29、聡と話すⅠ
スーパーでの1対5の話し合いでは明らかにならなかった全てが語られます。
私をベッドに寝かすと、聡は椅子を近くに持ってきて、私の手をにぎった。
私はそんな行動から、聡の覚悟を知り、私もまた話す覚悟をした。
「私、子供ができなかった悲しみでスーパーの人たちを苦しめたの」
「………」
「そして、自分のことしか考えられない偽善者なの」
「………」
聡はおもむろに口を開いた。
「スーパーのことは、奈美子はスーパーで言われたほど悪くないよ」
「それは聡が私の夫で、私の味方だから、そう思うだけよ」
「それは違う。客観的に見ても奈美子は悪くない」
「どうして?」
「お母さんも俺と同じことを思って、きちんと金山さんという責任者に伝えてきた」
「………」
「金山さんも分かって謝ってくれて、きちんと今後の対応に生かすそうだ」
私は目を白黒させた。
「まず、責任者は加藤さんという障害者枠で雇用した人の情報を奈美子に入れなかった。それは間違いなくあちらのミスだ」
“確かにそうだわ。私も加藤さんの情報を最初から知っていたら、誰でもできる仕事なんてことは口にしなかったかも……”
そこまで考えて、ヒヤリとした。
いいえ、そうじゃない。
私は加藤さんのことを知っていても、簡単な仕事だからこの仕事を選んだという気持ちは変わらなかった。
それをパートさんたちの前で、加藤さん以外の誰にも一度でも口に出さないという保証はなかったわ。特にミスした時などは……。
またヒヤリとした。
それに、私は障害のことを聞いても、きっと声を積極的にかけようとした。
「でも……」
そう言おうとした私を聡の言葉が制した。
「奈美子が加藤さんに声をかけたのは挨拶。挨拶するのは常識の範疇だ。何も個人的に親しくしようと、プライベートなことをたずねたわけではないし。それなのに『偽善者』なんてことまで言われる筋合いはない」
私は改めて聡を見た。
聡の静かなでも温かみのある目が私を落ち着けた。
「お義母さんがそう言うと、金山さんが『本当にそうでした。重い障害を抱えている従業員のストレスにならにないように力を入れすぎて、佐竹さんの立場が見えていませんでした。申しわけございません』と言っていたそうだ。いくら障害者だからと言って、挨拶されただけで不満を持つ。そちらの方が問題に普通はなる。あの職場は福利厚生と障害者雇用に力を入れているそうだが、基本的なことがなっていなかった」
「コンプライアンスを遵守する意識にも問題があった。奈美子が面接のとき、この仕事ならできそうだというようなことを言ったのが歪んで加藤さんという従業員に伝わっていたそうだ。面接の責任者が奈美子に期待するあまり、大口をたたいたのが原因だそうだよ。その点もお義母さんが指摘してくれたよ」
「私に期待?」
「そう。あちらは大卒の奈美子に期待していたみたいだ。簡単にこなしてくれるだろうから、ゆくゆくは商品補充のリーダーにと」
聡は私の頭をポンポンとして、笑った。
私がリーダー?
スーパーの人たちは、そんな気持ちで私を採用してくれていたの?
あの時、スーパーでの話し合いの時、私がもっともっと冷静でいられたら、そういった話やなぜ偽善者だと言ったかということまで聞けたのかもしれない。
いいえ、無理だったわ。
あの時の私では、あそこで辞めてくるのが精一杯。
でも期待されていたのね。
その期待も裏切ってしまった……。
それにスーパー側が加藤さんに情報を漏らさなくても、私、簡単な仕事だと言ってしまっていたわ。
そうだもの、その事実が話し合いの時に分かっていたとしても、私はお母さんと違って何も言えなかったわね。
私は泣きそうな顔で聡を見た。
加藤さんのことを思い浮かべる。
加藤さんが私を最初から気に入らなかったのは、スーパー側が加藤さんに情報を漏らしたのが原因だったのか。
言動は面接の時から気を付けなければならない。
就職活動をしたことがない私は、そこら辺の常識が欠如していた。
でも、その後の言動もいけなかったわ。
「もう少し仕事に真摯に向き合っていたらよかった。本当の意味での謙虚さを身に付けたい」
その呟きに聡は気づかわし気に声を出した。
「簡単な仕事だと思うのは仕方ないが、それを人前では言わない方が良かったな。でも一つ人生勉強になったじゃないか。でも、ただそれだけであそこまで怒るのはやはり障害のせいなのだろうな」
私は頷きながら、加藤さんの顔を再び思い浮かべた。
私は障害のこと、何も分かっていなかったわ。
きっと他のパートさんたちは加藤さんと働く上で、気持ちの面でも配慮していたのだろう。
そして、あの時の自分のことも思った。
綿貫さんに取り入ることに必死で、謙虚さの陰にかくれて卑下した自分を。
そんな私だもの。
トラブルを起こしたことは、必然だったのかもしれない。
けれど、私の言いたいことは母が代弁してくれた。
聡の握る手の温もりに母を思い、ただただ申し訳ないような、絶望の淵から生還したような、複雑な気持ちだった。
ただ情けないとは思うけれど、ほっとしている自分もそこにいた。
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