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母危篤 されど勤めむ うつ田姫

 父が死んでから、母は、突然、「今日から、ママではなく、裕ちゃんと呼ぶように」と躾けてきた。母・娘という関係から、姉・妹として、共に頑張って生活していきましょうと言う宣言に思えた。最初は困惑したけど、八千万円もの借金を背負って、三つも仕事を掛け持ちして頑張る母を見ていると、文句も言えなかった。

 次第に、母に依存せずに一人の独立した女性として意識して行動できる様になった。

 そのお蔭で、大学でも勉強に集中して首席で卒業し、四葉商事でも、同期の男たちよりも早く主任にもなる事ができた。人を頼ってはいけない。一人の自立した女でいなければならない。それか私の根底にある。

 今回も、四葉商事の主任と言う信用で、銀行から新規事業進出の融資をお願いした。四葉商事の看板は強く、審査もほぼ通ると確約を貰っていた。なのに、最終審査で、落とされた。理由は判らないけど、きっと日本人の独身女性と言う点で、差別されたと思っている。アメリカであっても男女差別はある。私の信用は、その程度だった。

 夢が遠のいていく。友達に掛け合って必死にもがいたけど、融資が得られないと、八万ドルと言う大金の調達は困難。母にだけには助けを求めたくなくて、一晩中、悩み続けたけど、結局は、電話を掛けてしまっていた。私の敗北を意味する電話だった。

 でも、そのお蔭で夢が叶った。ついに、自分の会社を立ち上げる事ができる。日本は、早朝と分っていたけど、一刻も早くお礼をしたくて電話をした。でも、誰も出ない。夜に、もう一度、電話をしたけど、やはり誰も出ない。少し不審に思いはしたけど、その時は幸せの絶頂で、そんな不安は直ぐ消し飛んだ。

 そして、その翌朝、もう一度電話をすると、ダッドがでた。

「あれ、お義父さん。裕ちゃんは?」

「来夢ちゃん、御免。自分が不甲斐無い所為で、お母さんを大変な目に合わせてしまった。今、病院で意識不明の危篤状態で入院している。本当に申し訳けない」

 例の運命の絆による呪いが、関係していると直ぐに分かった。

「直ぐに帰る。お義父さんは悪くないよ」

「本当に、御免。もう少し早ければ、こんなことにはならなかった。君にあれほど、頼まれていたのに……」

「もう、そうんなのは良いから。裕ちゃんは、母は、明日まで持ちそうなの?」

「いや、健康状態は問題ないんだ。身体は正常に回復している。問題は脳。自発呼吸が長時間停止していたので、低酸素脳症を起こし、下手すると一生、植物人間で過ごす事になりかねない状態なんだ」

 危篤って、命が無くなるのでなく、意識の問題なの。そう思うと、ほっとした自分がいた。意識が一生戻らず、植物人間になるかもしれない大問題なのに、なぜか安心していた。

「お義父さん、悪いけど、冷静に、母に起きた事と、現在の状況を教えてくれない?」

 ある人物捜索のため、母が誘拐監禁され、捜索を強要された。鉄道を利用しているのは間違いなので、直ぐに下車駅を見つけ出せる筈だったが、なぜか犯人が引っかからない。

 男と信じてフィルタリングしてしまったために、画像認証処置前に、除外されていたのだ。

 犯人は、男装した女子高生で、トイレで制服に着替え、女子高生として移動していた。それに気づくまでに、時間がかかり、見つけ出した時は、呪い発動の時間の二時間半前。

 急いで、母の元に向かったが、監禁場所は軽井沢の別荘地で、再会できたのは、制限時間を二十分も経過した後。呼吸も心臓も、身体は正常になったが、既に脳が酸欠で壊死していて意識不明の状態。それでも、身体が正常化したので、問題ないとのんびりしていたのが更なる失敗。一旦、脳に壊死した箇所が出来ると、その周辺も連鎖して脳細胞の壊死が広がっていくと知らなかった。練馬病院に到着した時は、もう脳の壊死が相当に進行していて、これを止めるには低体温療法しかなく、現在、その治療中。悪ければ植物人間。うまく行っても、いろいろな後遺症がでて、気長なリハビリが必要になると言う事であった。

「お義父さん、薄情な娘で悪いけど、やっぱり、日本には帰らない。私も、今、人生の分水嶺にいるの。ここで離れたら私の負け。もう少し頑張っていたい。母の事は、お義父さんにお任せします。そっちに帰っても、何もできそうにないし」

「分かった。人生の岐路にいるなら、悔いの残らない様に頑張るべきだ。裕子の事は、メールで細かく知らせる。その上で、自分で判断すればいい」

 ダッドは、やはり、私の気持ちを理解してくれる。

「母は強い人です。自力で戻って来ます。それまで、母を宜しくお願いします」

「有難う。君も悔いのないように頑張って。そして、一段落ついたら、顔を出してやつてくれ。意識がなくても、君が見舞いに来てくれたと、きっと分かる筈だから」

 それは、ちょっとずるい言い方。でも、心を鬼にして、自分のすべき事を突き進む選択をした。それが、母が一番喜ぶはずと信じて。



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