迷子はどっち?
「町だ!」
グノは歓喜の声をあげる。馬車は丁度町に入る門の前にきたところだ。
「ちょっととまれるかい?」
リズは御者に頼み、門の前に馬車をとめてもらう。
「?」
不思議そうにするグノにリズは伝える。
「まちによりみちだよ。」
その1言でグノは目を輝かせてリズを見る。しかし瞬間考え込む。
「いやだが、すぐに行かないと…。」
「だれもかまいやしないよ。」
リズはまじめなグノにそう言って、馬車のドアを開けてしまう。
「あ。おい。」
グノは咎めるような声を出すが、それはグノの本心とは違っていた。
「いかないのかい?」
馬車のドアは開かれている。そしてグノを後押しする言葉も人もいる。
「…行ってやらなくもない。」
グノは初めての体験に期待と不安を抱きつつも、そう声を絞り出し重い腰を上げた。
「そうこないとね。」
リズは得意になりながら馬車のステップに体重を預けぴょんと飛び降りる。グノはリズよりも先に降りて待っていたため、リズを迎えながら言葉を吐く。
「行くぞ!」
(何だかんだ楽しみなんだね。)
リズはグノのそんな様子から気持ちを汲み取る。そして2人は町の中へと入っていくのだった。
「す、すごい!」
グノが町に入った瞬間出した言葉だった。リズは思わずその言葉を聞き、自分が褒められたかのように嬉しくなってしまう。
町を行きかう人々はみな自分たちの話に盛り上がり、にぎやかだ。そしてそんな人々を迎え入れる市場の人々の声も重なり合い良い掛け合いを作っている。そんな人々が行きかう中、屋台などではおいしそうな焼き物や飲み物などが売られ、香ばしく芳醇な匂いも周囲に漂いハーモニーを奏でている。
「これが、街…。」
グノは1つ1つを焼き付けるように見つめながら、歩き出す。
(良い顔をしているねえ。)
リズはそんなグノの横顔を優しく伺いながら後をついていく。
「なあ、あれはなんだ?」
グノは1つの屋台の前で足を止める。
「ああ、あれはクレープというもんだ。」
「クレープ。聞いたことがある。」
グノは、ふむ。と頷きながらクレープを真剣に観察する。リズはその様子がいとおしくてならない。グノは特に屋台に夢中の様だ。1つ1つの屋台で何が売られているのか興味津々にその後ものぞく。
「これはなんだ?」
「それはやきそばだね。」
今度はやきそば。
「じゃあこれは。」
「ああ、やきめしだね。」
そしてやきめし。
「あ、あれは?」
少し遠くにある屋台に目をつけ、グノは走り出しながらリズに尋ねる。
「あ。」
しかし急な行動だったため、リズはグノの動きについていけない。さらに運の悪いことに人がどっと流れ込んできてリズとグノの間を引き裂く。リズは完全に人の波にさらわれる。
「グノ…。」
リズはその小さな体で必死に抗い、グノの名を呼ぶが流れに逆らうことはできなかった。グノの姿はどんどん見えなくなり、リズは遠くまで流される。
「おいっ!…」
遠くでグノの声が聞こえたが、その詳細がリズには聞こえなかった。
「さてどうしたもんかね。」
人に流され、町の隅に追いやられてしまったリズはこれからどうしようか考える。
(グノと合流しなくちゃいけないがやみくもに歩いてもさらに面倒なことになるからね…。しかし動かないことにはこの状況を改善できないし、何よりグノが心配だしねえ。)
リズは自分のことよりも初めて町に来たグノが1人残されて心細くないか困っていないかを懸念していた。
(とりあえず名前を呼びながら町の端から歩いていくか。グノが泣いていないといいけどねえ。)
リズは自分の方が子供で心配される立場にあることをわかっていないままであった。
「グノ。グノ~。」
リズは町の隅まで1度歩き、そこからグノ探索を開始する。しかしリズはまたわかっていなかった。リズのような小さな子供が名前を呼びながら人を探している状況。どう考えても迷子だと周りは認識する。
「どうしたのお嬢ちゃん、迷子かい?」
「親御さんと離れてしまったの?」
歩き始めてすぐにリズの周りには人が溢れる。
「いや、わたしは…。」
リズは早くグノに会いに行きたいため、それらの人たちの親切に少し困ってしまう。しかしふと思う。この人たちにもグノ探しを一緒にしてもらえばと。
「あの、グノっていうおとこのこがまいごになってしまったんです。よろしければいっしょにグノをさがしてくれませんか?」
リズは眉を下げ、瞳をウルウルさせながらリズの周りに集まってくれた人たちに顔を向ける。小さな子がそんな顔をしたら大人は勝てない。それを無意識にやってしまうリズは恐ろしい子だ。周りの大人たちは口々にリズに協力する旨を言う。
「まかせときな、私がその子を探してあげるよ。」
「私も協力するわ!」
「私も!」
「俺も!」
皆一丸となってグノ探しをすることになった。
「グノ君~!」
「グノ~」
町にグノの名前が響き渡る。もはや迷子はグノと言うことになっていた。
「くっそ。どこ行ったんだ?」
一方グノもリズを探していた。あの時自分が走り出してリズのことをおざなりにしたことがリズを迷子にさせてしまったせいだと自分を責めてもいた。
(まだ小さい子供だ。きっと泣いているに違いない。)
グノはきょろきょろと町を行きかう人の顔を確認しながら歩く。しかしなかなかリズの姿は見えてこない。
「もしや事件か何かに巻き込まれたんじゃ。」
だんだんとグノは不穏な想像をしてしまう。
(そうなれば俺は監視失敗だ。いや何よりも大人として…。)
グノは自分のことをせめる力を強くしていく。そんな時だった。
「グノ~。」
遠くから聞きなれない声色の人物がグノの名前を呼ぶのが聞こえた。
「?」
グノは訝し気に名前を呼ばれた方を見る。
「グノ~。」
自身の名を呼ぶ人物がグノの目に入るが、やはりそれはグノの知らない人物だった。
(誰だ?どうして俺の名前を?)
グノは不思議に思う。
「グノ君~。」
するとまたしても自分の名前が呼ばれる。今度は別の人物からだ。
「!?」
グノはびっくりして怖くなる。
(なんでこんなに自分の名前が呼ばれるんだ?)
そうしている間にもどんどんとグノの名前を呼ぶ人が増える。そしてそうすると1人でいる男の子にも注目が集まり。
「おや、あの子じゃないか?」
「本当だ、リズちゃんの言っていた子に似ているね。」
1人でいる男の子、グノに注目が行く。
(リズ?)
グノはやっと、その人たちがリズの知り合いだと知る。
「あの、リズが今どこにいるのか知っているんですか?」
グノの名前を呼んでいた1人の女性にグノは近づき話を聞く。
「おや、じゃああなたがやっぱりグノ君?いやー良かった。リズちゃん心配していたのよ。」
「心配…。」
グノは逆じゃないのかと思いつつ、リズの居るところを聞く。
「後方にいるわよ。リズちゃん!お兄ちゃん見つかったわよ!」
「お兄ちゃん!?」
グノは自分がリズの兄だと思われていることに何とも言えない気持ちになる。
「おや違うのかい?」
「い、いえ。」
グノは何と答えればよいのかわからない。その間にもその女性は他の人たちにリズを呼びに行き伝えるよう手配をしてくれる。
「リズちゃん、とっても心配していたよ。」
女性はグノの側でリズが来るのを一緒に待っている間そんなことを言う。
「そんなにですか?」
グノは聞く。
「ええ、大事な家族なんですって言ってね。」
「家族…。」
グノはその言葉に深く沈み考え込み始めるその時。
「グノ!」
聞きなれた舌ったらずの声がグノの耳に届く。グノがその声の方向を向くとそこにはリズが立っていた。
「お前な!」
グノはリズに向かって直進し、リズの肩を掴む。
「え!?」
リズは怒られるのかと思いビックリしてしまう。しかし違った。
「心配かけるな。俺はお前の監視役なんだぞ。」
グノは本当に心配そうにリズを見て言う。リズはその真剣なグノの顔に思わずうなずき思う。
(かっこいい顔しているじゃないか。)
周りの人もそれを聞き、安心したように言う。
「よかったお兄ちゃん見つかって。」
「お兄ちゃんお目付け役だったのね。」
「ご心配おかけしました。ご協力ありがとうございます。」
グノはそれらの言葉に反論せず、素直に礼をして感謝を示す。
「いいえ、また困ったら声を掛けておくれ。」
「じゃあね。」
親切な人々はグノのお礼を聞き終わるとみな思い思いの行動へと戻っていく。そしてそこにはグノとリズだけに。
「グノだいじょうぶだったかい?」
「いや、心配するのは自分のほうだろ。」
そんなグノの突っ込みにリズは不思議になりながらもグノとの再会に喜ぶ。
「グノ、さっきの屋台でも見に行くかい?」
「ああ、そうだな。」
グノはリズの見つかった安堵感を思いながらいつものぶっきらぼうな様子に戻る。しかし1つ違うことがあった。
「グノ…。」
グノはリズの手を自分の手で握りしめたのだ。
「こうしないとまた迷子になるからな。」
グノは照れたように顔をそっぽに向けながら言う。
「グノ…。まいごになったのはグノだろう?」
リズはそこでそんなことを言って空気を壊す。
「はあ?迷子になったのはリズだろ?」
「いや、グノだね。」
そんな可愛らしいやり取りをしながらも2人の手はしっかりと握りあっているのだった。