38、那須へ来い
奈美子の夢が広がっていきます。
父と母と夕飯を食べ終わって、父にもベニマル百貨店でのことを話した。
「でかした、奈美子。そうだ。お前は愛情深い子だ。だから保育士になったら、たくさんの子に懐いてもらえるだろう」
「もう、お父さん、気が早いわ」
父は破顔一笑しながら、ビールを飲む。
父がお酒を飲むのは、きまって嬉しいことがあった日。
私の高校、大学の合格の時や結婚が決まった日など、母も心得ていて、そういう日には必ずビールを出す。
「でも、奈美子は先生という職業もあっていると思うぞ。幼稚園や小学校の教諭とかは興味がないのか?」
「そうね、それも考えている。取り敢えず保育士の資格を取得して、色々な道を探ろうと思って……」
養子を取ることは選択肢の一つだが、それはまず聡に報告してから、父と母に言おうと思っている。
「そうか。保育士も先生も残業があって大変な職業だからな」
「そうだよね」
「そうだ。奈美子。院内学級には興味がないか?服部から聞いたんだが、院内学級を近くの大学病院が開くらしいんだ。それも小学校の教諭の資格がいるが、奈美子は3年に編入できるから、2年で取得できる。その後、特別支援学校の採用試験を受けるのもいいと思う」
「お父さん、詳しいね」
「まあな。母さんから奈美子が保育士になる方法を調べていると聞いて、父さんも調べてみたんだ」
私は父の愛情に心がじんわりした。
「お父さん、ありがとう。院内学級か。確かにやりがいがありそうだわ」
匠君の温もりを思い出して、あの子と同じ温もりを持つ子たちが病院に入院して学校へ通える日を待っているかと思うと胸が締め付けられた。
私は聡のお陰でお金には困っていない。
だから、ボランティアだって良いのだ。資格を持っていれば、ボランティアもできる確率だって上がってくる。
「奈美子。そろそろ聡さんが帰った頃じゃやない?電話したら?」
母がいたずらっ子のように笑う。
「きっとあまりの変化に驚くわよ~」
私はその言葉に少し顔を赤くした。
「ずっと心配かけてごめんなさい」
「いいのよ。さっ早く聡さんの所へ」
「はい」
私はそのまま部屋に入った。4日前まで聡がいた部屋。
机に腰かけて、スマートフォンを手に取る。コール音がたったの2回で聡は電話に出た。
「もしもし、奈美子?俺も今かけようとおもっていたとこ」
「聡。今日も仕事お疲れ様。どんな一日だった?」
「奈美子。なんかあった?なんだかすごく明るい声だ」
「聡に話を聞く前に、私の話をしちゃうけどいい?」
聡も思い切り明るい声で答えた。
「もちろん!」
私はベニマル百貨店でのことを自分の思いがどう変化したかを交えて話した。
聡は頷きながら聞いてくれた。
そして、資格を取得して、子供に一生関わっていきたいことを話すと、涙声になった。
「ずごいぞ、奈美子。俺も応援するからな」
「ありがとう。いろいろこれからも調べてみるわ」
「なんでだろう?無性に奈美子に会いたくなった」
「私も。今すぐ聡に会いたい」
今は夜の10時。
終電までは時間があるが、那須までいくのは難しい。
「奈美子。明日那須へ来いよ」
「え?」
「話したいんだ。これからのことたくさん」
「聡……ありがとう。うん、明日那須に行くわ」
じんじんと熱いものが胸に流れてくる。
「明日、半休を取るから、お父さんとお母さんも一緒に」
「お父さんとお母さんも?」
「そうだ。家族の将来を話すんだ。当然だろう?」
自分の親をこれだけ大切に思ってもらえて、嬉しくない妻がいるだろうか。
「分かった。明日ね。お父さんとお母さんにも言っておくわ」
「うん、明日な。お休み」
「お休みなさい」
明日、私は那須へ行く。
つい5日前まで、人に会う事さえ躊躇していた私が、心弾ませて那須へ行くのだ。
本当に人生なんてどうなるか未来のことは誰にも分からない。
ならば精一杯家族とともに生きよう。
そんな前向きな気持ちは、不妊治療を終了した後からなくなったように思う。
子どもを授からなかったという現実を受容し、それでも笑って今を生きようとする私がやっとここに誕生したのだ。
人は誰もが足りない部分を持っている。
しかし足りない、かけた部分には、他の素敵な何かが入ってくるものなのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は明日の予定を父と母に知らせるために、リビングのドアを開けたのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!