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40/42

40、スーパーの前でⅠ

最終回まで、今回を含めて3回です。


次の日、東京へ戻った私は、遅めの昼食を摂った後、本屋へ出かけることにした。

保育士試験の情報を集めるためだ。

本屋はあろうことか、私が勤めていた花丸スーパーの二軒先にある。

すこし気が引けたが、ベニマル百貨店の中に入っている書店はバスで30分と家からけっこう遠い。

歩いて行ける本屋さんの方が参考書を取り寄せてもらうことも考えたら便利だと思い、思い切ってその本屋へ行くことにした。

買い物はあの一件から母に任せっきり。

母も私が勤めていたスーパーには行かず、車で20分くらいの別のスーパーへ行っている。

「大丈夫!」と100パーセント言えないのが、私の今でも抱えている弱さだ。

もし誰かに会ったら嫌だな……。

加藤さんをはじめとして、あの5人の顔が浮かぶ。

そのとたん、心の中に暗澹たる感情が渦巻く。

これは私が眩暈を克服してからも度々感じていたものだ。

自分の心の奥の奥を覗いて、気づいた。

まだすっかり許していないのだ。

そう自覚したとき、雷鳴が窓ガラスを震わせるような衝撃を受けた。

こんな心を持ったまま、子供たちに触れたくない……。

これは正しい願いだろうか。

人は誰しも嫌いな人の一人や二人いるものだろう。

それに子供に関わる仕事でも、人間関係のもつれだってあるはずだ。

しかし、私は恨み辛みの感情を持つ姿を子供たちに絶対に見せたくはなかった。

子供たちには、大きな愛情だけで接したい。

大人の事情による暗い部分は、子供たちの心に影を差させる。

注意する時だって、愛情をもって伝えたい。

負の感情があるとイライラして、感情的に怒ってしまう時だってあるだろう。

だから、自分のどろどろした感情は浄化しておきたかった。

嫌な感情に飲まれそうになる時、私は決まってあの子の、匠君の笑顔を思い浮かべた。

コロコロと笑っていたあの子。

あの時の甘やかで優しい感情が蘇ってくる。

メイクをした自分の顔をしみじみ見てみれば、口許と目許に微笑みが浮かんでいる。

「大丈夫!」そう思えた。

けれど……、その魔法はいつまで続くだろうか?

つい先日の出来事だから、今は魔法にすぐかかれる。

でもこの先、月日が経って、あの笑顔が、魔法が薄れてきたら……と思うと正直怖い。

すると、鏡台の上の聡の写真が目に入った。

無邪気な顔をして、少年の頃を思わせる笑顔だ。

すると、あの夜聡と子供がいないことで話した際の、深い愛情と信頼、幸福な気持ちがすぐに私を包む。

“そうよ。私は一人ではない。辛かったら、聡に話せばいいのだわ”

こんなことで悩んでいる暇はない。

私は意を決して、カバンを手につかんだ。

外に出ると、陽ざしが柔らかく優しい。

「春なのね……」

約3週間前に壊れかけながら、同じ道を歩いて、どうしようもない傷を負った時のことを思い出した。

それでも私の心は静かだった。

眩暈も全くない。

保育士資格を取得すると決めた時の弾むような気持ちはなかったが、自分が確実に前進しているのが分かった。

だから、なのだろうか。

スーパーの前を通って、向こうから加藤さんが自転車に乗ってくるのが見えても、動揺したり隠れたりはしなかった。

ただやはり胸の奥がずきずき痛み始めた。

私からは声はかけない。

会釈するだけにして、通り過ぎよう。

一瞬のうちに、頭で判断する。

そうこうする内に、加藤さんが私に気づいた。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

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織花かおりの作品
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作成:コロン様
― 新着の感想 ―
[良い点] 奈美子が、一つの出来事から新しい夢を見つけて、本当に良かったです…!そして、奈美子が夢を打ち明けたから、聡も自分の夢を伝えてくれて。二人が、描いていく夢に向かって歩んでいくことを祈っていま…
[良い点] まだ傷はかさぶたになったばかり。それでも夢への強い気持ちと、家族の愛情とが奈美子を支えながら、スーパー前を通る書店を選ばせたのだろうと思います。 彼女もどこかで、現実や自分の葛藤と対峙しな…
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