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32、父の提案と母の想い

奈美子のおばあちゃんは、本当に優しい人でした。奈美子も大好きでした。

その夜聡を駅まで送った帰り、父があるチラシをどこからか見つけてきた。

『香山カウンセリングルーム』

「奈美子、心療内科にまだ行きたくないのなら、こういったところはどうだ?」

そこには、高年の優しそうなおばあちゃんの顔があった。

「あっ」

私と母が同時に声をあげる。

父は「なっ」としたり顔だ。

「おばあちゃんに雰囲気が似ている」と私が言うと、

「ほんと。そっくり。お母さんの写真にもこういう笑顔があったわ」と母。

そう香山先生は、私の母方の祖母ととてもよく似た顔だちをしていた。

「どうだ?この人なら話せそうじゃないか?」

父が笑う。

母が素早く経歴を見る。

「あら?この方、奈美子の出身大学と同じ、花山女学院だわ」

「あっ、本当だ。でも、花山女学院に心理学部はなかったはず……」ともう一度チラシをみると、そこには臨床心理士の資格ではなく、民間の資格でカウンセリングルームを開いているという文言があった。

「心理学部を出ていないのに、大丈夫かしら?」

母が心配そうに、私の反応をうかがった。

チラシには、お気軽にお話をお聞きしますと書いてある。

「お母さん、私こういう所がいいの!大学の先輩だし、私この方のカウンセリングルームに行ってみるわ。幸い眩暈も軽くなってきたし、今なら行けると思う」

「そうね。奈美子がそういうなら、それでいいわ。予約を早めにとるといいわよ」

母は、穏やかに笑った。

私はほうっと息を吐いて、ずっと気になっていたことを聞こうと思った。

「お母さん、私の働いていたスーパーへ行ったとき、どんな気持ちで行ったの?」

「なあに、突然。でしゃばったこと、怒っている?」

「ううん。怒っているというより、もう40にもなる子供の尻拭いをさせられて、お母さんが恥ずかしくて辛くなかったかな?と心配しているの」

母は、私の顔をじっと見た。

「あの時……。こんな年の娘を心配して、何をやっているのか、と思われるなんてこれっぽっちも考えなかった。ただ奈美子があんな風になった原因が分かれば、治る、ううん、治してみせるって、強く思っていた。多分、金山さんにもその思いが通じたんのね。呆れることなしに、真剣に話を聞いてくれて、謝ってくれたわ」

「チーフは……金山さんは、私の状態を知っているの?」

「詳しくは話さなかったけれど、体に不調が出たことはお話したわ」

私はほっとした。

「私が話せていれば、お母さんがスーパーへ行かずにすんだのよね。ごめんなさい」

「それについては、金山さんが仰られていたわ。娘さんの傷を考えると、娘さんのお話からではきっとご自分を責める言葉が最初に出てくると思います。すると、話が違ってきてしまう。今ではあちらも悪かったと思っているそうよ。お母様に話せてよかったですとも仰っていたわ」

私はしばし黙った。意外だったのだ。

「奈美子の良さの一つは、自分を心から反省できるところ。そういうの、きっとスーパーに人たちも認めているわ。だから、奈美子、自分に自信を持ちなさい。そして、早く子供のことは乗り越えて、心からの笑顔を取り戻しなさい」

“そうね”

今までの私ならば、そう答えただろう。

でも、ここまで私のためにしてくれた母の思いを知ったら、しんどくても誠実に応えようとしている自分がいた。

「スーパーの人たち、私の悲しみにあてられたって。それくらい、私の悲しみは深い。子供がいない悲しみを越えるなんてできそうもないわ。多分一生抱えていくことになると思う」

「奈美子の悲しみの深いのは、私たちも知っている。でも、今は子供のことで頭がいっぱいだろうけれど、聡さんがあなたにとって一番大事な人よ。これだけは忘れないで」

そこまで話すと、車が家に着いた。

“聡も同じことを言っていた。そして、充実した仕事を任されて、その達成感で子供の悲しみが薄れたとも。でも、私は仕事ができないし、人と会うのさえこの悲しみで悪い影響を与えてしまう。どうすればいいのだろう?”

ふと服部先生の顔が浮かんだ。

私がどうであれ、豪快に笑った服部先生の顔が。

私の悲しみに毒されない人もこの世にはいるのだ。

香山先生はどうだろう?

カウンセラーになるくらいだから、大丈夫よね?

そう思いつつ、私は救いを求めるように、香山カウンセリングルームの電話番号を打っていた。


お読みくださり、ありがとうございました!

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作成:コロン様
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