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夢運ぶ サンタクロースの オルゴール

 夕食は、神野さんの作った和食の家庭料理。ニューヨークにも日本料理店は沢山あるのに、日本料理が恋しいだろうと、昨日から準備をしていてくれたらしい。しかも、母のよりも味は少し薄いけど、出汁が良く効いていて、凄く美味しい。

 夕食後、母は、私を制して、あの男と洗い物を始めた。私にテレビでも見ていろと言うことなのかもしれないけど、日本のテレビなど興味がない。二人の様子を眺め、お似合いの二人かもと思い始めていた。

 二人が居間に戻って来たので、私は最後の確認に彼に聞いてみた。

「母から、話をいろいろと伺いましたが、正直、母のどこが気に入ったんでしょう」

「そう訊いてくると思って、『彼女のすべてを好きだ』と言う答えを準備していた。でも、食事の時の君を見て、やはり正直に話すべきだと考え直した。本当は、どこが好きなのか、分からないんだ」

 この男、何なの? どうして恋人を前にして、こんな変な事を言いだすの?

 母に視線を移すと、真剣な表情で、彼の次の言葉に聞耳を立てている。

「最初の印象は、男性遍歴豊富なボインの美女で、恋愛感情など全く無かった」

 『ボイン』って言葉の意味が解らなかったので、そっと母に聞くと、『bazongas』って回答が来た。なんて失礼な男。

「でも小説ネタにと、裕子を愛する男を演じてみようと付き合い始めた。だから最初のデートの時は、彼女を冷静に観察し、妻との違いを比較したりした」

 この男の頭の中が全く判らない。私が「御免なさい」と謝ったら、「シッ」と母に怒られてしまった。母は真剣で、彼の話を黙って聞いている。

「それが何時からか分らないが、すっかり裕子が自分の中にいた。彼女に夢中だとか、胸が高鳴るとか、彼女が頭の中から離れないとか、そんな恋愛感情はすっ飛ばして、いつのまにか彼女が居るのが当たり前で、居心地が良い自然な状態になっていた。愛していると思い込もうとした感情に、飲み込まれてしまっただけかもしれない。でも、自分がそう感じた理由は、彼女と結ばれた時に分かった。前世で結ばれていた相手だったんだ」

 やっと演説が終わったと母を見ると、口を一文字に結び、眉間に皺を寄せて、何やら怒っている。

「昴さん、それは間違っています」

 えっ、どうしちゃったの。怒って反論するなんて、母らしくない。

「あなたは、貴方自身の心で私を受け入れ、私を大好きになっただけです」

「でも、運命の関係にあるのは、確かでしょう」

 母から二人の不思議な関係は聞いている。赤い糸の運命というよりは、運命の呪いと言うべきもの。関係を持ったことで前世の二人が覚醒し、互いが再び離れる事が無い様にと、二人に離れられない呪いを科した。二人が最後に触れ合ってから、一日が経過すると、彼は激しい目眩と頭痛に襲われ、母は胸がドキドキと高鳴り、心不全を起こす。

「はい、確かに運命の関係です。でも、それは結果として運命の関係であっただけで、その結果に至ったプロセスは自身の気持ちです」

「君だって、以前、結果が全てと言ってたじゃないか」

「それとこれとは別です。運命ではなく、自分の意志と言う点が大事なんです」

「そんなのどうだっていいじゃないか」

「そこが一番大事なのです。あなたが運命で私の事を抱いたと思っているなら、今後一切、セックスはしません」

「ああ別にかまわないよ。どうせ他人同志なんだし」

「それは運命の関係と矛盾しています」

 なんなのこの二人。母も以前と別人になってる。これって、私が変な質問をした所為?

 二人はプイとそっぽを向いて、母は洗面所に立ち、彼は台所に戻った。

 私としては、二人の結婚を祝福する気になっていたのに、どうしていいのか、わからなくなった。

 部屋に戻って、さっきの状況を整理していたら、隣から生きよい良くドアを閉める音が聞こえた。母はかなり怒っている。

 そもそも、母は、怒る時ほど冷静になり、感情を押し殺すタイプ。だからこそ、怖い。ところが、さっきは言葉こそ冷静を装っていたけど、感情剥き出しの女の発言。あんな母を見たのは初めて。父と母は、全くと言うほど喧嘩したことが無い仲良し夫婦であった。なのに、どうして?

 そんな事を思っていたら、懐かしい小鳥のさえずりが聞こえてきた。思わず飛び出して、母の部屋に飛び込んだ。

 母は、懐かしそうに、そのカラクリオルゴールを眺めていた。

「さっき、約束したでしょう。はい」

 母は蓋を閉めて、後ろの発条(ぜんまい)を巻いてから、私に手渡してくれた。

「心配しないで。あの人のことは良く分かってるし、彼も全てを受け入れてくれる人だから」

 母の言葉の意味は理解できないけど、私はそのオルゴールの蓋を開けてみた。

 小鳥が飛び出してきて、高い音で囀りながら、あちこちを動き回り、二十秒程で、また巣に戻って行った。小さい頃のイメージよりも、ずっと小さい小鳥であったけど、確かに昔のままの動きと鳴き声をしていた。

「あの人といると、なんでこんなに喧嘩しちゃうんだろう」

 ぽつりと反省するように、母は独り言を呟いた。

「彼に聞いたことがあるの。パパとは全く喧嘩なんかしなかったのに、何でこんなに頻繁に喧嘩するんだろうって」

 母が聞いたと言う話は、要約するとこうだ。

 喧嘩が起きるには、二つの条件が揃っている必要がある。一つは、互いが自分のすべてを預けてもいい程に愛し合っていること。そして、もう一つの条件が、対等な立場の関係に有ること。

 好きと言う感情は、嫌いと言う感情と隣り合わせだから、大好きな人間と居る時ほど、感情の起伏が激しくなる。でも、自分と対等な関係でなければ、喧嘩にならない。好きでも尊敬する人とか、片思いの人とか、負い目がある人とか、養ってあげていると考えている人なんかでは、喧嘩は起きない。当然、好きと思っていない人とも、喧嘩は起きない。対等な関係で、かつ、好きと言う条件が揃った時は、感情が高ぶって喧嘩が起きやすいと言うのが彼の説らしい。

 という事は、母はあの人を大好きで、対等視しているから、こうあってほしいと期待して、互いが自分の主張を押し付けあって喧嘩になる。でも、互いに深く愛しているから、冷静になると、また大好きになる。その繰り返しで喧嘩ばかりしている。

 一方、パパとは、養ってもらっていると言う負い目と、歯科医であり、かつ立派な実業家という尊敬の念で見ていたから喧嘩は起きない。確かにそうかもしれない。

 そして、それは私の場合にも当てはまる。喧嘩せずに仲が良いと誤解していたのも、私が上位の立場であいつを見ていたから。二股掛けていると分かっても、怒りと言うより、それを見抜けず溺愛した自分が情けなかった。別れも喧嘩別れでは無く、結婚を迫ったら彼がどういう行動にでるかの確認にあった。

 確かに、この説は真理なのかもしれない。

 でも、あの男は天才技術者であって、哲学者でも心理学者でもないだろう。

 そう思っていたのを見透かされたのか、母が説明してくれた。

「あの人は、とても不器用で子供の様な人なの。なにかに夢中になると、それだけしか頭になくなる。そのことだけを全力で考える。ハナダに居た時は、ロボットの事だけを真剣に考え、ハシモ開発に不可欠だった伝説の技術者になった。絵を描けば、ルノワールもびっくりする程の芸術家になる。秘密を探れと言えば、企業秘密でも探り出す名探偵になる。このオルゴールだって、専門家が不可能と投げ出したのに、夢中になって直して仕舞う凄腕の時計職人になる。彼は私の想像を常に超える解答を出してくる人。あなたはバカにしているけど、本当に凄い人なんだから」

 すっかり、愛する乙女だ。

「さっきも大人になれなくて、私の目の前で、失礼なことを言ったでしょう。でも、それは純粋で不器用な子供だから。きっと、今頃、自分の感情と真剣に向き合っている。彼の事は良くわかっているし、私は何を言われても彼を信じているから平気。ついムキになっちゃって、あなたに心配させちゃったわね。御免なさい」

 仲がよく、信頼している事は良く分った。

 部屋に戻り、あいつとの関係をもう一度考えた。

 母と一緒に居ると、あんな男に傷心している自分が馬鹿みたいに思えてくる。帰ってきて正解。彼と別れて正解とはっきり結論が出た。あんな男は忘れて、新たな恋をしよう。年齢的には、もう次で最後。母と義父の様な関係は嫌だけど、パパとママの様な幸せな家庭を持ちたい。

 母の幸せそうな顔を思い出し、そう切望した。



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