その2 これが噂の★超絶! 悶絶! 料理バトル!★
落ち着け陸、落ち着くんだ。
ま、ま、ま、まだ慌てる時間じゃない。
素数を数えるんだ。素数は孤独な数字、俺に力を与えてくれる。
2、3、5、7、11、13、17、19、23……
よし、落ち着いた。
冷静に考えよう。
★超絶! 悶絶! 料理バトル! ★
最後の料理バトルは簡単だ。
料理で競い合うことだ。
『超絶』これは分かる、想像を絶するほど超越した料理のことだ。
だが『悶絶』てめーはダメだ。
悶絶する料理だって??
食ったら『あへへおいちいのぉ』とか言っちゃう料理なのか??
涎だけでなく、身体中の体液を垂れ流しながら悦ぶのか??
そんなの健全な身体を造る料理じゃない。
「あー、それ知ってる。あたし好き~」
へ、蘭子さん、今、何と!?
悶絶するのがお好きなのですか!?
その巨乳をびちょびちょにしながら、もっとぉ~もっと食べさせてぇ~なんでもするからぁ! とか言っちゃうんですか!?
「ねえ陸、聞いてんの?」
「えっ、今、何でもするって言ったよね!?」
「何、寝ぼけてんのよ! 目がいやらしいわよ! このムッツリ!」
部長のチョップが俺を襲った。
ちょっと痛い、きっと胸に栄養が行ってないから、その分、頭に血が上り易いのだろう。
豆腐食え、豆腐。
大豆イソフラボンは女性ホルモンに似ているから、その貧相な胸を豊かにしてくれるぞ。
「蘭ちゃんが知ってるなら話は早いわ。簡単に説明するわよ」
そう言って部長は俺たちを連れて部室に戻り、プロジェクターとスマホを繋げた。
画像が壁に大きく映し出される。
「いいこと、この★超絶! 悶絶! 料理バトル! ★は東京DXテレビの企画番組で、テレビだけでなくネットでも配信される人気番組よ。ルールは簡単だわ。今、映っているラーメン屋とカレー屋の対決を例に説明するわよ」
壁にはねじりハチマキと腕組みをした、いかにもラーメン屋風体の男と、頭にターバンを巻いた、これまたいかにもなカレー屋っぽい男が映し出された。
「まず最初に先攻を決めるわ。ジャンケンでもコイントスでもお互いに納得すればいいわ」
画面の中でコイントスが行われ、ラーメン屋が先攻を取った。
「次に先攻のチームが『料理』『食材』『テーマ』からひとつ選び、後攻は残りのふたつからひとつを選ぶの。そしてお互いに選んだ物に対し、お題を紙に記載して審判に渡して、勝負内容が決定となるわ」
「それって二本勝負になるって事?」
「チッチッチッ、違うわ陸。そんなんじゃ普通の料理バトルになるでしょ。これは、ふたつのお題を満たす料理バトルなのよ!」
は?
まてまて、ふたつのお題を満たす料理って……
それってカオスじゃね?
「ふふふ、驚きのあまり声も出ないようね」
いや、困惑もしますよ部長さん。
落ち着け陸、よく考えろ、クールになるんだ。
Cool! Cooler! Coolest!
「理解はした。でも、それって先攻が有利じゃないか?」
競技な以上、ルールは公平でなくてはならない。
俺の予想通り、画面の中ではラーメン屋が『料理』を選び、カレー屋が『食材』を選んでいた。
「陸の意見ももっともだわ。でも観ててごらん」
番組ではラーメン屋が『料理:ラーメン』をお題に指定する。
俺の予想通りだ。俺だってそうする。
続いてカレー屋が指定したお題は『食材:カレー粉』であった。
なるほど、部長の言い分も一理ある。
だが、それでも俺の心の中では先攻が有利という気持ちは消えない。
まあ、大人しく観賞するか。
画面の中では人物が常軌を逸した速度で動いてる。
部長が倍速モードにしたのだ。
俺の見立てでは、ラーメン屋が作っているのはカレーラーメンだ。
対してカレー屋は、小さめのナン生地をタンドール窯に張り付け、出来合いの生麺を茹で始めた。
そして茹であがった麺が包丁で刻まれる。
刻まれた麺と挽肉、包丁の背で潰されたヒヨコ豆がフライパンで炒められていく。
おおっと、ここでカレー粉の登場だ!
ベースはカレー粉だが俺の目は誤魔化されんぞ。
炒め始める前の油にもクミンとカルダモンが入ってたのを俺の目は捉えていた。
形態としては、そば飯(カレー味)が近いだろうか。
そのままでも十分美味そうな具が、タンドール窯から取り出されたばかりのナンに載せられ、そして縦に畳まれた。
タコス型だー!
俺の心の実況が高まった。
ガタッ
俺は席を立ち、部室の冷蔵庫を開ける。
中には昨日の残りのギョーザの具と皮があったはずだ。
皮はワンパック20枚あるが、具は数枚分しかなく、残り物になっていたのを覚えている。
そして、袋焼きそばもあったはずだ。
「りっくん、カレー粉出したよ?」
さすが蘭子だ、準備が良い。
俺は袋焼きそばを刻み、バターを引いたフライパンに放り込む。
続いて水、ギョーザの具、カレー粉を入れて数分炒め、最後に酒を少々。
「皮は並べとくからね?」
蘭子がトレイにギョーザの皮を並べていた。
本当に出来たヤツだ。
俺は火を止め、ウチワで具を冷ます。
冷めたらギョーザの皮に乗せ、上の部分に水を塗り半分に畳む。
横倒しのタコス型だ。
これをオーブントースターに入れ加熱。
具に火は通っているので、3分に設定。
その間に試合は審査に入っていた。
審査員の薀蓄とラーメン屋とカレー屋のアピールの所でトースターがチンと音を立てた。
「よし、劣化コピーだが、それらしき物が出来たぜ。これを食いながら観戦しよう」
皿に盛った『カレー麺入りタコス型ナンもどき』がスパイシーな香りを立てる。
ネーミングセンスは気にするな。
俺はは早速ひとつ目を口に入れる。
ナンもどきの部分が舌に当たり、続けて具のカレー麺の味が染みて来た。
「思ったより辛くないわね。バターのせいかしら」
手の早い部長はひとつ目を平らげ、ふたつ目に手を伸ばしていた。
「あーこれ良いかも。ウチでも出していいかな?」
蘭子の家は小料理屋で、彼女はそこの看板娘だ。
そして商人でもある。
新メニューの開発に余念がない。
「ああ、いいぜ!」
そして俺は商人でも、権利ゴロでもないのだ。
思ったより小麦とバターの味が強く、辛さはスパイスの分量の割りにマイルドだ。
弟妹達にはこれでいいが、母さんや蘭子の店で出すには、もっと味を濃くした方がいいだろう。
そんな事を考えていたら、試合はお互いの料理の解説を述べる場面に入っていた。
「ここからが★超絶! 悶絶! 料理バトル! ★の山場ね。気づいていると思うけど、この料理バトルの評価は主に3つあるわ」
部長が鼻息を荒くして語り始めた。
「第一に『料理としての完成度』。味と香りと盛りつけと食感ね。 料理バトルとして当然の項目だわ」
指を一本立て、部長が解説する。
「第二に『ふたつのお題を満たしているか』。これも競技として当然ね」
指を二本に増やし、部長は続ける。
「そして第三に『料理に対する主張』。ふたつのお題や自分の料理に対する考え方をプレゼンするの。これはエンターテイメントショーとして番組を盛り上げるの為に評価されるわ。ここが面白いのよ!」
映像では、鼻息を荒くして言う部長のオススメの部分、ラーメン屋とカレー屋の料理解説が始まっていた。
『ラーメンは何でも飲み込み調和する! だが、カレーラーメンは一般的ではない、何故だ!
俺は答えを知っている。それは麺の味わいがカレーに負けているからだ!
これはラーメンの敗北なのか? 否、断じて否!
だから俺が作った麺は香り、味、コシの強い剛麺とも言える物に仕上げた!
それはカレー粉の味と香りを凌駕する! これはラーメンだ! カレーではない!
俺の剛麺はどんな汁の中でも勝利する! トマトだろうが、坦々だろうが、カレーだろうが!
約束された勝利の麺! それが俺のラーメンだ!』
ああ、いかにも部長が好きそうな番組だ。
まあ、元ネタの分かる俺も俺だが。
続いてカレー屋の解説だ。
『日本のラーメン、とても美味しいデス。それは中華の麺料理を起源としマスが、もはや別物とも言える進化を遂げてマス。
形態もつけ麺、小分け麺、汁なし麺と多用デス。
ワタシの料理はラーメンとは言えないかもしれまセン。
デスが未来において、これはラーメンと呼ばれるかもしれまセン。
ベビースターラーメンもラーメンですよネ。
そしてカレーもラーメンと同じく、日本で独自の進化を遂げてマス。
そのふたつが融合したら、とても美味しい料理になりマス。
ワタシの料理は起源の違う物が日本という土地で出会い、そして発展していく、この日本への感謝も込めた料理なのです』
ほほう、このカレー屋、上手いな。
「ねえ陸、どっちが勝つと思う?」
再生を一時停止しながら部長が問いかけた。
「カレー屋だな」
「へぇ、その心は?」
「味は互角とみた。だが、ディベートでカレー屋は審査員の自尊心をくすぐるような上手い言い方をしたからな。日本人なら、主張しまくる麺よりも、調和を重んじたカレー麺のナン挟みの方に惹かれるはずさ」
俺の答えに部長はニヤリと笑い、再び再生を開始した。
「正解よ、さすがね陸」
「りっくん、すご~い」
採点は僅差であったが、カレー屋が勝利していた。
「採点の基本は10人の特別審査員が5点ずつ、50人の一般審査員が1点の計100点満点で評価されるわ。一般審査員はどちらかに1点を入れてもいいし、両方に1点ずつ入れてもいいわ。でもね陸、あなた気づいてるでしょ?」
部長はそう言って厭らしい顔で俺を見た。
悪の女幹部の採用試験があるとするなら、一発合格を決めるような顔だった。
「ああ、わかっているさ」
俺は応える。とびっきりの邪悪な笑みを浮かべて。
「そう、ならいいわ。ウフフ」
「ウヘヘ、グヘヘ」
「「ウワーハハッハ!」」
二人の高笑いが準備室にこだました。
そう、このルールは後攻が圧倒的に不利そうに見えて、 実はさほど不利じゃない。
相手の選択を予想すれば、逆に有利にもなる。
例えば「料理:ラーメン」が先に選択されたとしても、それが予想されていれば「食材:インスタントラーメン」を選択すれば良い。
そして極論を言えば「テーマ:先攻が選んだ料理以外」としても良い。
まあ、後者は審査員の心象が悪いので、俺だったら前者で挑む。
部長は後者を選びそうだが。
「さて、これから私が最も重要な事を言うわ。心して聞きなさい」
ほう、重要な事とは何だろう?
「この大会の優勝賞金は一千万円よ!」
「マジか!」
「うわー、それだけあれば、豪華な結婚式が挙げれるね?」
「でしょ、でしょ、破格の金額よね。ケチで貧乏な陸も俄然やる気になったでしょ」
ケチはさておき、貧乏は余計だ。
でも一千万円あれば、弟妹たちの将来の学費の足しになるな。
いや、浮かれるな陸。世の中、そんなに甘くない。
落ち着いて、優勝への算段を立てるんだ。
あれ? やる気が湧いてきたな、グフフ。
「うん、状況は理解した。でも、優勝には大きな壁が二つある」
そう、世界は残酷だ。特にひとつめが。
「ん? 何?」
「まず、ひとつめは、俺たちは出場できるのか? そして、ふたつめが出場できたとして勝ち抜けられるかだ」
「あーなるほどね~、出れなければ意味無いもんね~」
「そう、一千万円の賞金が出るのなら応募者は殺到するはずだ。行列店やミシュランの星が付いている店のシェフならば応募選考に通るだろうが、高校の同好会じゃ書類で撥ねられちゃうぜ」
そう、俺に世界一の料理技術があっても出場出来なければ優勝は出来ない。
まあ、そんな技術は無いのだけれど。
「安心して、ひとつめの問いにはちゃんと算段があるわ」
「まさか、家の、大盛大和ホールディングスの権力を借りるつもりか!?」
そう、部長の大和盛一族なら、この大会のスポンサーになっていてもおかしくない。
そして、スポンサー枠として俺たちの出場をねじ込むなんて余裕だろう。
「チッチッチッ、それは最後の手段よ。私たちは、れっきとした実力で出場を勝ち取るわ」
「実力って、俺達には実績なんてないぞ。それがないから廃部の危機にあるんじゃないか。それとも予選大会があるのか?」
予選があるのなら、出場も夢ではないが、難易度は上がる。
互いのチームでお題を出すというルールは主催者側としては難儀だ。
試合の準備や設営に手間が掛かるのだ。
だからといって、主催者側が決めたテーマで何組もの出場希望者を一括して審査・選別するとなると、俺達には不利だ。
真っ当な料理勝負では、実力で劣る俺達では勝ち抜けないだろう。
そう、実は俺達の料理の腕は大したことない。
俺の中で、この三人の料理ランクを評価すると、
★がもらえる一流料理人>繁盛店の料理人>蘭子>一般料理人>>主婦≧俺>>部長、だ。
正直、俺自身の腕は主婦レベルに達しているか怪しい。
部長はそれ以下だ。
だが、蘭子は別だ。幼いころから家の小料理屋『竜の舌』を手伝っている。
仕込みから新メニューの開発、接客までをこなす看板娘だ。
料理の腕前は確かなもので、その味はチェーン店の料理では足元にも及ばない。
一流の料亭にも匹敵すると褒める客もいるし、俺もそう思う。
欠点を言わせてもらえば、味付けがちと濃い。
商魂たくましく、ビールや酒が進むと言われる味付けなのだ。
「予選はあるけど、それは会場で行われる審査ではないわ。それは……」
「それは!?」
俺と蘭子が喉をゴクリと鳴らす。
「ネット投票枠よ!」
そう言って部長はビデオカメラを取り出し、ニコリと笑った。
相変わらず嫌な予感しかしなかった。