3.情報整理と考察
参野氏が窓口で職員に一声かけると僕らは寮内に入ることができた。
「意外と簡単に入れてもらえるもんなんじゃな」
「窓口が開いてる9時から6時までの時間であればあまりうるさく言われないんですよ。異性は親族以外は入寮不可ってことになってますけど」
「夜中に寮生以外の友達をこっそり入れたりしてる人もいたりします?」
「あー、そういう人もいましたけど、夜に入ってる警備員さんに見つかったり監視カメラのチェックでバレて怒られたりしたみたいですね。2度目からは実家に連絡いくとか聞きましたよ」
そんな話をしながら歩いていると、ちょうど階段を上がろうとしている女の子がこっちを向いた。
「あれ〜、タカヤス〜、友達〜?」
「ああ、いや、溜腰先輩の友達で南山田さんと瀬川さんだよ。あ、こいつは友達の芙蓉です」
「芙蓉です。よろしく〜」
「南山田じゃ。こちらこそよろしくの」
「……宜しく」
「ごゆっくり〜」
挨拶を終えると芙蓉さんは階段を上がっていった。
「この寮には女の子も住んでおったのか?」
「5階のうち、2階と3階が女子棟なんですよ。少子化と経営合理化で女子寮を廃して男子寮と一つにしたとかって」
「親御さんたちが娘の入寮を渋ったりせんのかの?」
「心配して女性限定のマンションに入れる親もいるって聞いたことありますけど……男女とも異性の居住棟への出入りは禁止されて各階には監視カメラもありますからね。ほとんど別の建物に住んでるようなもんですよ。俺も寮内の女の子とは高校で同じクラスだった芙蓉くらいとしか話したことないですし」
「まあ、予備校の寮じゃしそのくらい神経質になるかもしれんの」
そうこうするうちに共有スペースから1階居住棟に入る扉を抜け、110号室のドアの前に着いた。
ドアに何か目立つ証拠がないか見てみたが特になにもない。
その後、人が来ないことを確認しながら3人で代わる代わるドアノブを回してドアを押したり引いたりしてみたが動かない。やはり鍵が掛かっているようだ。
確認を終えたところで、参野氏の部屋で情報を整理することにした。
「あ〜、どうぞ。狭いとこですけど」
軋ませながらドアを開け、参野氏が自室の111号室に僕らを入れてくれる。促されるまま、南山田先輩と僕とはそれぞれ椅子やベッドに腰かけた。
「この部屋もそうじゃが建物全体が小造りな感じがするの。窓も二重サッシでもないことといい、ドアの音といい、建てられたのは結構昔なのかの」
「ええ、リフォームしてるんで見た目はそれほど古くないですけど築40年以上になるそうです」
と、参野氏が答えたタイミングでどこかの部屋のドアがギイガッシャーンと勢いよく開閉される音がし、続いて誰かが廊下を歩く足音が聞こえた。
「……と、こんな具合で防音も最低です。そのせいで入寮してしばらくは変な時間に目が覚めるのもしょっちゅうでした」
「なるほどの。窓の外の景色もアレじゃし。参野君、よくこの環境で1年耐えたもんじゃのう」
窓の前3メートル先に例のブロック塀が立っているのだ。パッと見、窓からはほぼそのブロック塀と積もった雪しか見えない。
「ほんと、我ながらそう思いますよ……」
「お疲れ様じゃ……さて、それでは情報の整理に入るとするかの」
「あ、参野さんに確認したいんですが、今回の夜中の物音とか、足跡の件は寮内で噂になったりしてないんですか?少なくとも管理者側は気付いてないんでしょうけど」
「全員の情報までは分かりませんが……少なくとも昼食時の食堂でそれを話題にしている人はいませんでした。112号室からしょっちゅう脱走してたことは知ってる人が多いはずですし、今更足跡が増えたところで、『あの窓も金具緩んでたのかな?』ってくらいにしか思ってないんじゃないですかね」
「110号室は空き室なのに?」
「その部屋が空き室かどうかなんてほとんどの人はよく分かってないし関心ないと思います。俺も自分の部屋に近い部屋しか分かりませんし」
「ちなみに反対側の隣の109号室の寮生は……」
「109号室に入ってた人は確か夏前に退去しちゃいました。環境が環境なんで1階は途中退去者が多いみたいで」
なるほど、騒ぎになってないのはいいが、他の寮生からの証言は期待できそうにないな。
「110号室のドアの鍵は事件当時に掛かっておったのかの?」
「どういうことです?」
「例えば、『寮の管理人が110号室の鍵を掛け忘れておったところに脱走者Aと協力者Bの2人の人間が部屋に入る。その後Aが窓から出て、Bは窓の鍵を掛けてドアから部屋を出る。今朝になって鍵を掛け忘れたことを思い出した管理人が鍵を掛ける。それからワシ等が部屋のドアに鍵が掛かっているのを確認した』と、これなら現状に説明が付くじゃろ?」
「うーん、管理人がドアに鍵を掛け忘れた可能性はありますか?」
参野氏に確認してみる。
「絶対ないとは言えないですけど……」
「知ってる範囲で一番最後に110号室の鍵を開けてたのはいつか覚えてます?」
「最後に開けたのは先週の土曜だと思います。110号室とかその隣の109号室とかって週に1回、土曜日に掃除してるんです」
「毎週土曜っていうのは間違いないですか?」
「俺も予備校の授業がなくなって試験以外は寮にこもるようになってから気付いたんで絶対かどうかは。あ、でもここ何日かは近所のコンビニに行くくらいしか外出してないんで最後に開けた日は間違いないと思います」
「4日前に鍵を掛け忘れたのを今日思い出して掛けなおすとは思えんの」
『たまたま鍵が開いていた』説は無理があるようだ。
「ん~、それじゃ『AかBが昔110号室の住人でその時に合鍵を作った』とかどうじゃろ?」
「寮に入るときに、部屋の鍵は合鍵を作れないタイプのものだって聞いた気がします。噂では昔、実際合鍵作った奴がいてトラブルになったんで全室取り換えたとか」
「となると協力者Bが存在したとして、窓の鍵の開閉はともかく、ドアの鍵の開閉の説明がつかないですね。これって一種の密室事件と言えるんでしょうか。」
そこで何かに気付いたらしい参野氏が緊張した面持ちで何故か声を潜めて話し出した。
「今気付いたんですけど……協力者Bってまだ隣にいたりしませんよね」
「え?どうしたんじゃ?突然?」
「だって俺、あの後110号室のドアが開く音を聞いてません!足音がしないように歩くことはできても、ドアが開けば絶対その音が聞こえます!」
参野氏が潜めた声で必死に訴える。
「落ち着いてください参野さん、少なくとも今、協力者Bが110号室に潜んでるようなことはありません」
「そ、そうなんですか?」
「あれだけはっきりとした『110号室からの足跡』という証拠を残しているんですから、気付いた誰かが管理人に報告してとっくに部屋を捜索されててもおかしくないんです。と言いますか現時点でそうなっていない現状が特殊なんです。そんな所に長居はしません」
「た、確かに」
僕の説明で落ち着きを取り戻したようだ。実は説明している僕自身が少々こじつけっぽいなと思いながら喋っていたのだが。
また、よく考えるとこの説明でほぼ協力者Bの存在を否定してしまっているので逆に地縛霊説の可能性が高まってしまった気もするがそこは黙っておく。
ともあれ、参野氏が落ち着いたところで先程撮った画像を3人で見てみる。
「どうです?何か気付いたこととかありますか?」
「いえ、特には……」
「足跡以外の目立った痕跡が見当たらんの。112号室の窓と対照的じゃ」
網戸や窓の外側は埃が付着しており、112号室の網戸や窓はスライドさせる際に掴んだ手の跡が残り、サッシの下部には足で踏みつけた跡が残っていた。
対して110号室の網戸や窓やサッシにはそういった痕跡が見当たらなかった。
比較のために撮影した参野氏の部屋である111号室の窓の画像と汚れ具合などがほとんど変わらないのだ。
「網戸と窓の開閉を全て部屋の中に居る人間がやったとすれば説明できなくもないですが、サッシに踏みつけた跡がないのは……まあ、南山田先輩くらいの身長があれば陸上のハードル走みたいな要領で飛び越えることは可能でしょうが……いやそんなことしませんね。普通は……あれ?」
自分の発した『普通』という言葉と、続いて脳内で想像した映像に引っ掛かる。
……明らかに『普通』じゃないじゃないか!何故気付かなかったんだ!?
僕は立ち上がって言った。
「参野さん、南山田先輩、もう一度外から確認しましょう!」
外に出ると走っていって110号室の窓の前に立つ。どこかにないか……どこかに……
「あった!」
「何があったんじゃ?」
痕跡は見つかった。あとは……
「参野さん、お願い、というか提案があるんですが」