい?」
寝ぼけていてつい、以前のようにグノの名を呼び手伝ってもらおうとしてしまう。
「ああ、わたしだけだったね。」
また昼、花壇で土いじりをしているとき。
「グノ、きょうは。」
無意識でグノがいると思ってグノを呼んでしまう。こんなことがしょっちゅうだ。
グノも同じだった。例えば街に買い物に行ったとき。
「リズこれ好きだよな?」
リズが近くにいるように感じてしまい、ついリズの名を出してしまう。
マリウスと遊んでいるときもそうだ。
「グノ!これ見て!」
「うおっ。でっかいネズミ捕まえたな。リズが見たら…。」
グノは思わず自分の口をふさぐ。
「グノ?」
「いや、何でもない。そのネズミ家に帰してやれよ。」
マリウスの頭を撫でながらグノは胸が痛むのだった。
そんな生活を1週間続けていた日のこと。
その日も2人はそれぞれの生活を営み、お互いに干渉しないようにしていた。会話も最小限。
「きょうはかいものしにまちにいってくるね。」
「ああ、分かった。」
それだけだった。
「マリウス、森に薪を取りに行くぞ。」
リズが外に出たことを横目で確認したグノは眠り続けているマリウスを起こす。
「んん、主は?」
マリウスは目をこすりながら薄目を開ける。
「もう出かけたぞ。」
寝ぼけながら尋ねるマリウスにグノはリズの名前を出さずに答える。
「ええ~。じゃあ寝てたい。」
マリウスは渋々起き上がりながら不平を言う。
「まったくしょうがないな。」
マリウスのだれている様子を見ながら、グノもベッドに腰を掛ける。
「もう少しなら寝ていていいぞ。」
「やった。グノいいやつだな。」
満面の笑みを見せるマリウスにグノも笑顔を返し、ともにベッドに潜るのだった。
「うーん。」
気づくとマリウスとともに寝ていたグノは、窓からの夕焼けに照らされ意識が戻る。
「やばっ。」
夕焼けの赤色が目に入りグノは慌てて体を起こす。太陽は色を黄色から赤色に変え、そろそろ陰に隠れようとしている。
(これはもう今日はだらだらするしかないな。)
グノは薪を取りに森に行く予定をあきらめ、もう1度マリウスのいるベッドに潜り込もうとした。が、その時ふと気づく。
(あれ、リズは…?)
昼前には出かけたリズが日暮れになってもまだ帰ってきていないようだった。
(おかしいな。買い物ならとっくに帰ってきてもいい時間なのに。)
グノはもう1度眠ろうとしていた頭を起こし、立ち上がる。そして家の中、周辺を回りリズがいないか見て回る。
「いない…。」
一通り見て回ってもリズの姿は確認できない。グノは少し焦りを感じる。
(もうすぐ日が隠れる…。)
「まさか何か別の用事があるのか?」
最近会話を避けていたグノは、自分が聞きそびれたことがあるのかと考える。そこでマリウスに話を聞くべく、1度家の中に入り寝ているマリウスを起こす。
「マリウス。」
「うーんよく寝た!」
マリウスはたくさん寝たことで気分よく体を起こして伸びをする。しかしグノはマリウスがネコに戻ってしまう前に聞かなければと、そんなのんびりしているマリウスに早口で尋ねる。
「マリウス、リズから何か聞いているか?」
「何かって?」
マリウスはきょとんとした顔でグノに言う。
「今日遅くなるとか。買い物以外にどこかよるとかそういうことだ。」
グノはそうであってくれと思いながら聞く。そうでなかった時の嫌な考えを払しょくするように口に笑みを浮かべて。しかしマリウスの答えはグノの期待したものではなかった。
「ううん。聞いてないけど。」
グノはそれを聞き、額から嫌な汗が流れてくる。
「マリウス…リズがまだ帰ってきていない。」
「え?主いないの?」
マリウスは驚き、きょろきょろと家の中を見まわす。そして本当にいないということを理解すると、泣きそうな声を出す。
「主どっかいっちゃたの?」
マリウスのその問いにグノは正しい答えを持ち合わせていなかった。しかしグノはあえて明るく言う。
「大丈夫。俺が迎えに行ってくるから。マリウスは寝て待っていな。そうしたらすぐだから。」
「本当?」
「ああ、本当だ。」
「よかった。」
マリウスはグノの自信たっぷりの物言いに安心感を取り戻し、毛布の中に再び潜る。
「グノ、主が帰ってくるの楽しみにしているからね。」
「ああ。」
グノはグノを信じ切っているマリウスのその笑顔に泣きそうになりながら答えるのだった。