行き帰り 別人なるや 里の正月
「忘れ物は無い?」
「大丈夫だよ」 来夢は、車のトランクを力強く締めて、そう言い切った。
来夢の乗る便が、十時二十分の全日空羽田発だったので、私が車で送って行く。
昴は、独りで留守番だけど、車庫まで見送りに来てくれている。
「お義父さん、母を宜しくお願いします」 来夢は、彼にハグをした。
昨日、何が有ったのか教えとくれなかったけど、随分と仲良くなってくれたみたい。
「じゃあ、行ってくるから」
来夢が助手席のシートベルトをしたのを確認して、私は車を発進させた。
私は来夢に謝る気でいるのに、いざとなると、言葉がでない。
来夢が、年末に帰ってきた時、やたらとあの人の事を毛嫌いしていたので、もしやと言う気はした。なのに、そんなはずはないと自分に言い聞かせ、男がいると幸せだよと訴えかけた。昴と初めてキスした時の話や、中々セックスに誘ってくれずにやきもきした話なんかも、聞かせてしまった。
でも、傷心の身で、人の惚気話を聞かされる程、嫌な事は無い。あの子には、悪いことをしてしまった。だから、「惚気話なんかして、ごめんなさいね」と謝るつもりでいる。
それなのに、どう切り出せばいいのか、分らない。
「本当に、正直で、優しくて、いろいろと知ってて、良い人だね」
私が沈黙していると、来夢の方から、話し掛けてくれた。
「ありがとう。昨日、何があったかわからないけど、漸く認めてくれたみたいね。いったい何を話して、喧嘩したの?」
「それは、内緒。それに、初めから、認めてるよ。パパとは正反対のダメ人間で、何で好きになったのか、最初は分らなかったけど、何となく分った気もするし」
「たった四日で、彼の事が分る訳ないけど、まぁいいわ。私だって、未だに彼を測りきれない。徹真とは正反対の、オタクで軽薄な子供にしか見えないけど、本当はとんでもない底なしの人だから」
「どういう意味?」
「海のような感じ。綺麗に見えたり、汚く見えたり、戯れて楽しかったり、しょっぱかったり、優しかったり、厳しかったり、どこまで潜っても、その先に未開の神秘が眠っている」
「でも、必要不可欠の生命の源なんだ」
「そんな大げさなものじゃないけど、私は本当に幸せだと思ってる。それだけは本当」
それから、暫く、未季と武生君の話をして、あっという間に首都高速湾岸線に来てしまった。まもなく羽田に着いてしまう。来夢に謝るには、今しかない。
「あなたが帰ってきた理由に、気づかなくて御免なさいね。あんな惚気話なんかして、母親失格ね」
「えっ?」
「あの人が言ってたの。来夢は私の娘なんだから、自分で乗り切るって。ただ傍で温かく見守っていれば十分だって……」
「やっぱり、分ってたんだ」
「何の事?」
「なんでもない」
二人でくすくすと笑ったが、あの子の目が少し潤んでいた。
空港では、日本でのお土産を二人で仲良く選んだ。羽田には暫く来ていなかったけど、すっかりおしゃれな店が沢山並ぶターミナルになっていた。少し早く着きすぎたけど、店を見て回ると、時間はあっという間に流れた。
「じゃあ、今度は、三月二日に戻ってくるから」
三月四日は、姪っ子の未季と昴の長男武生君の結婚式。
「無事ついたら連絡するのよ。それから、二週間毎の定期連絡は忘れないでね」
「はい、はい」
彼女は、搭乗ゲートを潜った先で振り向いて、こっちにもう一度、手を振ってから、行ってしまった。
私は、明日からまた仕事だけど、今晩は、セックスさせてあげようと言う気になった。