キスの練習相手は幼馴染で好きな人
肩下まである艶やかな黒髪。いつも見ているだけだったその房を指で掬って、滑らかな白い頬に口付けた。
一旦顔を離して彼女の反応を確認する。目線を下に彷徨わせて少し頬が赤い。動揺している様子の幼馴染がたまらなく可愛い。
いつもの彼女はオレに対して横暴だ。負けず嫌いなのか張り合ってくる事が多い。一緒にゲームしてても彼女が勝つまでやらされるのだっていつもの事だし、正直言って暑苦しいと思う時もある。でも良い意味で捉えれば、オレに心を開いてくれているものだと少なからず期待していた。
友達も少なく十七になるこの年齢まで浮いたエピソードも全くなかったオレだけど、唯一近しい幼馴染の女の子、今目の前にいる一井柚佳にずっと恋情を抱いていた。
もしかしたら相手も同じ気持ちを持ってくれているのかもしれない……そう思った時もあった。
その時のオレを殴ってやりたい。
彼女には好きな人がいたのだ。もちろんオレではなかった。
その事を考えると、ふつふつと自分の内側から何か黒いものが湧き出るような、しかしその感情を必死に抑えようとしている自分に泣けてくるような遣る瀬無さがあって、強く奥歯を噛み締めてしまう。
「海里」
名を呼ばれて視線を彼女に戻す。
柚佳は決意を固めたような面持ちでまっすぐに瞳を合わせてきた。
「口にして」
その要求に当然オレは抗う事等できない。
それまでぐちゃぐちゃと考えていた思考を放り捨てて、彼女の後頭部に左手を回す。
ずっと触れたかった細い華奢な指が、今は縋るようにオレのシャツを掴んでいる。もうそれだけで他の事はどうでもよくなった。
ただ、この夢のようなまやかしの時間が唐突に覚めてしまわないように、僅かに残った理性だけは持ち続けた。
前作長編を書いている途中展開をどっちにしようか悩む事があり、その時気晴らしに書いていた小説の一話目だったものを短編にしました。