31、独りじゃないという感覚
奈美子の気持ちが明るくなってきました。
朝、聡の腕の中で目覚めた。
聡の温もりに思わず口元が緩む。
「奈美子、起きたのか?」
私の目覚めるのをわざわざ待っていてくれたのだろう。
聡がはっきりした口調で言った。
心の中に喜びが広がって、私は久々に明るい気持ちになった。
「おはよう。今日は大分気分がいいわ」
「それは良かった。今日、那須に戻らなくっちゃいけないのが残念だ」
そうだ。聡は那須へ行ってしまうのだ。
暗いものが一瞬よぎったが、昨日の余韻がそれを押しとどめてくれた。
「大丈夫。何かあったら、すぐ聡に話すし、頼る。心配しないで行ってきて」
そう言うと、嬉しそうに目を細めた。まるでつきものが取れたような笑顔だ。
「分かった。もう昼だ。奈美子、起きられそうか?」
「うん。大丈夫そう」
私たちは新婚夫婦のように手を取り合って、ベッドから出た。
昨夜から私の心の中に、聡がより強く住みいった気がしていた。
今も子供が欲しかったという思いは変わらないし、考えると胸が痛む。
しかし、私は愛されている、どんな時も独りじゃないという感覚が、とても自分をどっしりと強くしてくれた気がする。
そして、昨夜の聡への尽きることのない愛情を改めて確認できたことで、子供のことを思うたび、その愛も思い出し、心がとても軽くなった。
着替えてキッチンに行くと、母がサンドイッチを用意して待っていてくれた。
私の顔を見て、花が綻ぶように笑った。
「良かった。奈美子、昨日よりずっといい顔になった。ううん。スーパーに勤める前と比較してもずっと良い顔になったわ」
「え?ほんと?」
そこまでとは。
夫婦の絆を確かめ合っただけで、こんな風になれるの?
私は改めて驚いた。
「さぁ、聡さん、食べて。コーンポタージュもあるわよ」
「ありがとうございます。中年の胃が欲するものを、お母さん、分かっているなぁ」
「うふふ。通ってきた道ですからね」
母の声も聡の声も明るい。
私が少し落ち着いただけで、こんなに家族の会話が明るくなるなんて。
私はまた申し訳なくなったが、努めて明るくいった。
「家族のお陰で、こんな穏やかな気持ちを取り戻せたわ。ありがとう」
不安がなかったわけではない。
またあの負のループに取り込まれる可能性だってあって、正直怖かった。
何せ一週間で私はあんな風になってしまったのだ。
でも、せっかくのこの家族の雰囲気を壊したくはなかった。
『偽善者!』
矢作さんと加藤さんの声が聞こえたような気がした。
とっさに身構える。
軽くふらりとした。
そうだ。
子どものことは聡と乗り越える決意をしたけれど、偽善者に裏打ちされた自分の性格の問題はそのまま残っていたのだわ。
そう考えて暗い気分になりそうになるが、独りじゃない、家族から愛されているという感覚、自分も家族を愛しているという強い気持ちが、私の眩暈を軽くしてくれた。
倒れるほどの眩暈を感じることはなくなり、すこしふらりと感じるくらいだ。
私はこの時から遠くない未来に、完全に眩暈から脱する。
そして、家族に時と所を選んで、自分のずるさや偽善者的なところ、人の言葉にすぐ飲まれてしまうところなどを素直に伝えられるようになった。
いよいよ私が真に輝きを取り戻すときも近い。
お読みくださり、ありがとうございました!
ご心配おかけしましたが、奈美子にようやっと復活の兆しです。
奈美子はあの性格なので、明るい兆しの割にあんな口調ですが(笑)、それでも気持ち的には楽になったはずです。
また次回もお付き合いいただければ幸いです。




