33、カウンセリングの先生Ⅰ
奈美子が癒されていきます。良かったね、奈美子。
香山先生は、本当に祖母に似ていた。
特に笑った顔が、優しくて品があってそっくりで、私の心を落ち着かせた。
予約は次の週の木曜日に取れた。
「私が臨床心理士を取得していないせいか、お客様がほとんどいないの」
そう言って、フレーバーティとクッキーを出してくれながら、香山先生は笑った。
「そうなのですね。でも、民間の資格も難しいのでしょう?」
「いいえ。通信講座で半年もあれば取れるのよ。ここは誰かに話を聞いてほしい人に集まってほしかったから、話を聞く職業ってカウンセラーしか思いつかなくって。でもね、通信の大学で今心理学を勉強しているの。臨床心理士も取得しようと思っているわ」
「一生学び続けられるなんて、尊敬します」
「あらあら、自分の話をするなんて、カウンセラー失格ね」
「いえっ、私こんな感じでお話を進めていただきたいです。こういうのを求めていたのです。でも、ちゃんとお代は払いますので、どうかこのままおしゃべりさせてください。カウンセリングなんて、心の傷を意識してしまって窮屈なのです。それに、大学の大先輩とお話できる機会なんて、滅多にないですもの」
「そう?私カウンセラーよりおしゃべりサロンでも開いた方が良いかしら?」
柔らかい笑みに、また祖母が重なった。
「ところで、聞いてほしいお話があったから、こちらに来られたのでしょう?」
「はい。どうぞ大学の、人生の大先輩としてご助言ください。単刀直入にお話しますね。私。子供がいないのです」
「あら?それは奇遇。私もよ。ついでに結婚もしていないわ」
「そうなのですか。先生は寂しさを感じたことはなかったのですか?」
「私は……そうね。今寂しいから、こんな職業を選んだのかもしれない。でもね、若いころから毎日が充実していたのは、本当だったわ。毎日生きるのに必死で、そりゃ辛いこともあったけれど、それを超えるやりがいと生きがいがあった。私フライトアテンダントだったのよ。海外を飛び回って、後輩を育成して、楽しくって。いつの間にか寂しさは紛れていたわ」
「夫と同じです。夫も仕事をしていると充実していて、子供のいない寂しさは薄れていったって。でも、私は……ずっと専業主婦で、何の取柄もなくって……。仕事も一週間しか続かなかったし、人間的にも問題があって……そんな風に考えられないのです」
香山先生は、そっと私の目を見て、優しく笑った。
「まず整理して一つ一つ考えていきましょう。まず充実した仕事をしているから、寂しさが薄まるのではないと思うの」
私はじっと先生を見て、次の言葉を待った。
「誰かに必要とされている感覚が、寂しさを薄めるのよ」
確かにそうだわ。私ははっきりとそれを肯定した。
聡に大切にされ、必要とされ、愛されていると改めてしっかり確認できた後、私の心は驚くほど強くなった。
「そうだと思います」
「佐竹さんも仕事にこだわらずに、色々なことに挑戦されたら?習い事だっていいと思うわ」
私は自分の悲しみがどれだけ人に悪影響を与えたのかを、香山先生になら言える気がした。
「私、子供のいない悲しみで人に気をひどく使わせてしまって、1週間で仕事を辞めたのはそれが理由です。私の負のオーラは、どこまでも強くて」
香山先生は、私の手の上にそっと自分の手を乗せた。
「私はあなたのしっとりとした、寂しげなものをちゃんと知っている雰囲気に、安らぎを覚えるわ。そういう人もいるのよ。職場の人たちの感覚が全てではないわ」
私の目頭が熱くなった。
「そうでしょうか。私と親交を深めたいと思う人もいるでしょうか?」
「いるに決まっているわ。きっとご友人だっておありでしょう?」
「はい」
「それなら、何も思い悩むことはないわ。あとは打たれ強くなるだけよ」
「確かに私打たれ弱いかもしれません。すぐに不安になって、悪い方悪い方に考えてしまって……」
「それには前向きな明るさが一番効くの。人に自分の存在を必要とされている感覚が、そこでも役に立つわ」
私はそこに一縷の望みを見出した。
変わりたい!
聡のために、父と母のために。
そして自分の幸せのために変わりたい!
そう願いながら、私は香山先生に出会えた幸運を嚙み締めた。
お読みくださり、ありがとうございました!