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マイナス66!?

うっそうと茂る木々を抜け、右に2㎞、左に3㎞ちょうどいったところ。ひとりでに場所が開けた空間にその家はあった。


「にゃあ。」

深く黒い体毛にブルーの瞳をもつネコがこの家の主に向かって鳴き声をあげる。主はそのつややかな毛並みを堪能するように優しくしわのよった手でなでると「ほら。遊びに行きな。」としわがれた声で言い外へと行けるように戸を開く。

「にゃ。」

その声に返事でもするようにネコはひと鳴きすると部屋から颯爽と出ていき、広く暗い森へとその姿を消していった。


「さあ、今日もやるかね。」

この家の主人は、ネコを見送るとそう声を出し、台所へと入っていく。


そして半刻後。主は嬉しい悲鳴を上げていた。

「ひっひっひ。さあ、昨日から寝かせておいた材料を煮詰め終えた。あとはこれを加えれば。」

緑色の独特なにおいを放つ薬草を主人は煮詰まった大きな窯へと入れる。

すると。ピカッと煮詰めたものが光反応する。

「むっ。これは。」

主は慌てた声を出す。本来は虹色に光るはずの煮汁が暗黒色になっている。失敗だ。そう思ったが、遅かった。

窯の光は煙となってこの家の主人をも包みこむ。

「むがっ。」

酷い奇声を発し、主はその煙にのたうち回る。目に、口に、身体に。細胞という細胞に入っていく。

「お、かしい。げっほげほ。」

(こんなにもこの実験の失敗が人体に影響するとは書かれていなかったはずだ。なのになんだ。この粘膜という粘膜をやられる感触は。)

よわよわしくもがくき、老体はその煙に抗おうとする。

(とりあえず換気を!)

主は必死に煙から逃げるべく、抵抗する。しかし窓に到達する前に、老体は煙に取り込まれ動けなくなっていった。

「あの子を外に連れ出しておいてよかったねえ。」

それがこの家の主人が発したその日最後の言葉だった。


次に目を覚ました時、日はもうとっくに暮れていた。心配そうにのぞき込む大きなブルーの瞳が見える。

「お前、天国にもついてきたのかい?」

そう声を出したつもりだったのに驚いた。実際はしたったらずの声でこう言ったのだった。

「おまえ、てんごくにもついてきたのか?」

自分の声の変わりように驚き思わず喉元を抑える。もしやあの失敗は声を変形させるのか?


しかしその仕草で彼女は更に驚くことになる。  

手が小さいのだ。のどに手を回しきれない。思わず自分の手をまじまじと見る。

「なんだいこれ。」

まるでネコのような声を出す。

ぷくぷくと膨れた小さく柔らかな手がついていたのだ。その手は以前のしわしわで血管が浮き上がっていた手ではない。しかもその手につながる腕もふくふくだ。腕だけでない。足もお腹もみなふくふくしている。しかも小さい。


(何だい。これは。)

不思議に思い、立ち上がり鏡台へと向かう。が、なかなか到達しない。

「おかしい。こんなにとおくなかった。」

ぜえぜえと息を吐きながら、たどたどしい口ぶりで文句をいう。

それに服にも違和感がある。ものすごく大きいのだ。スカートの裾なんて自分の体の倍以上あるみたいで裾が伸びきっている。手も足も気を緩めるとすぐに隠れてしまう。

「にゃああ。」

ネコは心配そうにそんな主人の後をゆっくりとついてきてくれている。

「しんぱいするんじゃない。」

その声に荒い息で主人は答える。


やっとの思いで鏡台につき、その上にかぶさっている布を取る。

「……。」

するとそこにいたのは


……さきほどまでいた老女ではなく鏡台に体が収まってしまうほど小さな幼女だった。


「ええええええええええええええええええ。」

まるで赤ん坊の泣き声のような声が家に響き渡る。


鏡にペタペタとさわり目の前の人物が自分かどうかを確かめる。自分の手と認識している手が鏡の中の手とくっつく。鏡の中の自分だと思われる幼女は冷や汗をかいて自分自身を見ている。


「これは。」

そこでこの家の家主はやっと自分の置かれている状況を理解した 。


この家に住む主ことリズ・フランボンは齢70歳の魔女であった。魔女と言ってもリズは魔法などの不思議な術が使えるわけではない。


この世界には魔法が使える魔女様と薬草など人の治癒や草花の生育に関するものに精通している何人もの薬師を同じ言葉でとらえていた。

魔法が使える魔女様はその危なさから王族により生活を管理されている。一方、魔法の使えないリズたちのような薬師は王宮専属魔女としてその身を置けば、自由に生活することが叶っていた。


その自由に生活できる魔女であるリズ。彼女は特に草花の生育に関しての研究にいそしんでいる魔女だった。今日も草花の細胞活性のための研究に、肥料に混ぜる薬液の実験をしていたはずだったー。


そのはずなのにまさかこんな事態になるとは。


「と、とりあえずおちつくのよ、わたし。」

なれない声でなんとか慌てる自分自身を今までの自分のことを思い出しながら落ち着かせる。

(この見た目。これは私が何歳の頃だい!?2歳?いやいや4歳?だとすると。ひい、ふう、みい、よう。66歳若返った!?)

リズは幼女の頭で何とか小さな指を動かして考えたところでパンクしてしまう。


「そ、そんな。」

(私の人生が。一瞬にして逆戻りしてしまったなんて……。)

あまりの若返りに老女は頭がおかしくなりそうだ。もうじき天国に召されるはずだったのに。またやり直し何て……。しかも生活するのも大変な幼女になってしまうなんて。

「あんまりじゃないか。」

彼女はその小さな体で手を床につき絶望する。


「にゃああ。」

床に丸まり小さくなっているリズの姿をネコはしっかり主人だと認識しているようだ。小さな幼女の体にすり寄り優しく顔をなめる。

「マリウス。」

彼の名前ははっきりと発音できた。彼の温かい体に顔を擦りつけていると少しだけ元気が戻ってきた。

「マリウス。ありがとう。」

甘い声で彼に礼を言うとマリウスは、にゃ。と言って笑ったような気がした。


(いつまでも絶望していてもしょうがない。まずは状況の整理をしようかね。)

気を取り直し立ち上がった幼女リズ。よちよちと歩きながら部屋を移動するが1つ1つの家具が大きく、自分に向かってくるような気がしてくる。

(これは家具も工夫しなきゃいけなくなるね。)

老女思考の幼女は頭の中で考える。


そして肝心の台所へとリズは再び戻ってくる。

(さてあの窯がどうなっているか見なくちゃいけないよ。)

意を決し台所にある窯の様子を見ようとする。が、届かないのだ。

「む。む。」

足をこれでもかとあげるが届くのは窯の下方のみ。

「むー。」

そんなことをして頑張っているとマリウスがくいくいと裾を引っ張った。

「どした?」

リズがマリウスの方を見ると、彼は小さな脚立にするりと移動した。

「マリウス。おてがらだよ。」

そう言うとまたマリウスは鳴き声をあげた。


(さて。)

脚立によじ登るとリズは気を取り直し再チャレンジする。

「うんしょ。」

老女の癖でついそんな声を出してしまう。なんとか窯の淵に手がかかる。その大きな窯の重さは幼女の重さの比ではない。リズが重さを預けてもびくともしない。

「うんしょ。」

幼女はこれでもかと足を延ばす。するとなんとか窯の中が見えた。しかし。

「あれ。」

中身がないのだ。

(こぼれてはいないよね。)

窯のあたりを見てもその気配はない。しかし中身が底の方まで見てもあったはずの薬液がない。

(すべて気体になったのかい?いやそんなまさか。)

リズもそれはないなと思う。しかしそれ以外に見当がつかなかった。

(…まあいいだろう。わからないことをうじうじと考えても仕方ない。そのうちわかるようにもなるさ。)

老女思考で気を取り直し、窯の中はあきらめ脚立から降りる。


それよりもだ。もう日が暮れて夜だ。

「まずはきょうのベッドのセッテングからだね。マリウス。」

老女幼女はすべてのことを放棄して今日の寝床へと意識を向けることにしたのだった。


以前の作品とは毛色の違う作品ですが、多くの人々に楽しんでいけるよう練りに練って考えました!

ぜひ楽しんで読んでいただけたらと思います。

また話は変わりますが、以前のお話でたくさんの応援いただきとてもとても嬉しかったです。

今回の作品もたくさんの応援いただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。

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