俺はマリウス
俺には最近気に入らないことがたくさんある。
まず1つがグノとかいう人間が新しく家に住み着き始めたこと。そいつは急に俺と主の2人だけの生活に上がり込んできたのだ。それだけでも気に入らないのに、なんとそいつは主と仲良しときた。
朝俺が起きると、もう2人は起きていて、一緒に朝食を作っているんだ。しかも2人はくっついたり離れたり、なんだかとっても楽しそうにしている。こんなことをされちゃあ初めてグノとかいうやつに会った時の約束が守られていないから俺が怒るのも必然だ。俺はグノと主の間に割って入り邪魔をする。
「主は俺のだ!」
それをグノとかいうやつにわからせてやらなきゃいけないからな。しかしそうすると主は何故か俺に向かって叱る。
「こら、あぶないことをするんじゃないよ。」
そしてグノとかいうやつに謝る。
「すまないねえ、マリウスにはあとでしかっておくからね。」
俺は納得がいかない。もとはといえばグノが主と仲良くしているからなのに、なぜ俺が怒られるんだ。
それにそれ以降の時間も、主はグノってやつと一緒にキッチンにこもって薬液づくりをしたり、花壇の手入れをしたり2人きりで過ごすことが多い。俺にかまってくれる時間が圧倒的に減ったのだ。俺はまた間に入ると怒られるため眠ったふりをしながらその時間が終わるのを今か今かと待つことが日課になっちまった。
そしてもう1つ俺が人間になること。もともと主が小さくなってしまった時、俺は心配で仕方なくて主のために何かしたいと強く思った。そうしたらなぜか人間になれるようになっていたのだが、これが失敗だった。俺のすることはどうやら人間としてあり得ないことが多いらしく何かやるたびに失敗してしまうのだ。しかもダメなこともたくさんあって覚えきれない。人を舐めるのはダメ、ネズミを食べるのもダメ。お風呂に1日1回は入らないとダメ。いろいろなダメがあった。しかしそんなもの初めて人間になった俺が覚えられるかって言うんだ。俺は何かやるたびに失敗して主に怒られ慰められる。何だかみじめになってきてしまう。
そんな風に不満がたっぷりとたまってきているある日のことだった。
その日は朝から失敗ばかりだった。朝食を運ぶのがうまくできずこぼしてしまうし、頼まれた食器洗いも水が跳ねてくるのが怖くて食器を割ってしまう。しかしそれをグノっていうやつが後片付けを華麗にやってのける。俺ができないことをグノってやつは何でもできてしまって、主に褒められる。
「グノありがとう。」
「なんだよ。」
俺は自分の存在価値がなくなってしまったように感じてしまいいじける。布団に潜り込んで寝たふりをしていると主たちが話しているのが聞こえてくる。
「おやマリウスねてしまったのかい?」
「ああ、そうらしい。」
俺は、本当は起きているがそれを知らせることはしなかった。そうするとどんどん2人は会話していく。
「そういえばそろそろかいものにいかないといけないねえ。」
「そうか。じゃあ買い物に。」
「でもマキもないんだよ。そっちもなんとかしないと。」
「じゃあ先に薪を2人で作って、それから買い物に行くか?」
「そうだね、マリウスがねているあいだにやってしまおうか。」
「マリウスは起こさなくていいのか?」
「いいよ、ゆっくりねかせてやりたい。それにあのこはからまわってしまうからね。」
(ずきっ。)
マリウスは主の言葉になぜか強くショックを受けた。確かに俺は失敗ばかりで空回りしている。だけど。だけどと。
2人はマリウスがそうして布団の中でショックを受けている間に、薪を調達すべく外へと出て行ってしまった。
マリウスは2人がいなくなると布団からもぞもぞと抜け出す。そして足をバタバタさせて先ほどの主の言葉を反芻する。
「寝ている間に…。空回り…。」
(うん、どれも俺が失敗ばかりだからくる言葉だ。)
マリウスは自身で納得する。でもなぜかそれだけでは終われなかった。
「失敗ばかりって主も思っているんだな…。」
マリウスは主の役に立てていない自覚はあったもののそれを主自身が感じていることが嫌だった。
「何とかしないと、俺の居場所がなくなっちまう。」
マリウスはそう思い焦る。
「そうだ!買い物!」
マリウスは先ほどの言葉を思い出す。薪を作ってから買い物に行くと言っていた2人。主たちが薪を作っている間に買い物に行ってしまえば2人は仕事が減るし、マリウスのことを褒めるに違いない。
「俺がやったらきっと主は見直してくれるはずだ!」
マリウスは元気になり、早速ベッドから飛び降り玄関へと向かう。
「いってきます!」
明るい声で外へと向かったマリウスは必要なものが何かもお金がどこにあるかも確認せず出て行ってしまうのだった。
「ここが町か…。」
マリウスは森の中を走り、早々に町へとたどり着く。町は多くの人が行きかいにぎやかしい。
(なんて多くの人間だ。ネコ集会でもこんなには集まらないぞ。)
マリウスは少し人の多さに圧倒されながらもなんとか市場に赴く。しかしそこに来て初めて気づく。
「俺主が何を買おうとしていたのか知らない…。」
(どうしよう。)
マリウスは考え込む。
「お兄さんお兄さん。」
その時、マリウスに声がかかる。マリウスは最初自分が呼ばれていることに気づかなかったが、腕を掴まれてやっと自分が呼ばれていた人物だということに気づく。
「俺?」
「そうだよお兄さん。あんたうちの前で立ち止まって何か欲しいもんでもあるんだろう?」
男の店主はそう言って、自分の店の品物をマリウスに見せる。その店主は野菜を売っていてキャベツ、キュウリ、ニンジンなど色々な野菜を店先に並べ呼びかけしていた。
「さ、何を買うんだい?」
「買う?」
マリウスには買うという意味が分からない。
(ただ物々交換すればいいのではないのか?)
「今、これしかないけど…。」
マリウスはそう言って懐から何かを出す。
「お、いいよ、それに合ったものを紹介するよ。」
店主は気前よく手をこねながら、マリウスの取り出したものを見る。と、次の瞬間叫んでいた。
「お、ね、ずみ!」
マリウスの手には丸々太ったネズミが息絶えて握られていた。
「え。うん、ねずみ。」
マリウスは不思議そうに驚く店主を見る。
「からかいなら迷惑だからやめとくれ!さあどっか行った行った。」
店主はそのマリウスに腹を立て、追いやる。
「え、でも交換してくれるんじゃ。」
「するわけないだろう、そんなのと。常識的に!」
店主は嫌そうな目でマリウスを見ると、手でマリウスがどこかに行くよう促す。
(常識…。)
マリウスは又自分が人間の生活に失敗したことを痛感し、悲しくなる。そしてとぼとぼと市場を後にし、家へと帰路に着くのだった。
「俺が人間になった意味って何だろう…。」
マリウスは悩みながら歩く。外はもうすぐ夕暮れでもうじきネコに戻る時間だ。急がなければいけない。しかしマリウスは下を向きとぼとぼと歩く。
森に入ってもそうだった。マリウスは元気なく歩き、ついにはネコに戻ってしまう。
「にゃー。」
(そういえば主が夜は危ないから森に入るなって言っていたのに。)
マリウスは更に弱々しくなる。もう歩くのをやめてしまいそうな歩調だった。
その時。
「マリウス~。」
聞いたことのある声が聞こえてきた。マリウスは耳をピッとたてすます。その声は次第に近づき、ついにマリウスの前に現れる。
「いた!」
グノがマリウスを見つけたのだ。
「どこ行っていたんだ?リズも心配しているぞ!」
グノはハアハアと息を切らせながらマリウスに説教する。いつもならここでマリウスはグノに反論するのだが、いかんせん元気がない。
「にゅああー。」
しぼんだ声で返事をする。グノはいつもと違ったマリウスに気づき、優しく抱き上げ言う。
「どうした?腹減ったのか?」
「にゃ。」
マリウスの大きな声にグノは否だと読み取る。
「じゃあどうしたんだ?」
「にゅああ。」
(俺は俺のふがいなさに落ち込んでいるんだ。ほっといてくれ。)
そんな風に返しても今のグノとマリウスでは話がかみ合うはずもなく。
「ああ、わかった。道に迷って困っていたんだな。」
グノは勝手に納得する。
「にゃ。」
(違うよ。)
しかし今度はうまく伝わらず、グノは肯定の意味だと理解する。
「まあ、良かったよ、お前が見つかって。」
「にゃあ?」
(何だよ。俺がいないほうが主と2人で嬉しいくせに。)
「お前がいなきゃリズはきっと生きていけないからな。」
「にゅあ?」
(主が生きていけない?)
「だってそうだろう?いつもリズの生活の中心はお前だ。俺と何かするときも、リズが1人でいるときもお前が居心地よく過ごせることをリズは1番に考えているんだ。今日だってお前が大好きなミルクが切れているから買い物に行かないといけないって思っていたし、お前が寒い思いをしないように薪をたくさん集めてさ。リズの全部はお前のものだ。」
「にゅにゃあ。」
(主…。)
「俺はお前が羨ましいよ。」
グノはマリウスの抱く位置を変えながら言う。
「にゃああ。」
(俺はお前が羨ましいのに、お前は俺を羨ましがるんだな。)
マリウスはそんなことを思いながら、グノの腕に揺られているといつの間にか眠りについていたのだった。
次の日。
マリウスが目覚めるとやはり2人は起きていて朝食を共にしていた。マリウスは気まずそうにリズに近寄り言う。
「主、昨日はごめんなさい。」
リズはマリウスの方をじっと見ると言う。
「まったくせわのやけるこだ。おいで。」
いつもなら人間になったマリウスにしてくれない撫でを思い切りしてくれる。マリウスは嬉しくてたまらない。
「主、大好き!」
「わたしもだいすきだよ。」
そんな様子をグノはやれやれと見守る。その視線にマリウスは気づくと、リズから離れグノに近づき頭を差し出す。
「?」
不思議そうに見るグノにマリウスはこう言う。
「グノも撫でるの許す。」
それはマリウスがグノに気を許した最初の印だった。