報告日
グノがリズの家に住み始めてから1か月後。
「リズ。」
「なんだいグノ?」
その日も2人は朝早くから料理をしていた。グノは慣れた手つきで卵をフライパンに当て、殻を外しフライパンに黄身たちを流し込みながら話をする。
「覚えているか?今日が定期報告日だってこと。」
グノはリズの横顔を見る。
「あ。」
リズはターナーを持つ手をとめ声を出す。完全に忘れていたのだ。
「やっぱり忘れていたな。」
グノはやれやれと呆れた声を出しながら、リズの代わりに目玉焼きの焼き加減を見る。リズは頭をポリポリと掻きながらやってしまったという顔をして詫びる。
「いやーすまないね。」
(やっぱり年だからかねえ。)
「まあ、嫌なことは忘れていたほうがいいしな。」
グノは黙々と良い焼き加減になった目玉焼きをお皿に盛り付けながら言う。その表情は淡々としており、感情が読めない。
リズは今日の定期報告の予定を思う。予定はまず魔力が出現していないかの再検査のための魔力判定。1か月間の生活の様子の報告。そして王への忠誠確認のため王に謁見。そして最後にリズの幼児化、マリウスの人間化の原因究明のために魔女様に会いに行く。この4つの予定が組み込まれているのだ。
リズにはグノがなぜ「嫌なこと」と言ったのかはわからなかったが、恐らく王宮内に因縁があるのだろうということは生活の中で感じ取っていた。
「はあはあ。」
グノは夜中によく目を覚ます。
「グノ…?」
寝ぼけながら、グノの異変に気付いたリズは目を開ける。
「ああ、ごめん。何でもないから。」
嫌な音を立てる心臓と息を抑え込み、グノは何とか口に出す。
「いやしかし。」
リズはグノを落ち着かせようとするが、グノがそれを了承しない。
「大丈夫だから。」
グノはそう言って再び布団の中に潜り込んでいく。
こんなこともあった。夜中ふとリズが目を覚ますと、グノがうなされて寝ていた。
「うっ…ま、じょ…。」
グノは苦しむような声でうめく。
「お、かあ…。はっ!」
グノは何か言おうとしたところで急に目を覚ます。
「グノ…。」
リズはグノのことを見つめる。
「あ、ごめん。また起こして。」
グノは無理につくった笑みを見せてリズを安心させようとするのだ。
(よく眠れていないようだし、何とかしたいところなんだけどね…。)
リズはそう思いながらも、グノの繊細な部分に触れるのをためらっていた。
「まあ、さっさとすませてここにかえってくればいいのさ。」
リズは頭でそんなことを思いつつ、グノに明るく返す。
「ああ、そうだな。」
グノも同じように笑いながらそう返事をしてくれる。そのことにリズは嬉しさを覚えた。
王宮の門の前に着くと、そこには以前と同じようにセーヌ、ニコ、アルの3人が迎えてくれた。
「久しぶりだね。グノ、それにリズさん。そして初めましてマリウス君。」
セーヌは1人1人に顔を合わせながら挨拶する。
「久しぶりですセーヌさん。」「はい、ひさしぶり。」「はじめまして!」
3人も同じようにセーヌに返事を返す。
「本当に久しぶりです。」
ニコもセーヌに続き挨拶をし、アルはその様子に微笑みで答える。
「さて、じゃあいくかね。」
一通り挨拶が済んだところでリズはそう言い、グノを見る。グノはそびえたつ王宮をじっと見つめながら頷き、マリウスはリズに寄り添って嬉しそうだ。
「はい。あ、グノはこっちでリズさんとマリウス君はニコたちが案内するよ。」
グノはそれを聞き、一瞬怪訝な顔をする。セーヌはそんなグノの肩に手を置き、安心させるように説明する。
「グノは1か月の報告。リズさんとマリウス君は魔力測定。ね、分けたほうが効率的だろう?それにその後は一緒だから。」
「…はい。」
グノは渋々と言った感じで了承する。
「グノ。」
リズはグノの名を呼びリズの方を向かせて言う。
「あたしがこいしくてもなくんじゃないよ。」
「ばっ。」
グノはリズのセリフに思わず暴言を吐きそうになるがそれを何とかこらえる。
「何言ってんだ!」
「はっはっは。そんだけげんきならだいじょうぶだ。」
リズはじゃあニコたち案内頼むよと言ってグノにつかの間の別れを告げるのだった。
「まったく。」
セーヌと2人残されたグノはため息をつきながら笑う。セーヌはグノのその笑顔に驚くとともに嬉しい気持ちになる。そして少しの寂しさも。そんな気持ちを隠しながらセーヌはグノに明るく話しかける。
「仲良くなったんだね。」
セーヌはにやにやと笑いながら肘でグノを軽く小突く。
「普通ですよ。普通。」
グノはそんなセーヌのからかいに口をとがらせながら返す。
「いや~でもあのグノがねえ。」
セーヌは可愛らしいグノの様子にからかいをとめずにはいられない。
「何ですか。ほら行くんでしょ?」
グノはそんなセーヌに対し顔を真っ赤にして王宮の中へ引っ張り込むのだった。
2組はそれからそれぞれに課されたことをやりきり、合流することとなる。王への謁見の時間だ。
「ここで待つように。」
リズとグノ、そして遊んでいるマリウス3人は謁見の間にて待機するよう言われる。
「さっさとくればいいのに。」
グノはそんな不満を漏らしながらもおとなしく、玉座に跪く。
「グノ、おうさまにむかってそんなこといっちゃあいけないよ。」
リズも同じように跪きながらグノに注意をする。
「いやだってあいつは…。」
グノが言いかけたところで盛大なファンファーレが鳴り響く。王のお出ましだ。2人は話をやめ、王が玉座に腰かけるのを待つ。
「よく来たね。グノ、リズ、そしてマリウス。」
王は玉座に座るとそう声を発した。2人は頭を下げてその声にこたえる。マリウスは先ほどの大きな音に驚き、リズの側で震える。
「さて、きっと長い話は好きじゃないだろうし簡潔に聞こうか。」
王はグノの心を見透かしたようなことを言い、大臣に形式的な問いを任せる。大臣は格式ばった口調でそれらの問いを投げかけリズたちに答えさせていく。
「…以上で質問を終わります。」
そうして質問は終わり、大臣は玉座の前から退く。
「さて、ここからは私の個人的な質問なんだけど、生活の方はどうだい?」
王はそう言って、砕けた口調でリズたちに尋ねる。
「おかげさまでじゅんちょうでございます。」
リズは王に感謝の言葉を述べながら返す。王はその回答に満足したようにうなずきながらグノへも質問を投げかける。
「グノ、何だか明るくなったように思うけど今の生活は楽しいのかな?」
「…おかげさまで順調です。」
グノは本質的な問いには答えず、リズと同じ言葉を返す。
「はは。やっぱりグノはこうでないとね。」
王はさして気分を害したようでもなくグノの反応を楽しむ。
「うん、グノの報告を読ませてもらったけど、楽しそうに過ごせているようで何よりだよ。これからもその調子で生活を報告してくれ。」
「「はい。」」
グノとリズは同時に頷く。王はその姿を見ると、じゃあ今日の謁見はここまで。と言い、玉座から腰を上げ去っていくのだった。