その2 たとえ勝ち目がなくとも
ちょっと頭の中で整理してみる。
前回の優勝チームは寿司職人だ。
この★超絶! 悶絶! 料理バトル!★は先攻、後攻を決める。
そして、先攻から『料理』『食材』『テーマ』の3つから1つを選ぶ。
後攻は残りの2つから1つを選んで、お題が決定される。
当然だが、出場する選手には得意料理がある。
ラーメン、カレーといった比較的狭い料理が得意な選手も居れば、中華料理、フランス料理といった広い範囲の料理を得意としている選手もいる。
寿司職人はどちらかと言えば前者にあたるだろう。
だから先攻、後攻のどちらかを取るかは重要だ。
誰だって自分の得意料理を作りたいし、その料理を見た視聴者には、自分の店に食べに来てほしい。
だから先攻を取った選手は高確率で『料理』を選ぶ。
ところが、あの寿司職人は試合開始時にこう言うのだ『先攻か後攻か好きな方を選びなさい』と。
相手が喜々として先攻を選び『料理』を選択した後に、彼らは『食材』を選ぶのだ。
特に顕著だったのが、決勝戦だ。
準々決勝までは3人 vs 3人の1セットマッチだったが、準決勝以降は違う。
1人 vs 1人の3セットマッチになるのだ。
3本勝負で、互いの勝数は1つずつ、リーダー同士の決戦に勝負はもつれ込んだ。
寿司職人リーダーの対戦相手は、若くしてフランス料理界に名を馳せた女性シェフ。
大会は否が応でも盛り上がった。
だが、その戦いは圧倒的な差を以って寿司職人の勝ちに終わった。
いつものように寿司職人が『先攻か後攻か好きな方を選びなさい』と言い、女性シェフは『料理』を選び、寿司職人は『食材』を選んだ。
二人が紙にお題を記入し、そして審判が読み上げる。
どよめきが二度起こった。
女性シェフのお題は『フランス料理フルコース』だ。
そして、寿司職人のお題は『本マグロ一本!』だった。
喜々としてスタッフが二人の料理人の前に本マグロを一本ずづ運んで来る。
デカい、400kgはある。
この時点で半ば女性シェフはパニックに陥っていた。
対する寿司職人は楽しそうに『これからマグロの解体ショーを始めまーす』と宣言して捌き始めた。
ご丁寧に自前の解体台を持ち込んで。
普通は複数人で解体するのだが、縄と鋲でマグロを固定し、器用に一人で解体していく。
もうやめだげて! 対戦相手のライフはとっくにゼロよ!
俺が思わずタオルを投げ込みたくなるくらい悲惨だった。
それでも、マグロの一部を解体し、何とかフルコースを作り切ったのは、見事と言うべきか、それとも意地か。
だが、料理においても寿司職人の方が一枚も二枚も上手だった。
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前菜:ラデッシュの赤身・トロ・大トロの薄造り包み、葉ラデッシュと山葵ソース
汁物:ブーケガルニと潮汁のマリアージュ
サラダ:季節の野菜とマグロのカルパッチョ
パン:米粉パン
メインディッシュ1:蒸しマグロのガルムソース
メインディッシュ2:マグロ頬肉のパーシモンソース
チーズ:ライス風カッテージチーズチーズのマグロの焼皮載せ
デザート:季節のフルーツのマグロ脊椎ゼラチン包み
カフェとプチフール:シェフの特選コーヒーと骨せんべい
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これで『パンとチーズとコーヒーはマグロから作れなかったぁ』と笑いながら給仕してくるのである。
彼らの戦術は単純である。
相手に先攻か後攻か好きな方を選ばせ、『料理』が残っていれば、それを取り『寿司』をお題にする。
相手が『料理』を取れば、『食材』を選択し、寿司職人でしか使わない、使いこなせないような食材を選ぶ、具体的にはマグロ一本、アンコウ一匹、新子などだ。
魚を捌く高い技術が無ければ、この時点で敗北してしまう。
それに俺の見た所、彼ら、特にリーダーの魅力は他にもある。
楽しそうに料理するのだ。
カレーを作っている時も、ステーキを焼いている時も、野菜細工を作っている時も、彼の手や身体はリズミカルで、笑顔で、喜びに満ちているのだ。
料理の幅も広く、和食だけでなく、洋食、エスニック、中華と料理の幅も広い。
生まれは料亭の次男で、基本をそこで修めた後、寿司料理界に突入。
三十代で都内に店を持ち、じわりじわりと人気を上げてゆき、五十代で星を獲得する熟練の職人だ。
だが、テレビでありがちな熟練職人のような頑なさはなく、むしろ前衛的SUSHIとして外国人に人気がある。
その反面、家庭では洋食ばかり作っているらしい。
コメンテイターは、家でも寿司のことばかり考えるのはうんざりしているのでしょうね、と言っていたが、全くの的外れだ。
きっと、あの人は料理が好きなんだ。
料理を作るのも考えるのも、それを食べる人が喜ぶのを見るのも。
寿司はそれを表現する一手段でしかない。
だから、寿司以外の勝負の場、★超絶! 悶絶! 料理バトル!★の場で、今まで表に出さず温めていた最高料理を初めて出すのだ。
前回の優勝者なら今回もきっと出場するだろう。
こんなのにどうやって勝てばいいんだ。
今までの俺だったら、負けて当たり前、だって年期も情熱も経験も違うのだからと言って早々に諦めただろう。
だが、俺にも誇りがある。
それは料理に対する誇りではなく、自らの言葉に対する誇りだ。
部長との賭け……、いや誓いを違える訳にはいかない。
だから、全力で考える。
この達人に勝つ方法を。
でも、やっぱり思っちゃうんだよな。
こんなのに、いったい、どうやって勝てばいいんだー!