その5 ものぐささんの真実
「なんで! どーして! わけがわからない!」
蘭子が両手を広げ抗議する。
そしてしばし考える。
「そっかぁ、りっくんに気があるからかぁ」
ゆらりと首と背を傾かせ、濁った目で3人を見る。
おや、蘭子さんの様子が……
カタリ
引き出しから包丁を取り出し、鈍色の刃を見つめる。
「ふーん、ライバルかぁ。ライバルは蹴落とさなきゃ。戦わなければ生き残れないしねぇ」
おかしいですぞ!
「あー、ないない。それはない」
ナイスだ勇優!
「金をもらってもごめんだね」
実子のその言い方には一言を供したいが、今は良し!
「悪いね。あたしは石油王以外には興味ないんだ」
うん、家の庭から石油が出でも、康乃の前には現れないから安心しろ。
「えっ? じゃあなんで?」
「簡単に説明すると、蘭子ちゃんの料理はウチらのための料理やないんや」と勇優。
「そうね。ものぐささん向けじゃないわ」と実子。
「レベルが高過ぎなのよ」と康乃。
「えっ!? でも包丁も計量カップも使わないのよ。とっても簡単じゃない」
蘭子の言い分には一理ある。
だが、一理しかない。
蘭子よ知れ。
これが闇だ。
「まずな、ウチの家にはコンロがないんや」
ブビュ!
蘭子が吹き出した。
調理器具一式どころか、かつては年代物のガスコンベクまであった蘭子の家との差に驚いたのだ。
「さらに言えば、冷蔵庫もないで」
ブバッ!
今度は部長まで吹き出した。
失礼なやつらだ。
「そ、それでご飯はどうしてるの?」
蘭子が問う。
「外食か弁当か、おかずを買って米だけは炊く。経済的には最後のが一番ええ」
それには俺も同意する。
ただし一人暮らしなら、という条件が付くが。
「せやから、蘭子ちゃんの料理はウチのための料理やない。だから陸に票を入れたってわけや」
「そうね、私からも言わせてもらうわ」
次に口を開いたのは実子だ。
「蘭子さん、貴女がお粥を食べる時って、どんな時?」
「それは風邪とか……」
そう言って蘭子はハッと口に手をあてた。
「気づいたようね。例えば独り暮らしで風邪の時、火を使った調理したい?」
そう、蘭子はけしからん健康優良児だ。
滅多に風邪はひかないが、まれに体調を崩した時には完全に寝こんでしまう。
蘭子は数少ないその経験を思い出したのだろう。
「独り暮らしの病気はひどいものよ。レトルトのお粥もいいけど、それでも自炊したい時に蘭子さんの料理は不適格だわ。火加減を見たり、時間を数えて火を止める事は難易度が高いわ。そして、万一の時の惨事は計り知れない。だから私も陸さんに入れたの」
「あたしにも言わせて」
康乃が口を開いた。
「あたしが気になったのは洗い物よ。蘭ちゃんの場合は、陸に比べ倍以上の洗い物が出てしまうわ」
康乃の指差す先には、お椀とあんが入っていた醤油差し、そしてコンロの上の土鍋とフライパンがあった。
確かに俺の茶碗と炊飯器に比べると、洗い物が多い。
「で、でもちょっとだよ。洗うのに1分もかからないよ」
蘭子さん、それはダメな言い訳ですぞ。
「は? 1分もよ! 貴女1分の価値をわかっているの!? あたしたち3人分でカップラーメンが作れるのよ!」
「ふええ……」
鬼気迫る康乃さんの声に蘭子が少し涙目になる。
「でもね蘭ちゃん。味は蘭ちゃんの方が上だったわ」康乃が誉める。
「せやな、誰かに作ってもらうなら蘭子ちゃんの方や」と勇優。
「ええ、蘭子さんの方が美味しかったですわ」これは実子。
「それって、味だけならあたしの勝ちってこと!?」
「「「うん」」」
3人の返事がハモった。
「ええとな、うちら審査員ひとりが10点満点で内訳を、料理3点、テーマ3点、味3点、個人加点1点で評価するとするやろ」
勇優が解説を始める。
「料理がお粥であるかという点では二人とも3点や、だけど『ものぐさ』というテーマでは蘭子ちゃんは1点で陸が3点や、味では蘭子ちゃんが3点で陸が2点、この時点で陸が1点リードしとる。これで勝負が決まったんや」
勇優が思った以上に理知的に説明した。
「ちなみに、私の評価も同じですわよ」と実子。
「あたしも、ふたりに同じ」と康乃。
「そういう事だ蘭子。悪いがこの三人組のおらぁズボラだ度を測りきれなかったのがお前の敗因だな」
「くやしい! でも、次は負けないからね!」
うん、たぶん次は俺は負けるだろう。
この★超絶! 悶絶! 料理バトル!★は、2つのお題次第で格下でも勝てる可能性がある。
だが、複数回の勝負をやれば実力が上の方が勝つ。
そういった、ジャイアントキリングの要素が番組的には必要なのだろう。
部長が目を付けた理由が良く分かる。
「決まったー! 全方位学園、料理愛好倶楽部の頂上対決は陸選手の勝利! 彼と彼女が『★超絶! 悶絶! 料理バトル!★』でどのような活躍を見せてくれるのか!? 続きは君たちの目で確かめてくれ!!」
部長の叫びで、この対決は締めくくられた。
蘭子が「えへへ、彼と彼女だなんて……」と明後日の方向を向いて呆けていたのは見なかった事にしよう。
◇◇◇
翌日。
「とまあ、これが私が編集したプロモーションビデオなんだけど、どう?」
俺と蘭子は部室で部長が編集したビデオを見ていた。
部員紹介に始まり、模擬戦で終了する流れだ。
ご丁寧に蘭子が包丁を持ち出したシーンはカットされている。
まあ、あのシーンを入れても人気は出ないだろうから当然か。
しかし何だな。
この映像には華がない。
蘭子のダイナマイトバディも割烹着で抑えられている。
部長と蘭子で貧富おっぱい対決にして、お色気中心で攻めた方が良いんじゃないか?
そもそも、画像で美味しさを表現すること自体が困難なのだ。
ましてや、高校の映像研レベルではいわんや、である。
華がない主要因が俺にある事には目をつぶろう。
うん、部長の舵取りが悪い。
そういう事にしておこう。
一千万円は惜しいが、そもそも無謀なのだ。
俺は生徒会の下っ端として、内申点を稼ぎ、国公立大への推薦で進学する未来を描こう。
それが良い、うん、そうしよう。
さようなら『★超絶! 悶絶! 料理バトル★』。
俺は一視聴者として楽しむ事にするよ。
「なあに陸、諦めの境地に達した顔をして。欲求不満でもあるの?」
「いらん枕詞を付けるな! ?欲求?は余計だ!」
蘭子がウズウズした顔をしているじゃないか。
そっちも、しなを作るな、しなを。
「不満なんてないさ。ただ、このプロモーションビデオで、予選を突破出来るとは思わない」
「へええ、じゃあ賭ける?」
出たよ、部長の勝負好きが。
「良いですよ。でも、大盛大和ホールディングスの権力を使うのは無しですよ」
ドンッ!
部長の拳が俺の側面を通過し、壁で音をたてる。
「私が! 勝負に! 家の権力でイカサマでもするとでも!」
やべえ、逆鱗に触れた。
「りっくん、ダメだよ。なでちゃんを侮辱しちゃ。メッだよ」
「すみません、部長。言葉が過ぎました」
こいつはバカみたいな思いつきで行動するけど、特に勝負事については真摯で真剣なのだ。
ルール内なら何でもありで勝負に挑むため誤解されがちなのだが。
そんな相手に部長は『気づかない方がバカなのよ』と言い張るのを至上の悦びとしている。
「わかればいいのよ、わかれば。私は家の権力は使うべき時には使うわ。でもそれは勝負のルールの範囲内でよ。イカサマやインチキや揉み消しには使わないわ。誓ってもいいわ」
あー、やっぱり使うべき時には使うんだ。
「それはさておき、俺の意見は変わりませんよ。このプロモーションビデオでは無理です。俺は予選突破出来ない方に賭けます」
「いいわよ、私は出来る方に賭けるわ。それで何を賭けるの?」
俺は少々考え込んだ。