第8話 必殺技
「殿下....本当にこれで仕官が叶うのでしょうか?」
不安そうな鳴き声を漏らすびっこ。かれこれ1時間もこうしているというのだ。皆が不安に駆られ始めるのも無理はない。
「急くでないでござるよ。背筋を伸ばし、主人を待つでござる」
「「「ははっ!」」」
吾輩たちは魚鱗の陣、矢のような形に整列し、背筋を伸ばして目の前の大きな門を睨んでいた。陽は中天をとうに過ぎ、暖かい地面が眠りを誘う.....が寝てはならない。怠惰な者にどうして仕官の機など訪れよう。
いつの間にか、周りには町民たちの輪が出来ていた。犬に構う奇特な者など少ないから、隙間の多い輪ではあったが。輪の中心に好奇の目を向け、皆話しこんでいる。
──な、なんだありゃあ....
──犬が座っとるなぁ
──太田様に誰か報せにいったんかねぇ?
「コタロウ様、私めが城の中に飛び込んで資正様を連れて参りましょうか?」
「まさか、そのような無礼が許されるはずないでござる。というかそもそも資正様の御尊顔も知らぬであろう?」
「あっ....確かに......」
「ふふ」
吾輩と片耳の話を聞いていたびっこが苦笑する。片耳は喉を唸らせ、びっこを威嚇したが、相手にするのも馬鹿馬鹿しいというような態度で欠伸をしている。
もう少し仲良く出来ぬものかな。
そんなことを考えていると、閉ざされていた大手門がギギギギ.....と音を立てて2つに割れた。中から武家のような服装の男が数人出てくる。あれが資正様だろうか?
──なっ.....?!
──ほ、本当に、魚鱗の陣ですな.....。
──かれこれ1時間位上もこうしているのです。。
人間たちは言葉を交わしながら何やら相談をしているようだ。この魚鱗の陣では仕官したいという思いは伝わらなかっただろうか。自信はあったが、逆に自信があった分、目の前の男衆の反応が気になってしまう。
やはり愛玩動物らしく、可愛らしさを全面に押し出すべきだったか。確かにこの時代、犬に武力は求められていない。時代の最先端を行きすぎたかも知れぬ。
「作戦を変えるか......」
「変える.....?」
吾輩は意を決すると、首を傾げて片耳を畳んだ。とくと味わえ、吾輩がパパ殿とママ殿をメロメロにしてきた熟練の愛玩ビームを!!
「ク....クゥ〜ン♡」
吾輩が男たちに向けて愛玩ビームを放つと、片耳は口を開けたまま絶句し、びっこは鼻から何やら汁を飛ばしてよろめいた。どう言う反応だ......。
一方の太田様はと言えば、吾輩の愛玩ビームの直撃を受けてしまったせいか、顔を伏せて震えていた。一撃で沈まぬとはさすが戦国一の犬好き武将と名を残すほどのことはある。
ならば致し方なし。吾輩の秘奥義を使うしかない。これはとっておきだ。くらえ、極・愛玩ビームッッッ!!!
「キュ〜〜〜〜ン♡♡♡キュンキュンキュン♡♡♡」
──き、貴様あああああっっっ!!!馬鹿にしおって!!!
唾を飛ばしながら叫んだ男の顔は、林檎のように真っ赤だった。腰に下げていた刀を抜くと、鞘を放り投げる。それを見て近くの者が怒りを抑えようと止めに入った。
──い、いけませんぞ!!資顕様っ!!往来でございますし、お体に障りまする!!
吾輩の愛玩ビームを受けて無傷どころか激昂するとは一体どういうことなのだろうか。それに資顕.....?資正様ではないのか?資顕.....資顕........どこかで聞いたような気もするが、はて?
──コタロウ、太田資顕に会ったら逃げろ。こいつは資正の兄だが、資正本人と仲が悪いだけでなく大の犬嫌いだ。
パパ殿にいつぞや言い聞かされていたことを思い出した。ああ、その資顕だ。犬嫌いの.....犬嫌い......?!
「に、逃げろおおおおおおおっっっ!!!」
「「「ええっっ?!」」」
吾輩は一目散に逃げ出した。それはもう、トップスピードが段違いの狼も驚くようなスピードで。犬嫌いの者が媚びを売る犬など見たら、挑発としか捉えられても仕方がない。完全に失敗した。資正様は岩槻城ではなく松山城に居たのだろうか。
*****
「「「ハァハァハァ.....」」」
「すまぬな、みんな」
「い、いえ.....急に走り出したので驚きましたが」
「岩槻城に資正様は居ないようであったな......であれば松山城に行こうと思う」
吾輩がそう言うと、皆は目を丸くした。まだ諦めてないのかという驚きが強いのだろう。
「そこでも仕官さ断られたらどうすんだべよ?」
赤鼻が言う。どうするもこうするも、何のプランもない。ダメだったら山にでも入って皆んなでのんびり暮らせば良いと思うが、今は出来ることをするべきだ。
「そこで断られたら諦めるでござる。しかし行かねば成るものも成らん。吾輩は松山城へ行くが、去りたい者は仕方がないでござる。名乗りをあげよ」
その問いに皆顔を合わせたりはしたものの、ついに名乗り出る者はいなかった。不思議なことだ。つい先日まで小山城で矢の的になっていたと言うのに。皆、武士の顔つきをしている。
「ふ....ならば行くでござるよ。松山城は岩槻城の西。日の沈む方角に、我らの未来があるでござる」
吾輩は鼻を西に向けながら、流し目で皆を見た。完全にキマった。最高に格好いい自分が。リーダーたるものこうでなくては。
「キュ〜〜〜〜ン♡♡♡キュンキュンキュン♡♡♡」
吾輩が目を逸らした一瞬の隙に、背後から吾輩の愛玩ビームが聴こえてきた。突然のことに驚き、バッ振り返って固まっていると、その姿を見た雑種たちが笑い始めた。
「「「......ぶははははwww」」」
「ななっっ?!!」
誰かが吾輩の声マネをして茶化したのだろう。片脚をあげてプルプルと震える吾輩を見て、更に笑いが大きくなる。
「ぶぶぶぶぶ....ぶはっっwww」
謎に忠誠心の高かった片耳すらも噴き出した。もうこうなるとダメだ。止める者が居なければ、一度決壊した笑いは収まる訳がない。
ええ.....そんな笑うようなことですかね??なんでなんで??と繰り返しても、誰も笑うだけで答えてくれない。吾輩たちが西に進めても、その笑い声が止むことはなかった。
犬たちはまた歩き出した。沈む夕陽を眺めながら。