家
「じゃあ、私はここで。」
御者は、2人を下ろすとそう言い残して去っていった。森の前に残された2人は先ほどと同様手をつなぎあって森を歩く。
「リズの家はこんな森の中にあるのか。」
グノはきらきらと光る緑に眩しそうに眼をすぼませながら気持ちよさそうに顔を空に向ける。
「ああ、わたしのおきにいりのばしょだ。」
リズはグノに微笑む。自然とグノの手を握る手に力が入る。2人は無言でお互いの手を握りながらゆったりとした気分で歩く。緑は優しく2人を見、風は2人の顔を撫でる。生き物は声で2人に聞かせ、花は色で2人に知らせる。
「ピピピ。」
「クク。」
「あるじ~。」
鳥や鈴虫の音が。音が。
「マリウス!」
マリウスは木々をがさがさと押しのけ歩き、リズたちの前に立ちふさがる。
「主!どこに行っていたの?」
どうやら眠りから覚め、リズがいないことに気づいたマリウスはリズのことを探し回っていたらしい。身体はいたるところに葉をつけ、泥だらけだ。リズは思わず、マリウスの所に駆け寄る。
「あ、手。」
グノは小さく呟く。しかしリズには聞こえない。
「こんなによごしてしょうがないこだねえ。」
マリウスは怒られながらもリズにかまってもらえることが嬉しくてしょうがない。しかしマリウスにとって見過ごせないことがある。
「主、こいつ誰。」
マリウスは敵意を向け、リズを自身の体に囲いグノを見る。グノはそのマリウスの目に一瞬ビビるがすぐに気を取り直す。
「俺はグノ。今日からリズと一緒に住むものだ。」
グノは堂々と言う。
「そうだよ、マリウス。グノとなかよくするんだよ。」
リズはグノの挨拶を受け、マリウスにグノとこれから住むことは決定事項だと伝える。
「いやだ!俺は主と2人で住むんだ!」
マリウスはグノにリズを取られた気がして、激しく嫌がる。
「こら、わがままいうんじゃないよ。」
リズは駄々をこねて、地面に体をこすりつけるマリウスを叱る。
「でも~。」
マリウスは叱られても、やはりリズと2人でいたいと思ってしまう。マリウスはじとっとグノを見て、牽制する。
「主は俺のだからね。」
そう言うマリウスはリズのことを後ろからハグしながらも涙目だ。
「わかっている。」
グノはそんなことを言いながら、先ほどまで温かかった手に寂しさを感じる。しかしマリウスはそんなこと知ったことじゃない。
「絶対だよ?良かった!主は俺が1番!」
マリウスは先ほどまでのしおれた感じが一転。グノに対してもジトっとした視線を少しだけ緩めた。リズもマリウスがグノへの態度が柔らかくなったことを見ると、嬉しそうに2人の間に入り、握手を促す。
「よろしく。」
「ああ、よろしく。」
2人はなんとなくの握手をしたのだった。
「ここがリズの家…。」
あれから森の中を再び歩き、リズの住む家へとついたグノが発した言葉は驚きを含んでいた。リズはマリウスとともにさっさと家のドアを開けて入る。しかしグノはしばらくその景色にとらわれる。リズの家はあまりに完璧だったからだ。
家の周りには四方にピンクがかった赤色のレンガで縁取られた花壇があり薬草から花までいろいろなものがみな気持ちよさそうに生活している。そして家はそんな花壇に合った木造の丸太でできた可愛らしい家だった。まるで童話に出てくる家がそのままでてきた様だ。
「ぴったりじゃないか。」
あの愛らしい顔をしたリズが住んでいるというのは頷けた。
「グノ、家に入らないのかい?」
そうしているとリズが心配しグノを呼びに来る。グノははっとして急いでリズのいるドアから家の中へと入る。
「お邪魔します。」
グノは律儀にそう言う。しかしそれはこれから生活する家に言うには少々他人行儀だ。
「ただいまでいいんだよ。」
リズもそう思い、グノにリラックスするよう促す。
「ああ。…ただいま。」
グノは自分でも緊張していたと思い、言い直す。
「おかえり!」「…おかえり。」
リズとマリウスが返事を返す。グノはなんだか胸のあたりが温かくなったように感じた。
(何だろうこの感じ。)
グノはほわほわとした気分のまま家の中を案内される。
素晴らしい外観の家の内観はグノが思い描いていた通りだった。ウッド調の家の中は、横に広くはないものの天井が高く開放感がある。また部屋も区画ごと整理されており、綺麗だ。特に入ってすぐにあるリビングと寝室は開放的でいつまでもいたいと思わせる空気感があった。
「グノどうだい、きにいったかい?」
リズは部屋を物珍しそうにきょろきょろとみるグノを満足そうに見つめながら尋ねる。
「ああ。十分だ。」
リズはそのグノの返答に満足すると、声を出す。
「さてそろそろマリウスがネコになるじかんだ。」
時刻は夕刻になっていた。マリウスの人間化が解ける時間だ。
「本当になるのか?」
グノは半信半疑だ。そして丁度タイミングよくピカッと光る。
「うわっ。」
突然の光に一瞬グノは目を閉じるが、ゆっくりと目をこじ開ける。すると光源にはどんどんと人間が小さく丸くなっていく様子が見えた。
「にゃー。」
そしてマリウスはネコへと戻る。
「…。」
グノはもう驚きたくなかったが驚かずにはいられなかった。
「さて、もどったことだしマリウスをおふろにいれるかね。」
リズはもう驚きはせず、淡々としてマリウスの汚れてしまった身体を拾い上げようとする。しかし幼女に成人のネコを持つ力はない。
「うっ。」
リズは苦しい声をあげる。
「マリウス、おふろばまでいけるかい?」
リズはしかたなく言葉でマリウスに動いてもらおうとする。しかしマリウスは動かない。それどころかマリウスは耳を閉じ聞こえないふりをする。
(水が苦手だから。こりゃ動きやしないね。)
リズはマリウスの態度に呆れながらどうしようか考える。
「そうだグノ!」
リズは固まっているグノに声を掛ける。
「お、おおう。」
グノはやっと固まっていた身体を動かし、リズとマリウスの下に向かう。
「ちょっとマリウスを、はこんでくれるかい?」
「ああ、いいけど。」
グノは先ほどまで人間だったマリウスをこわごわと抱き上げる。マリウスは、諦めたように体をだらりとさせて大人しくされるがままだ。
(あったかい。)
ふーふーと子気味のいい音をさせながら動く身体を持ち上げたグノは別の怖さが発生してしまう。
(こんなにも脆そうな身体…怖いな。)
「こっちだよ。」
リズが進む後をグノはくっついていきお風呂場までマリウスを慎重に運ぶ。
「じゃあああ。」
リズはお風呂場までくるとシャワーからお湯を出し温度調節をし始める。
「そこにおろしておくれ。」
マリウスを抱いたグノが到着するとリズはそう言い、満面の笑みでシャワーとともにマリウスに向かう。
「にゅああー。」
マリウスは来るまではおとなしいがされる事を目の当たりにすると逃げたくなった。グノの手を噛み、グノの手が緩んだところで逃げ出す。
「あ、これ。」
リズは慌ててお湯を閉めシャワーを置く。グノは出来事の速さについていけず呆然とする。
「追いかけるよ!グノ!」
その間にもリズはマリウス逃亡阻止をもくろむ。
「ああ!」
グノはリズの言葉に無意識に反応し、頷く。
2人は共同し、マリウスを捕まえるべく部屋の中を探し回る。
「マリウス!」
「マリウス~。」
声でマリウスの緊張をとかしながら、捕まえる作戦。しかしマリウスは自分がこれからされる恐ろしいことを思いリズの声にも反応しない。
「しょうがない、こうなったらきょうこうだね。」
リズはたくらんだ顔でグノに言う。
「強硬?」
「ああ、やることは1つ。みつけたらおいかける!それそこだ!」
マリウスがリズの話を聞き逃げ出そうとしていたところを発見される。
「さあグノ!わたしはこっちからまわるから!」
グノは先ほどから言われるがままだ。しかし今まで動いてこなかった感情がどんどんグノの中に沸いてくる。
「ははっ。」
グノは思わず笑っていた。
「そんなにおいかけっこがたのしいかい?」
2人してマリウスを追いかけながら笑いが止まらなかった。