魔女様
そして今日の最後。魔女様たちとの顔合わせだ。リズたちは魔女様たちの住む王宮内の別棟に行くよう言われる。そこでリズ、グノ、マリウスは長い廊下を歩き向かう。
「主あともうちょっとで終わるの?」
「ああ、もうすぐだよ。マリウスもうすこしがんばれるね?」
「うん。主と一緒なら頑張れる!」
マリウスは元気が有り余って仕方ないというように飛び跳ねながら答える。
「あとはこれだけだ。そしたらすぐにいえにかえろう。」
リズはマリウスのそんな様子を見て微笑むと、今度は明るい調子でグノに言う。グノならすぐに、ああ。と笑って言うだろうと思って。しかしグノの返事はない。
「グノ?」
リズはグノの返事がないことに不安になり、グノ横顔を見る。するとグノは顔から汗を垂らして、顔を真っ青にしていた。
「グノ大丈夫かい!?」
リズは驚き、グノの手を握る。グノはその手を握り返す力もなく、弱々しい顔をリズに返す。
(まるで悪夢から覚めた時の様じゃないか。)
リズは夜中のグノを思い出させるその表情に放っておけなくなる。
「ちょっとやすもう。」
歩みを止め、休むよう言うがグノは歩きをとめない。
「いい。はやく終わらせよう。」
血の気のない顔でグノはひたすら前だけを見る。
(これは…。)
リズはグノの抱えているものの重さに改めて気づく。
その時。
「あれ、グノじゃん。」
前方から軽快な声がグノ達にかかる。そしてその人物は、嬉しそうにグノ達の方へ走ってくる。
「…アリサ。」
グノは絞り出すような声でその人物の名を言う。
(アリサ?聞いたことないねえ。)
リズは王宮魔女には精通しているはずだが、1度もそのような名を聞いたことがないため不思議に思った。
「久しぶりだねえ。何また魔女様怖い病?」
「…変な名前つけんな。」
グノは少し怒りのような悲しみのような声でアリサに反論する。しかしアリサは変わらない調子で返す。
「ええ。良いネーミングだと思ったんだけど、ショックー。」
そう言って少しもショックを受けていない声で言う。そしてリズとマリウスに気づくと目を輝かせる。
「え、誰々?グノの知り合い?」
リズは元気のよい子だと思いながら挨拶をする。
「こんにちはあたしはリズ。こっちはマリウスだ。」
「こんにちは!」
マリウスはリズの挨拶につられて返事を返す。
「はーい。こんにちはー。っていうかリズとマリウスってあの実験体の?」
アリサはにこにこしていた表情を崩し、驚く。
「失礼なこと言うなよ。」
グノはアリサに力のないチョップをかます。アリサには全くそれが響いておらず、次々にリズに質問していく。
「本当に魔力ないんですか?」
「ああ、ないはずだよ。」
リズはアリサの質問に丁寧に答える。
「グノとはさっき会ったんですか?」
「いやずっと一緒だよ。」
「え、グノとはどういう関係なんですか?」
「いっしょにすんでいるんだよ。」
「まじですか!グノいいな~。」
アリサはグノにぐりぐりと肘と当てながら押す。体調の悪いグノは押され気味だ。リズはそんな2人を見て尋ねる。
「ところできれいなおじょうさんあなたは?」
名前は先ほど知ったがそれ以外リズはアリサのことを何も知らない。それこそリズもアリサを質問攻めにしたい気持ちになっていた。
「あたしはアリサ。魔女様の1人だよ~。」
(魔女様!?)
リズはこれには思わず驚いた顔をしてしまう。リズは魔女様に会ったことがなかったからだ。
「ふふーん。珍しいでしょ?」
アリサは得意そうな顔をして、胸を張る。
「ということはわたしたちのたんとうはアリサさんが?」
リズは魔女様との顔合わせと聞いていたためそう問いかける。しかしアリサはそれには首を振る。
「ううん。私はたまたま通りかかっただけ。担当は多分ブルーさんじゃないかな。」
「ブルーさん…。」
グノは先ほどまでの切羽詰まったような表情を少し緩める。
(ブルーさんはグノにとって悪い人と言う感じでもないのかね。)
グノの微細な変化を感じ取り、リズは少し安心する。
「でもいいな~私もついていっていい?」
アリサは興味津々と言った感じでリズたちのことを観察しながら言う。
「お前は自分のことがあるだろ?」
グノはいつもの調子でアリサに忠告する。
「まあね~しょうがないか。」
アリサはくるくると楽しそうに周りながらそう答え、じゃあね。と言って去っていくのだった。
「なんだか楽しい子だねえ。」
アリサのキラキラした声が無くなり、寂しくなった空間でリズはグノにこぼす。
「抜けているだけですよ。あいつは能天気だから。」
グノは悪態をつきながらも、先ほどよりも表情が良くなった顔に笑みを作る。
(お。いい顔に戻ったね。)
リズはその表情を見て、アリサに感謝するとともに、これから会うブルーさんにも期待をする。2人はその後も長い廊下を歩き、ようやっとブルーさんが待つと思われる別棟の1番奥の部屋へとたどり着いた。
「失礼します。」「しつれいします。」
2人はそう声を出しながら、扉を開ける。すると扉を開けたすぐそこには宙に浮かび眠りこけている女性がいた。ブルーだ。
「…!…これが魔法!?」
リズはびっくりするが変なひらめきを得る。
「こんなことに魔法を使うのはこの方だけです。」
グノはそんなリズに訂正を加える。
「何これ主!これ触っていいの?」
マリウスは浮いている人間にテンションをあげちょっかいをかけようとする。
「これ、マリウス。」
リズは鼻の下をくすぐろうとするマリウスを慌てて止める。
「うーん。」
気持ちよさそうに寝ていたブルーはその騒々しさに低いうめき声を出す。
「ほらおきてしまうだろう?」
マリウスのことをその場に座らせて反省させながらリズは小声で怒る。
「いや、起こさなきゃだから。」
グノはこれから顔合わせなのに寝ているブルーさんもおかしいとリズに言う。
「グノ…。」
怒られてしゅんとしていたマリウスはグノのフォローに目を輝かせてグノを見る。
「まあ、マリウスもマリウスだけどな。」
「グノ…。」
マリウスのグノに対する評価が180度変わる。
「ふっ。」
そこでリズの耳に今まで聞いたことのない声色の女性の笑い声が耳に入る。その方向を見ると、宙に浮かんだ状態のブルーが3人のやりとりを見つめていた。
「ブルーさん…。」
3人の中で1番初めに口を開いたのはグノだった。
「久しぶりだね、グノ。ずいぶん楽しそうだったじゃないか。」
「…。」
「続けてくれてもいいんだよ?」
沈黙するグノにブルーは面白そうにほらほらと促す。
「いえ。さっさと顔合わせしましょう。」
グノは表情を硬くしてマリウスを横に連れてくる。
「こいつがマリウスです。そしてその飼い主のリズ。」
ブルーはその間に術を解いてすっと地面に降り立つ。
「はいはい聞いているよ。」
ブルーは眠そうに1つ大きな欠伸をしながら答える。そして確認する。
「人間化しちゃうマリウス君。そして幼児化してしまったリズ君だね。」
「え?」
グノはブルーのその言葉に驚く。
「ん?どうかしたのグノ?」
ブルーは思ってもいなかったところで引っかかっているグノに面白そうに尋ねる。
「いや、幼児化したって…。」
「あれ、言ってなかったの?」
「そういえばそうだったねえ。」
ブルーとリズは顔を見合わせて困ったねえなんて言いあう。
「リズはじゃあ、え、本当はもっと大人なのか?」
グノは驚きを隠せない声で恐る恐る聴く。
「ざっと70歳ってとこだったよね。」
ブルーはリズに確認を取るように言う。
「ああ、そうだったかねえ。」
リズはもうずいぶん前のことのように話す。
「…。」
グノは衝撃が大きすぎてしばらく固まってしまう。
(リズは70歳…。だからあんなにもいろいろなことをこの年齢でいろいろできていたのか。あ、だからセーヌさんは笑っていたのか…。)
色々なことが頭を駆け巡っていく。
「おやおやグノの頭がパンクしそうだ。」
ブルーは楽しそうにそう言って、また宙に浮かび上がるのだった。