その1 料理愛好倶楽部は廃部です
俺の一日は弁当作りから始まる。
二人の妹と一人の弟、そして母さんの分だ。
レンジでチンした温野菜と昨日の残りの豆腐肉団子、これが今朝のおかずだ。
豆腐肉団子にしたのは、冷めても油が固まらず柔らかな食感にするためだ。
豆腐は偉大だ。栄養がありバリエーション豊富に調理できる。
そして何よりも安い。
「にいちゃんは先に出るから、食べ終わった食器はシンクに漬けておけよ。弁当はここにおいておくからな」
眠い目をこすっている妹に声をかけ、 俺は一番大きい弁当箱を手に家を出る。
俺は愛用の自転車にまたがり学校へ向かう。
大半の生徒ならば電車通学を選ぶ距離だが、俺はあえて自転車通学を選んだ。
理由は二つ、ひとつ目は定期代節約のため、ふたつ目は帰路にある特売スーパーのためだ。
この時点でお気づきかもしれないが、うちは貧乏なのだ。
母の名誉の為に言うが、母の稼ぎは悪くはない。
だが四人の子供を養い、将来の進学を考慮すると、決して経済的に豊かとは言えないのである。
だから俺は奨学生として授業料が無料になる私立『全方位学園』に通っている。
少々遠いが自転車通学は良い運動になるし、季節を肌で感じれば、献立作りにも役に立つというものだ。
学園に着くと、教室に入りHR開始まで課題と予習に努める。
教科書類は学園に置いてある。理由は重いからだ。
帰路で食材を買う身としては特に。
授業を受けたら、昼休みに弁当を食べる。
場所は屋上であったり、中庭であったり、雨の日は渡り廊下での軒下だったりする。
昼休みは図書館で勉強したり、料理の本を読んだり、ネットで安売り広告を見たりしている。
そして放課後は部室に行って、夕方には帰路に就く。
これが俺の平凡で平穏な一日である。であった。
あの日、部室に行くまでは。
とある平穏な日々の放課後、俺はいつも通り部室に行く。
所属する部の名は『料理愛好倶楽部』、部員は三名。
部室という名の家庭科準備室に入ると、一人の女生徒がスーパーのレシートとにらめっこしていた。
「あ、りっくん、やっほー」
「やっほー」
俺は挨拶を返す。
彼女の名は『料絶 蘭子』、俺の幼なじみだ。
「部長は?」
「なでちゃんはまだだよ」
部長の『大和盛 撫子』は不在らしい。
部長と蘭子、そしてこの俺『花屋敷 陸』、以上三名が料理愛好倶楽部の構成員である。
活動内容は言わずもがな、料理をして食べることだ。
ピンポンパンポーン
校内放送が響き渡る。
『2‐A 大和盛 撫子さん、2‐B 料絶 蘭子さん、並びに2‐G 花屋敷 陸さん、至急、生徒会室に来て下さい。繰り返します……』
放送を聞いて、俺と蘭子は顔を見合わせる。
この三人の組み合わせから考えられる事は一つだ。
料理愛好倶楽部絡みだ。
そして、予想される事も一つだ。
◇◇◇◇◇
俺たち二人が生徒会室に入ると、既に部長が居た。
「揃ったようね」
中央に座る生徒会長が口を開く。
「時間もないので、簡単に言いましょう。料理愛好倶楽部は廃部です」
「時間がないので簡単に問いましょう。廃部の理由は対外的な実績の無さ。廃部回避を望むならば、期限内に実績を作り、申請すること、で合ってますか?」
予想通りだったので、俺は準備していた問いを返す。
あれ? ビックリしない。
俺の想像だと、ここで議論の有利な立ち位置を確保できるはずなのに。
「さすが花屋敷君、学年三位の成績を誇ることはあるわ。先程の大和盛さんと全く同じ返しだわ」
俺が部長を見ると、ふふふんと自慢げな表情をしている。
なるほど、先を越されていたか。
「言ったでしょ、花屋敷なら、同じことを応えるって」
「そうね。賭けは私の負けね。いいでしょう、廃部の回避条件は三カ月以内に、何らかの大型大会で優勝。もしくは美術部や書道部のように何らかの権威のあるコンクールで大賞に相当する賞を取ることにします」
「その言葉、忘れないでね」
「ちゃんと議事録に残しますよ」
「じゃあ、これで失礼するわ。ふたりとも、行くわよ」
事態は飲み込めた。部長の悪い癖、『勝負好き』が出たんだ。
最初は部長だけが呼ばれたのだろう。
そして、俺と同じ返しをした。
その後、具体的な廃部回避条件を聞くつもりだったが、その条件が厳し過ぎたのだろう。
だから部長は賭けをした。
校内放送で呼び出した俺たちに廃部を告げ、どう応えるか、その内容を。
俺はふぅ、と溜息をつく。
「りっくん、ため息をつくと幸せが逃げちゃうよ。あたしはりっくんと幸せになりたいな」
蘭子がさらりと可愛いことを言う。
「のろけはそこまでにしなさい。少々の時間余裕が出来ても、料理愛好倶楽部の廃部は決定的よ。あと大和盛さん、約束は忘れないでね。議事録にちゃんと取ってありますから」
「ええ、廃部になったら、私は庶務として生徒会に加わり、花屋敷を生徒会茶汲み係として差し出すわ」
部長がさらりと俺を生贄に賭けの条件を特殊召喚した。
「ちょっ...」
俺の文句は部長の手で塞がれ、俺たちは部長に引きずられるように生徒会室を後にした。
◇◇◇◇◇
「部長! 俺を生贄に差し出すって、どういう了見ですか」
「売り言葉に買い言葉だったのよ! あいつが料理愛好倶楽部を才能の持ち腐れ部って言うから!」
「言わせておけばいいじゃないですか!」
「才能の無駄使いって、ふたりとも料理はとっても上手いと思うけどなー」
俺と部長との会話に蘭子が割り込む。
蘭子の疑問はわかる。だが才能の無駄遣いという所は分からないでもない。
単純な学力テストの成績ならば俺と部長は学年三位と一位を誇り。
部長はそれに加え、学園で指折りの美貌も誇る。
さらにスポーツ万能で、家は日本有数の外食グループ会社『大盛大和ホールディングス』の会長一族だ。
趣味はコスプレ。
どんなけったいな衣装も着こなしてしまう美人だ。
反面、俺は顔は十人並みで、スポーツに至っては運動神経に見放されている。
具体的にはバスケのドリブルすらまともに出来ない。
一応、体力と筋力はそれなりだと思うが、運動部の足元にも及ばない。
生徒会長は、そんな俺達を生徒会に加えたいのだろう。
きっと『あなたのことを思って』という枕詞を付けて。
そんなのはごめんだ。自分のやりたい事は自分で決める。
「勝てばいいのよ! 賭けに勝てば!」
「料理でどうやって実績つけるんですか! インターハイ料理種目も、料理オリンピックも、料理竜王戦も無いんですよ!」
「あー、スポーツとか、数学とか、将棋とかは大会があるよねー」
そう、蘭子の言う通り、料理には明確な大会が少ない。 特に高校生が参加できるものは、せいぜい、地方のコンクールくらいだ。
社会人で調理師免許を持っていれば、心当たりはあるのだが……
「あるわよ! 大会くらい!」
「へー、生徒会長が唸るくらいの大会なんでしょうね」
「それは! これよ!」
部長がスマホを操作し、その画面を俺と蘭子に見せる。
そこには『★超絶! 悶絶! 料理バトル!★』という文字が躍っていた。
嫌な予感しかしなかった。