28、家族にばれた
いくつになっても親は親なのかもしれません。
あれからどれくらい経ったろうか?
目覚めると、部屋は真っ暗で、カーテンが閉まっていた。
“私、何時間も寝入ってしまったのだわ”
慌てて隣のベッドを見るが、聡の姿はない。
私は暗闇で迷子になった子供のような気持ちになった。
まるでこの世界で一人ぼっちみたいだ。
私はそろりとベッドから降り、リビングに向かおうとした。
ドアを開けると、リビングのテーブルに深刻な顔をしてうつ向く聡と父と母がいるではないか。
ただならぬ雰囲気に、ものすごい不安が襲ってくる。
“こんな時に何があったの?もしかして聡の仕事に何かあった?”
私は声を絞り出した。
「どうしたの?何かあったの?」
聡がはっと気づいて、私を見る。その目には悲しみが宿っていた。
「奈美子。起きて大丈夫か?」
はっとするほど優しい声。
でも、私は気が気ではない。
「聡。何かあったの?」
聡は、立ち上がって私を抱きしめた。
「ごめんな、奈美子。何も分かってなくって」
私は戸惑った。
「どうして聡が謝るの?聡は何も悪くないのに」
すると、母が鼻をすすって、話し始めた。
「奈美子。奈美子に怒られるのを覚悟で、お母さん、今日花丸スーパーへ行ってきたのだよ。何があったかチーフの金山さんから、色々聞いてきた」
「え?」
殴られたような衝撃が走る。
「奈美子がスーパーでどんな扱いを受けていたか、教えてもらってきた。父さんにも聡さんにも話した」
私は崩れ落ちそうになる。
中年のよい年の娘のために母が動いた。
最初に感じたのは恥ずかしさ、母への怒り……ではなかった。
老いが見え始めた母親にどれほど負担をかけてしまったか。
もう四十路になろうとする人間の問題に、親を介入させてしまった。
情けない。私は生きている価値などないわ。
心に自分への激しい怒りが込み上げてきたが、すぐに悲しみになる。
ごめんなさい、お母さん。恥をかかせてしまって、ごめんなさい。
ぐったりした私を聡が力強く支えてくれた。
それが頼もしくて、“あぁ、私は一人ではないのだ”と、場違いなことを考えたが、聡が内心スーパーでのことをどう思っているのかを想像し、ひやりとした。
「奈美子、辛かったな」
父がそうつぶやいた。
私は、泣きそうになるのを必死で堪える。
スーパーへ母が行った。
ということは、スーパーの人たちに私の今の状態が知られた?
しかも、この歳になって親の力を借りるなんて、なんと思われただろう?
私は口をパクパクさせたが、あまりのことに言葉が出てこない。
「お母さんが奈美子の気持ちを話したら、分かってくれたよ。謝ってくれた」
また崩れ落ちそうになったのを、聡がまた受け取めてくれた。
「奈美子。母さんもあなたの本当の悲しみを何も分かっていなかった。ごめん」
母が謝ったところで、聡が口を再び開いた。
「お父さん。お母さん。ここからは二人で話します」
「そうね。それがいいわ」
母は疲れた顔で笑うと、父と一緒に寝室へ行ってしまった。
私はどうしてよいか分からず、自分の呼吸の音と聡の心臓の音を黙って聞いていた。
「奈美子。眩暈がするといけないから、俺たちも寝室に行って話そう」
これから恐らく、夫婦の根幹にかかわる話をする。
しかも、自分があれだけ家族にどう思われるか不安で、言わなかったこともばれてしまった。
それなのに私の心は、どこかほっとしていた。
聡の声が表情が瞳が仕草が温もりが、全て私に優しかったから。
軽蔑されるなんてどうして思ったのだろう?
聡に抱きかかえられながら寝室へ向かった私は、
「聡、ありがとう」
そう静かに呟いた。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。