6、私にだけ
皆さんだったら、すぐに警戒心を解かれますか?
次の日、小畠さんという60代の総菜部門の方が、私に声をかけてきた。
「新しく入った佐竹さんよね。私、小畠と言います。確か、お子さんがいないとか」
いきなり、子供がいないことを話されたので、私は面食らった。
どこから聞いた情報なのだろうか?
私は若干不安を感じた。
あっという間に、話したことは伝わる。
気をつけなければ。
「私も子供がいないのよ。佐竹さんといっしょ」
ところが、そう言って柔らかく笑った小畠さんに、私は警戒心をすぐといてしまった。
加藤さんのことで不安な思いをしていたのもあって、母と近い年齢の小畠さんにあたたかさを感じたからかもしれない。
「小畠さんは、ご結婚していらっしゃるのですか?」
「えぇ、しているわ。年金だけではとても食べていけないから、こうして働いているのよ」
「今は、年金額が減っていますものね」
「佐竹さんは、どうして働いているの?」
「私、ずっと専業主婦で。でも、子供もできなかったですし、なんとなく家にいても気持ちが塞ぎがちになってしまうので、パートに出ようと思ったんです。パートで社会人経験とか大げさかもしれないですけれど、新たな経験も積みたいと思いまして」
「そうなの、うらやましいわ、経済的に余裕がなくて働いているのとはちがうのね。家は経済的に苦しくてね」
「そうなんですか。私は経済的には大丈夫なのですが、なにせ人間関係に自信がなくて苦しみそうです」
「あはは。大丈夫よ。ここは、みんな気がいい人ばかりだから」
私は、加藤さんを思い浮かべて、ちょっといいよどんだ。
“加藤さんも小畠さんから見たら、気がいい人なのだわ”
“きっと、私にだけにあんな態度なのね……”
「佐竹さん、何かあった?」
私は、迷った。
加藤さんのこと、相談してみようか。
「あの小畠さん。加藤さんをご存知ですか?」
「ええ、知っているわ。ちょっと目つきはきついけれど、飾り気がない正直な子で、すごくがんばりやさんよ」
「私、加藤さんに嫌われているみたいで」
「えっ、そうなの?何かしたの?」
「いえ、まともに話したことは一度もないのですけれど、あいさつしても返していただけなくて。私が何かしたいなら、おわびしたいんです」
「そうなのね。私が理由をそれとなくきいてあげようか」
小畠さんは、心配そうな顔をして、私にいってくれた。
私は、齋藤さんの言葉を思い出した。
「取り返しがつかなくなる前に、チーフに相談した方がよいと思いますよ」
目の前に、心配そうな小畠さんの顔。
“斎藤さんの申し出を断ったのに、小畠さんに頼むなんて、できないことよね”
「大丈夫です。もう少し様子をみてみます」
「そう?加藤さんは、仕事に対してすごくまじめに取り組む人だから、一生懸命やっていればきっと認めてくれるわよ」
「はい」
そう答えながら、私は思っていた。
“加藤さんが、いい人にはとても思えない”
私は、皮肉にも小畠さんの言葉で、自分のとげ、反発心に気づいた。
私は、加藤さんをよく思っていないのだわ。
たった2、3度無視されただけだというのに。
私って、なんて心の狭い人間だろう。
私は、小畠さんの加藤さんへの評価がまぶしくもあり、同時に自分の中の苦味となることを感じた。
お読みくださり、ありがとうございました。