第5話 真っ青に口を開けた洞窟
鈍色の流れる雲と糸を引く雨を映す窓のチャンネル。息を引き取るように映像がフェードアウトする。全ての再生が終わったのだろうか。
開いた指を握りしめて爪を立てる。手のひらについた爪痕。じわじわと凹んだ跡が元に戻る。一秒、二秒。やっぱりだめだ。時間がかかりすぎている。むくんでいるのだろう。健康状態とは程遠い。
ふいに、窓の景色が闇に包まれる。滴る水滴、カナリア色のボートの船底を群青色の水面が優しく押し上げる。真っ青に口を開けた洞窟の奥へ奥へといざなわれるボート。飲み込まれないのだろうか。食われてしまわないのだろうか。
△△くん。
もう呼ばないで欲しい。
優△くん。
〇〇ちゃん。やめてくれ。暗いところは苦手なんだ。青の洞窟なんて嘘っぱちだ。神秘なんて偽物だ。そこに行けるのは選ばれた人だけなんだよ。
風量 小
気候 常夏の洞窟
時間 早朝
「□□くん、前から聞きたかったんだけど」
言い淀んだ僕に校門前の花壇に咲く、紺青色のアサガオが首を傾げている。聞けなかった。□□くんは、僕を変な奴と思っただけだった。僕と〇花ちゃんがつきあっていたことなどは、知っているはずだ。
「あ、思い出した。優△くんからゲーム借りっぱなしだったな」
陽気な□□くんは、自分が早々にゲームをクリアしたことや僕のゲームに対する感想を求める。僕だって感想が聞きたい。
□□くんの早口に負かされて結局なにも、聞けなかった。〇花ちゃんのことも。
〇花ちゃんが今も僕のことについて何か言っていないかどうか、確かめたかった。蝉の声が□也くんの声をかき消していく。
「今度、〇花ちゃんと海に行くんだ。優利くんもいっしょに行くか? 人数は多い方が楽しいだろ?」
面食らった僕は、片足を半歩下げて、焼けたアスファストの臭いに吐き気を覚えたんだ。文也くんの耳には、僕と〇花ちゃんの噂話がまったく届いていなかった。