7、噂話
不穏さが本格的な動きとなってきました。
このままではいけない。
気持ちを切り替えなければ。
加藤さんは、仕事をがんばる人。
ならば、仕事で挽回しよう。
私は、午前中一度のミスもせずに、仕事をやり切った。
終わった時、「やったー!」と心の中で、叫んでしまった。
これが仕事の充実感。
パートだろうとなんだろうと気持ちがいい。
ふと思った。
聡は、私なんかより責任のある大きな仕事をしているから、きっとやり遂げた時、すごい充実感だろうな。
私は、休憩室に入った。
誰もいない。
ほっとして、席に着く。
この職場は、自分の持ち分の仕事が終われば、自由に休憩をとっていいことになっている。
お昼の15分前だから、このまま今日はお昼突入だ。
夫が仕事中には、邪魔をしないようにめったにラインのメッセージを送らない私だが、今日はちょっと気が大きくなって送ってしまった。
「仕事、完璧にコンプリート!パートだけどね」
お昼まで既読にならなかったけれど、充実感が私の気持ちを幸せにしていた。
お昼、夫からラインが来た。
「午後からもがんばれよ!」
あと7日で本社から県外の支社へ栄転する夫。
忙しいであろうに返信をくれた。
嬉しくなって私は締まりのない顔になりながら、お弁当を広げた。
そのころには、5人のパートさんが休憩室にいたが、私は聡にラインを送った後、手持ち無沙汰だったため、スマートフォンのアプリでニュースを見ていた。
私の悪い癖。一つのことに集中すると周りが見えなくなる。
だから、スマートフォンのニュースサイトは今まで休憩室で見ることはなかった。
夢中になって、仕事に遅れたり、人と話すチャンスを逃したりしかねないからだ。
でも、その日は一人だけだったということで油断した。
私は、自分以外の5人がそれぞれのランチを広げながら、私に視線を投げているのにやっと気づいた。
やってしまった。
お疲れ様をいうタイミングを逃した。
私は、慌てて「お疲れさまでした」と5人に頭を下げる。
5人とも軽く会釈してくれたが、言葉を返してはくれなかった。
“私は、そんなに人から受け入れられない性格になってしまったのだろうか”
学生時代は、決して多くはないけれど、常に気の置けない友だちが周りにいてくれた。
栄転する夫だって、「奈美子は寂しがり屋だから、友人もいない知らない土地に連れていくのは忍びない」と単身赴任にするくらい、私は狭いけれど濃い友人関係を築いてきたのに。
私は、小さくなりながらお昼を食べた。
その内の3人が小声で話をし始めた。
「ね、皆が言っているようには見えないでしょう」
「おとなしそうで、確かに人を馬鹿にするようにはみえないよね」
「う~ん。見た目ではわからないよ」
「でも、間違いないみたい。チーフも言っていたもの」
「じゃあ、加藤さん、怒るよね。息子さんのこともあるしね」
私は、加藤さんという単語をきいて、びくっとした。
もしかして、私に関係があることなのだろうか?
でも、チーフとか息子さんって言っていたし、加藤さんに息子さんがいることなんて初めて知ったもの。私が怒らせられるわけがない。
それに、チーフとの関係は悪くないし、ましてや人を馬鹿にしたことなんてないわ。
私のことではない、そう判断した。
でも、やっぱりあんな風に、色々な人の噂が広がっていくのね。
しかたないけれど、なんだか気持ちが落ち着かない。
いやだなぁ、私やっていけるかなあ。
私は耳をそばたてていたが、それっきり3人は黙ってしまった。
奈美子がスーパーを辞めるのは、20話です。それまで、毎日投稿します。そのあとの「家族編」はまた執筆にお時間を頂きます。宜しくお願いいたします。