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第6話 送り犬


 ひいふうみいと、毎日のように指折り数える。十月十日にはまだ数日早い。大丈夫だと確認して、私は散歩に出かけることにした。


「あんた、ちょっと散歩に出てくるわ」


「ええ?もう夕方だが大丈夫か?」


「平気さ、お腹が苦しくて寝るに寝られないし」


 そんな会話をして家を出た。妊婦が歩くのはお産に良いらしい。聞けばなんでも、歩いた方が楽に産めるという。それを信じて、お産が近づくにつれ散歩の量を増やしていた。


「お産はササっと済ませたいわ。なにせ産んだ後は7日間も横になれないと言うし.....後は男の子が産まれれば良いんだけどねぇ」


 男の子を産めるかどうか、義父母からの重圧が凄い。もちろん女の子でも良いがとにかく無事に産みたい、と思いながら通りを歩く。歩きながら、自分が出産をするために建てられた産屋をいつものように眺めた。


「ありがたいけども、本当に夏で良かった.....冬であんなほったて小屋に閉じ込められたら死んでしまうよ.....」


 通りから外れて川沿いを歩いている内に、明日食べる山菜でも裏山に採りに行こうかと思いついた。普段より調子は良いし、時はまだ夕方。何とかなるだろう、その発想が甘かった。




「いっっっっっっったあああああ!!!」


 突然にも激しい陣痛に襲われた。山の中に入るのは刺激が強かったのだろうか、お産が始まってしまったのだ。なんとか家まで帰りたかったが、激しい痛みが数分間隔でやってきて身動きが取れない。


「こんな山の中で....周りに誰も居ないなんて.....」




*****




 暗闇の中、女は肩で息をしていた。壮絶なお産との戦いの中、男の子を無事に独りで産んだのだ。月明かりでなんとか周囲は見えるが、少し先は暗闇だ。家まで辿り着けるか不安になった。


「アアアアアアアーーー!!!アアアーーー!!」


「うううう.....よしよし、もうちょっと頑張ってね....」


 こっちが助けて貰いたいくらいだ。しかし母として弱音は吐けない。臍の緒もまだ繋がったままだというのに....。どうにかして、それこそ這ってでも家に辿り着かなくては。


 それに、こうも山で騒いでは.....



「ひっ?!」



 来た道に目を向けると、犬が居た。送り犬に出逢ってしまった.....女はそう思った。夜中に山道を歩くと後ろからぴたりと後をついてくる、という送り犬である。もし何かの拍子で転んでしまえば、たちまち食い殺されてしまうと噂に聞く。



「送り犬?!!やめて!!来ないで!!!」



 女がそう叫んでも2匹の送り犬はジッとこちらを見つめている。それが突然、ゆらっと動き、飛びかかるように跳ねた。女はもうダメだと思って赤子を抱きかかえて目を瞑った。しかし、送り犬はグルルルルル....と唸っているだけだ。



「え??」



 目を開けると、送り犬が別の犬と対峙して威嚇している。どういうことだろうか。仲間割れ....?いずれにせよ、片方は私を守ってくれているようだ。何が何やら分からないまま、女は只々その様子を見守ることしかできなかった。




*****




「我が牙の餌食になりたいのなら前にでよ!!下野(しもつけ)の片耳女と恐れられた私が相手をしてやろう!!」


 颯爽と飛び出したは良いものの、吾輩より更に前に片耳が割り込み、名乗りを上げた。ああ.....アナタ、異名があるくらい強かったのネ....と思いながら、歯に異物が挟まったような気持ちで、とぼとぼと母子の裏手に周った。


「ふざけたメス犬だ。犬っころぶぜいが調子に乗りおって!!」


 狼は前に進み出て、片耳と威嚇を始める。

 しばらくして狼が片耳に飛び掛かると、片耳はひらりと躱し、牙を立てた。狼がギャン!!と叫びながら転がりまわるが片耳は牙を離さない。しかし、のたうちまわる2匹に何者かが突っ込んできて2匹は離れた。


「ふん、女相手に2人掛かり。狼ってのは随分と臆病と見える」


「好きなだけ吠えてろ」


「そうだ、数は力だぞ」


 ジリジリと後ずさる片耳。2対1は流石に分が悪い。母子の背中を守る者が居なくなるのは不安になるが、吾輩が加勢しなければと、脚に力を込めた。


 しかし地から脚が離れるより前に、また何者かが飛び込んできた。



「コタロウ様!!」

「お頭!!怖くて来ちまったべ!」

「殿下、遅くなりまして申し訳ございません」



 雑種たちが追いついて来たようだ。これで形勢逆転だ。



「ふふふ.....その(ほう)、先程ーー


「数は力と先程言いましたね?ではどうかしら、殿下のこの手勢が貴方達に抜けるかしら??」



 ぐぐぐ.....格好つけようとしたら、吾輩より先にびっこが決めゼリフを放ってしまった。ああ、なんとも情けない。これでは女に養われているヒモと変わりないではないか.....。


 しかし狼も諦めが悪く、睨み合いが続く。1匹、2匹と狼の数が増えて来たが、こちらの人数には勝てないようだ。母子の周りを固める我らの周りを、ぐるぐる回ったり、前に出たり後ろに引っ込んだりを繰り返す。


 睨み合いが半刻ほどすぎた頃くらいだろうか、下り道の方から幾つかの光が見えた。火だ、と直感的に思った。誰かが来たのだ。



ーーここか?!松、ここに居たのか?!!


ーーあ、あんたああ....!!!



 どうやら母の夫らしい男がやってきた。吾輩は安堵した。これで狼も諦めるだろうと。しかしこの男、我らを見ても邪険にする様子がないのは何故だろうか。母の方は送り犬などと言って恐れていたのだが.....。



ーー皆で探してたらよ、この犬が飛び込んできてこっちへ着いてこいと引っ張るもんだから....ああ、良かったなぁ、産まれたのか!!


ーーええ、ええ。え....犬が....?



 よく見れば夫の足元には、赤い鼻をしたブサイクな雑種が1匹いた。



「お頭、俺っちは鼻が利くことしか能がねえから、匂いさ辿って人間を連れてきたんだべよ」


「おおそうか!でかした!その機転、大したものだ!」


「へへへ」



 いつの間にか狼たちは居なくなっていた。人間が多数くれば敵わないと思ったのだろう。これならもう安全だ。しかし吾輩達は、念のためこの家族を家まで送り届けた。


 そして厚かましくも、そのまま家族が休む家の軒先で夜を過ごさせて貰った。川を泳いで狼と睨み合い、皆疲れていたのだ。ぐっすりと眠ってしまった。


 しかし朝起きると、目の前には人数分の赤飯の握り飯が置いてあった。ご褒美であろうか。いずれにしても腹は減っている。有り難く頂戴するとしよう。



「くっ....お頭ぁ....美味えよぉ...赤飯がしょっぺえよ...」


 泣き咽びながら赤飯を頬張る赤鼻を見ながら、吾輩も赤飯を頬張った。


「うむ、実に旨い。ご褒美というのは格別なものでござるな!」



 皆、久しぶりのご馳走を嬉しそうに食べていた。


 そんな光景を眺めていた片耳は思った。これがコタロウ様の言う、犬と人間の正しい関係なのだろうと。初めは何のことやら分からなかったが、少しだけ分かった気がした。


 人間が犬を守り、犬が人間を守る関係というものを。





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