35、希望の芽生え
今回は短めです。
私も誰かに、家族以外の誰かにも必要とされたい。
香山先生と話した後、私は真剣に思い始めていた。
仕事がうまく行かなかったのは、もとい人と関われないのは、子供がいない悲しみを未だに引きづっているから。
そして、『偽善者』の烙印。
偽善者と呼ばれたことは、自分が人への誠実な思いやりを持てるよう努力すればなんとかなるかもしれない。
でも……。
私はチーフの顔を思い浮かべた。
『他人に善意を押し付けるのは、偽善です』
あの時、私は自分がどうして偽善者と呼ばれたのか分からなかった。
結局最後の話し合いでも、そこまで話が行かずに、辞めることになった。
でも、今なら分かる。
高校生の時、好きでもない男の子にやんわりと断っても断っても好意を押しつけられた時、なんて自分勝手な人って思ったもの。
私もそれと同じことをしていたのだわ。
わたしはがっくり落ち込んだ。
『偽善者!』
あの鋭い声を思い出して、またあのふらりとした感覚を味わう。
でも、香山先生との柔らかな時間と聡や家族の温かな時間が、私をすぐさま前向きにした。
対策はとれるではないか。
自分の思いを他人ファーストにすればいいのだ。
理想は自分も他人も幸せだけれど、私の場合自分のことは可愛がる傾向にあるから、他人の思いを尊重するくらいでちょうどいいのかもしれない。
いつも相手の立場にたって考える。
相手が嫌がったら、相手を慮ってさっと引くことも必要。
そしてこちらの気持ちも伝えるべき時に勇気を出して、言葉を選んで伝える。
それができれば、これから人間関係は劇的に良くなるはずだ。
あの時加藤さんにどうして無視するのか理由を聞けていたら……。
あの話し合いに至る前に、自分の気持ちを、疑問点をつぶさに伝えられていたら……。
きっと違う結末を迎えていた。
そうではないわね。
私は頭を振った。
あれは振り返るのではなく、スーパー側の問題だったことも含めて、そこから学んだことをお互いに今後生かしていくべきことだ。
後悔せずに、反省し、前へ進もう。
この思考は、私をもとてつもなく明るく爽やかな気持ちにさせてくれた。
自分自身で誰の助けも借りないで、一つの解決策へと導いた思考だったからだ。
私の周りには、いつも的確なアドバイスをくれる人が側にいた。
子どもの頃は父と母、中学時代は恩師、高校時代は美佐子、大学時代は聡やゼミの教授。
いつも悩むと彼らが相談に乗ってくれた。
だから一から自分の力で解決した経験がなく、社会人経験もない私は自分をよい歳になっても半人前と思うきらいがあった。
でも、やっと私は『偽善者』から脱する心の在り方に自分で辿り着けた。
間違っていてもいい。
間違ったと分かった時に、軌道修正をすれば良いのだから。
このときの気付きを境に、私は軽いめまいも感じなくなった。
私は本当に少しずつ強くなってきたのだと思う。
そんな時、私はあの子に出会ったのだ。
私の人生を180度変えてしまったあの子に。
そう、ここからすぐ先の百貨店で。
あの子の笑顔は、今でも目を閉じると私の瞼の裏に浮かんでくる。
私はそこから生きる力を完全に取り戻したのだ。
そして夢までが私の下へ来た。
あの子を思う度、心に甘い感覚が甦り、私は多少の困難があっても今挫けないで済んでいる。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!