8、敵、そして自分自身をかわいがるということ
奈美子、負のループにはまってしまいました。
午後から2時半まで、私は仕事に集中した。
ミスなく確かな数量を並べたし、在庫管理もばっちりだ。
これなら、やっていけそう。
こんなきっちりした仕事をしていれば、加藤さんもきっと認めてくれるだろう。
手ごたえがあったことが嬉しくて、私の口元はほころんだ。
今日、加藤さんは「調味料」の担当だったはずだ。
私は、自分の持ち場を離れて、加藤さんの姿を探した。
どんな仕事ぶりなのだろう?
興味があった。
加藤さんは、黙々と仕事をしているイメージ。
てきぱきと、手を動かすそんなイメージだ。
けれど……私は首をかしげてしまった。
斎藤さんと笑いながら、少女のようにうきうきと楽しそうに仕事をしている。
“なんだか、とても楽しそう。でも、どうして一人で仕事をしていないのだろう?新人の私だって一人でしているのに”
訳が分からない。
あとで聞いてみよう。
小畠さんかチーフか、齋藤さんか。
斎藤さん……。
加藤さんと仲が良いのは予想がついていたけれど、あれではその間に入る隙などまるでないではないか。
それなのに、斎藤さんは私に、「加藤さんとのこと、チーフに話しておきましょうか?」というようなことを持ちかけてきた。
でも、加藤さんとの関係を見る限り、きちんと中立の立場で話してくれたかしら?と疑問が浮かぶ。
私は、心配性だ。
物事をすぐに悪い方向へ最悪な方向へと考える性質だ。
いったん、そのループに入り込むと、とことん疑惑が増大してしまう。
斎藤さんにも、あまり近づかないようにしよう。
それが、私が無限ループにすっぽりはまる前に、なんとか前向きに出した結論だった。
近付かない、よけいなことを話さないだけ。
無視をしたり、悪口を言いふらしたりするわけではないのだから、大丈夫。
最低限の自分を守るための手段よ。
こんな風に、私はとうとう自分の中で、無意識に壁、否、敵を職場に作ってしまった。
あの時はそうではなく、自分を守るための自衛手段として、常識の範囲内で人間関係の距離を置いただけかと思っていた。
が、自分の心を突き詰めて考えてみると、加藤さんは私を無視して傷つける人、斎藤さんは無視はしないけれど要注意人物として、私の心の中では「自分にとって嫌な人物」としてすでにこの時に認定していたのだ。
そんな人間が、いくら笑顔で寄ってきても、「この人に傷つけられるかも」という警戒心や恐怖感をこちらが持っていることを敏感な人は気づくし、決して良い人だなんて思わない。
友人として、いや仲間としてさえ拒否する人さえいるだろう。
私の心と身体の不調は、職場に心の中で「敵」を作ってしまってから始まった。
その後、どんなに取り繕っても、私の心は加藤さんを「人を無視する人間ができていない人」「人によって態度を変える人」としてしか認識できなくなった。
もし、あのままスーパーに勤めていたとして、加藤さんの良い所を知ったとしても、加藤さんが私の人物像を改めない限り、私は苦しんだだろう。
あれから、約1か月たった今、自分の当面の課題として、そのことに関して自分を変えようと努力している。
もう二度と、家族に心配をかけないように。
そして、どう思われようと、しっかり自分の良い所を伸ばして挽回できる強さを持って、自分自身をかわいがってあげられるように。
今回もお読みくださり、ありがとうございました。