4.真相
「今回は突然のことで驚かれましたよね。本当に申し訳ありません。そしてこんな得体の知れない相手からの呼び出しに応じていただいたことに感謝します。
で、早速本題なんですが、この15時間ほど前の夜中0時過ぎ、あなたの部屋の窓からどなたか出ていきませんでしたか?」
僕が話しかけているのは川端胡桃さん。110号室の真上、210号室に居住している女の子だ。
胡桃さんは僕の問いかけに緊張を高めた様子を見せた。
「いや、実はこの111号室の参野君がその足音を聞いて足跡を見つけておっての。空室の110号室に怪しげな人間が出入りしているのではないかとか、寮の安全が脅かされているんではないかとか心配してワシらに連絡があったんじゃ。
ワシらとしては、昨日の足音や窓下の足跡の主が怪しい犯罪者などではないことが確認できればいいだけなんじゃよ。別に出入りした人の身元まで知ろうと思わんし、寮の管理会社に告げるつもりもないんじゃ。できる範囲で教えてもらえんじゃろうか?」
「はい、えーと……」
南山田先輩の説得を聞いているうちに少し胡桃さんの緊張感が緩んだのか返答はしてくれた。しかし、まだ迷っているようで言い淀んでしまう。
ところが、そこで突然、芙蓉さんが参野氏に向かって話しかけてきた。
女子棟に住む胡桃さんとは直接接触するのが困難なため、まず参野氏から芙蓉さんに連絡を取ってもらい、芙蓉さんから胡桃さんに用件を告げてもらったのでそのまま胡桃さんの付き添いでそこに居たのだ。
「そっか~、タカヤス、おばけ怖かったの~?」
「なっ!?違うって!寮に犯罪者とか入ってたらヤバイと思ったんだよ!」
せっかく南山田先輩がそこを誤魔化して説明したのに芙蓉さんはその気遣いをぶった切ってきた。同じクラスだったそうだから弱点も知っていたのだろうか?
「じゃあね~、このお守り貸してあげる~」
「おばけとか関係ねえっつってんだろ!」
「お札もあるよ~」
「話聞け!つか何でお札持ち歩いてんだよ!?」
「ちょっと芙蓉、止めてあげて……ええと、はい、0時頃、私の部屋の窓からリョートが出て帰りました。あ、リョートっていうのは私の従兄です」
2人のやり取りを聞いてすっかりリラックスできたのか、胡桃さんが話す気になってくれたようだ。怪我の功名とでも言うのだろうか。
内容はほぼ僕の想像通りだった。
昨日、胡桃さんの部屋で従兄のリョート氏と遊んでいたのだがつい夕方6時を過ぎてしまった。
あと数日しか寮にはいないので叱られるくらいはかまわないが、以前にも時間を過ぎてしまって見つかったことがあり、今度見つかると実家に連絡がいってしまう。
それは避けたかったので、夜中、皆が寝静まるのを待って部屋の窓から外に出ることにした。
2階から脱走するとは管理会社も想定していなかったのか、2階の部屋の網戸は固定されていない。
また、古い造りであるこの建物は天井も低いため、2階の窓のサッシにぶら下がれば、長身のリョート氏なら地上まで数十センチを飛び降りればいいだけだ。
そして、この南面から脱走しても寮の警備員等に見つかったり監視カメラに映ったりする可能性がほとんどないのは、つい三日前まで112号室からの脱走者が絶えなかったことから証明されている。
当初、リョート氏からこの案を聞いた胡桃さんはかなり驚いて止めようとしたそうだが、身体が大きくて運動神経も良いリョート氏にしてみればほとんどリスクのない、むしろ思いついて当たり前の案だったと言える。
こうして2階からの脱走は実行され、リョート氏は悠々と帰宅した……というのが真相だったわけだ。
リョート氏も胡桃さんも、その後に物音を聞いて足跡を見つけた111号室の住人が恐怖に怯えることなど想像もしていなかっただろう。
「何か誤解を招いちゃったみたいで済みません」
「いやいや、まさかこんなことになるとは思わんじゃろう。話してくれたことに感謝しかないのじゃ」
参野氏の不運は、普段から112号室窓からの出入りに慣れていたことだろう。夢うつつの中で聞いた窓や網戸の開閉音や足音から『1階からの脱走』と思い込んでしまったのだ。
実際には2階の窓や網戸の音だったのだがそれを聞き分けられる状態ではなかった。
そして僕もその先入観に縛られ、当初は見当違いの捜査をしていたというわけだ。
こうして真相は明らかになり、南山田先輩と僕は帰路についた。
帰りの車内にて。
「瀬川君、従兄って寮の管理会社で想定している『立ち入り可能な異性の親族』に含まれとると思うかの?」
「そこは突っ込まないでおきましょうよ」