第2話 迷い犬の処遇
「ふむ....だいたい分かった」
吾輩はひとりごちて納得した。
聞こえてくる会話から察するに、この家主は菅谷左衛門五郎殿と言うらしい。そして小山や高朝と言った名前が出てくるところ辺り、ここは1550年前後の下野国だと推察できた。
やはり戦国の世だ。
何が何やら分からぬが、戻る方法なんて想像もつかぬし、パパ殿とママ殿に会えぬのは哀しいが、この時代でなんとか生きていくしかない。
「とりあえず媚びへつらって、愛玩動物として生きていくか....」
諦めに似たため息をついていると、目の前に食べ物が差し出された。炊き飯のようなものだ。
ーーほれ、腹減っとるなら残りもんだべが食っとけ
「かたじけない」
なんと優しき御仁であろうか。追い出されもせずに、食べ物を出してくれると言うことは飼ってくれると同義と考えて良いだろう。本当にありがたくて涙が出そうになる。
吾輩は残り物をガツガツと食べた。
ーーあんた?その犬、捌いて食うっぺか?
「ぶほっっ!!きゅ、急に我が身の危機?!」
ーーいいや?高朝様が犬がほしゅうて言うとったっぺよ?したっけ明日にでも祇園城に連れて行こうかと。ほれこないだも犬っころ捕まえて連れてったべ?
ーーああ、ほんに勿体ねえなあ?こんな毛並み良い犬っころ滅多に見ねえべよ。どんな味がすんだか、あたしゃ気になって気になって
食うとか食わぬとかちょっと物騒すぎませんかね。こちとら愛玩動物として育った身、食われる覚悟なんてしたことがない。飼い主に看取られながら安らかに、しか死ぬイメージなんてなかったと言うのに。
とりあえず今すぐ食われることは無いらしいが、戦国時代とはいえ愛くるしく振る舞っておけば食料にならずに済むだろう。
吾輩の処世術、とくと見よ。
ーーあんれ、もう食べ終わってお座りしてるとか行儀の良い犬っころだべな
ーーほんにな
菅谷左衛門五郎が吾輩のふさふさの毛を撫で回す。狙い通りだ。やはり吾輩の愛玩アクションはこの時代でも通用する。
「はぁぁぁ〜〜良いでござるよ〜〜それ良いでござる〜〜」
段々と気持ち良くなってきて次第に眠くなってきた。仕方ない。テレビもない時代だ。色々あって混乱しているが、とりあえず寝てから考えよう。
そう思い、吾輩は眠りに落ちていった。
*****
翌日。
吾輩は菅谷左衛門五郎に連れられて、なんだか大きな建物までやってきた。
「城か。確か祇園城などと言ってたから、後世の小山城であろうな」
パパ殿が歴史オタクで色々読み聞かせられたから知っていたのだ。しかしまさか戦国の世に転移するとは思ってもいなかったから、人生とは分からんもんだ。
すると門の前で立ち止まり、菅谷左衛門五郎は声を上げた。
ーー高朝様は居られるか?犬を拾ってきましたと伝えて貰いたいのだが。このまま連れて屋敷まで行く訳にも行かぬからな
ーーははっ!暫くお待ちくだされ!
菅谷左衛門五郎が門番に言うと、門番は奥へ引っ込んで走っていった。後は待つだけなのだろう、とりあえず吾輩たちは座りながら遣いを待った。
「しかし城で暮らすのか。案外、前の暮らしよりも良くなるのではなかろうか。マンションの方が建物は巨大だが、パパ殿とママ殿の住まいはその一部であったからな....」
そんなことを考えていると、門番が戻ってきた。
ーーおお、菅谷。犬を捕まえてきたと聞いたが
ーーははっ!高朝様自らお越し頂くとは、申し訳ございませぬ!
ーーよいよい。ちょうどこれから追物をしようと思ってたところだ。いやしかし随分に毛並みが良い犬を捕まえてきたな
ーーは!なかなか賢い奴なので、お楽しみいただけるかと
ーーうむ、そうだな。後で褒美を取らす。馬場の犬小屋に入れておけ。
ーーははあ!!
恐らくはこの御方が、菅谷左衛門五郎の主君、小山高朝なのだろう。話の流れからして、恐らく吾輩の新しい飼い主になってくれるのだろうと察する。
「おうもの....?お楽しみいただける....?」
吾輩は首を捻った。あまり聞きなれない単語なのだ。一体何をするのか分からない。兎か何かを追い立てて狩りをする感じであろうか、と。
ーーおい犬っころ。こっちだぞ
いくつかの疑問が晴れぬまま、吾輩は只々、着いていくしかなかった。どう足掻いても犬なのだから、来いと言われればついていく。
今度こそは飼い主の前に出て、車に轢かれることがないように....。
関東見取図