その4 30秒クッキング VS 3分クッキング
「じゃあ始めるわよ。制限時間は1時間。準備はいい?」
部長がマイクを持ち、映像部のカメラに視線を送りながら問いかける。
「そんな食材で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「オッケーだよ~」
俺と蘭子もカメラ目線でそれに応える。
「それでは調理スタート!」
蘭子が動く、米を土鍋に入れ研ぎ始める。
俺は動かない。
「おおっと、どうしたことでしょう!? 陸選手動きません! 一方の蘭子選手は既に土鍋を火にかけているぞ~」
部長の解説の通り、米を研ぎ終わった蘭子は次の工程に移っていた。
「蘭子選手、計量カップにチューブ生姜を入れ、粉末だしと片栗粉を追加したぁ! そして取り出したのは、めんつゆだぁー!」
珍しいな、蘭子が出来合いの調理料を使うなんて。
いつもなら、鰹節と昆布から本格出汁を採るのに。
ものぐささんのための手抜き料理だからか。
「蘭子選手、これらを合わせ、軽快にかき混ぜる! 豊満な肉体に似合わないスピードだぁ! その肉体は豊満であった」
「もう、なでちゃん、変な解説しないでよ」
いいぞもっとやれ。
「蘭子選手、土鍋をとろ火に変えると、フライパンに火をつけた。そして!」
「ここで合わせた調味料を一気に入れるよ~!」
ドーンだYO! とばかりに蘭子は計量カップの黒い液体を熱々のフライパンに流し込んだ。
ジュワッと音を立てて、醤油系の香りが立ちこめる。
「このままトロミが出るまでかき混ぜれば完成! じゃーん!」
そう言って蘭子はカメラに向かってポーズ決めた。
「イケない、イケない。土鍋のとろ火は15分後に止めてね」
てへぺろのポーズをとって、蘭子が可愛らしく笑う。
あいつ、カメラに向かうと人が変わるな。
普段は少しボケ気味のおっとりタイプなのだが、あざとい感じになるのか。
「さあ、蘭子選手はほぼ完成したが、一方の陸選手は動かない! これはお手上げ状態なのかぁ!」
部長がうるさい。
だが、そろそろ頃合いなので、俺も調理を開始する。
調理とも言えないレベルだが。
まずは炊飯釜に米を入れ、水を全粥の目盛りまで注ぐ。
「ぬう、あれは」
審査員のひとり勇優が口を開く。
「なにぃ! 知っているのか!? 勇優!」
隣りの実子がそれに応える。
「あれは、もしや無洗米というものでは!?」
そうです、どこにでもあるスーパーで売ってる無洗米です。
「あれが音に聞く無洗米なのか! 初めて見たぞ!」
これは康乃。
君たちノリノリだな。
そして俺は黙々と次の工程に移る。
さつま揚げの封を開け、炊飯釜に追加さする。
「おおっと陸選手、ここでさつま揚げの投入だぁ! そしてぇ、スイッチを入れたぁ!」
大声で解説しながら、部長が俺に近づいて来る。
「モードはおかゆモードだぁ!」
当然だろ、おかゆ対決なのだから。
「はい、これにて調理完了」
俺は高らかに宣言する。
「へ? もう終わり?」
「うん、手抜きだからな。後は炊き上がりを待って、盛るだけだぜ」
そう言って俺は茶碗を用意し始める。
「なんとぉ! 陸選手の所要時間はわずか30秒! 蘭子選手の3分をさらに下回ったー! それでは、続きはCMの後で!」
カメラに向かってポーズを決め、部長はカメラを止めるよう目配せする。
要するにウインクだ。
それを受け、江戸川もカメラを停止する。
「よし、調理シーンはここで終了ね。一休みして試食と審査に移るわよ」
==========試食タイム==========
「では、まず陸選手から! 陸選手、この料理のお名前は?」
「『中華ならぬ日本粥』です」
「ほほう、その心は?」
「まずはお食べください」
そう言って俺は試食を促す。
審査員の3人が茶碗に入った粥を匙ですする。
「おお、イケるやん」
「そうね、優しい中にコクのある味だわ」
「あー、それで『中華ならぬ日本粥』なのね」
よしよし、好評のようだぞ。
「康乃さん、その心は?」
部長がマイクを向ける。
「この味は中華粥に似てるわ。でも鶏や金華ハムといった中華粥の素材ではなく日本のさつま揚げ。だから『中華ならぬ日本粥』なのよ」
「その通りです」と俺は応える。
「さつま揚げの原料はご存知の通り魚のすり身です。それから出る出汁と揚げ油がおかゆに仄かだがしっかりとした味を付けるのです」
それにお財布にも優しい。
我が家の定番料理の一つだ。
「うん、美味しかった」と実子。
「これなら、ズボラなウチでも作れそうだぜ!」
これは勇優。
「おおっと、これは評価が高い! 対する蘭子選手は大丈夫かぁ!」
「大丈夫! あたしは料理だけなら負けないもん!」
そう言って、蘭子は料理を運びはじめる。
蓋のついたお椀と醤油差しを載せて。
「ではまず、お椀の蓋をお取り下さい」
3人がそれに従い、蓋を取ると米の良い香りが立ち昇った。
「次に醤油差しの中にある出汁あんをお好みの分量をかけてお召し上がり下さい」
褐色のあんが注がれ、3人は粥をすする。
「うめぇ!」
勇優の第一声はそれだった。
「ホント美味しいわ」と実子。
「これは料亭とかで出されるお粥の出汁あんかけね。これを3分で作るのは見事だわ」
康乃の評価も高い。
「おおっと、これは決まってしまったかー!」
「はい、りっくん」
余裕の表情を浮かべ蘭子がお椀を差し出してくる。
「ん」
俺も茶碗に『中華ならぬ日本粥』を注ぎ、お互いに交換する。
「これははサッカーで言う所のユニフォーム交換か! ふたりが互いの料理を交換したぞ!」
部長、ちょっとうるさい。
「そしてぇ! 喰ったぁー!」
訂正、部長、超うるさい。
俺が匙でお粥とあんを口に含むと、鮮烈な鰹出汁の味が広がり、そしてお粥の甘みがそれを包み込んだ。
「うまい」
思わず声が出た。
「えっへん! おいしいでしょ」
蘭子がその豊かな胸を張る。
「これはめんつゆの鰹だしの味の上に粉末だしを加えた二階建ての味なの。本物の出汁あんは鰹を"これでもか!"って入れて採るのだけど、結構近い味になるのよ。お財布と時間にも優しいんだから」
さすが蘭子だ、テーマもちゃんと理解した上で料理を作っている。
「あ、でも、りっくんのも美味しいよ。しっかりとした素朴な味みたいな感じで」
だが蘭子は知らない、世界の闇を。
この世界は残酷で残虐で残ゴロツキーなんだよ。
「それでは! 審査に移りましょう! お三人方! 勝ったと思う方の札を上げて下さい!」
3人が札を上げる。
『陸』『陸』『陸』
全員が俺だ。
「なんで!」
蘭子が悲鳴を上げた。