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25、決意

眩暈に苦しんで、医者に行けないと苦しんで、奈美子が出しだ決断とは?


それから週末まで、母の医者へ行こうという誘いをなんとか体調不良の言い訳で断り続け、いよいよ聡に会いに那須へ行く時が来た。

うきうきするような高揚感はなく、戦場へ赴くような緊張感に包まれている。

聡に心配をかけたくない。

せめていつもより元気がないくらいに思われたい。

でないと、新天地で大変な思いをしている聡に負担をかけてしまう。

鏡の中の自分を見たとしたら、そんな思いは一瞬で吹き飛ぶくらいのことさえ分からずにいた。

それくらいひどい顔をしていたと思う。

しかし……それ以前の問題だったのだ。

私は着替えて、化粧をしようとベッドから足を伸ばした。

ところが……ぐらり。

一瞬、天と地がどちらか分からなくなって、ベッドに倒れ込む。

何?今の?

怖くなった。

しかし、今日那須へ行かなければ、聡が心配する。

もう一度、ベッドから起き上がろうと足を床につけようとした時だ。

ぐらり。

とてもじゃないけれど、足が地につかない。

とうとう私は観念した。

急いで母を呼ぶ。

心配した顔をして駆け寄ってきた母に、目じりにうっすら涙が滲む。

”ごめん。お母さん。とうとう起き上がる事さえできなくなった”

その言葉を飲み込んで、ゆっくりなるたけ穏やかに伝えた。

「お母さん。体調がひどく悪いの。那須へは医者に行ってから、行くことにする。聡にはあまり心配かけたくないから、うまく私から話すわ」

母は、一瞬息をのんだ。

「やっぱり眩暈がひどいの?」

私は正直に頷いた。

「そう。医者には行けそう?」

「行くわ。このままでは那須へ行けなくて、聡に心配をかけるだけ。それを避けたいから」

それなら最初話した時に行けばよかったのよ。

そう言われても仕方ないのに、母は静かに微笑んだ。

「そうね。大きな病院なら、休日でも見てもらえるから行きましょう」

私は頷いた。

でも、その前に聡に行けないと連絡しなければ。

心が重い。

鉛を引きずったまま、スマートフォンを手にする。

「今から医者に行くことにしました。でも心配しないで。近いうちに元気になって、那須へ行くから!」

そこはかとなく元気を装う。

それが今の自分の精一杯だった。

聡からはすぐ返事が来た。

「ごめんな。忙しくて東京に戻れなくて。医者ヘ行ってくれること、良かったよ。お母さんに後でメッセージをいれておくな」

安心した。

その言葉に目頭が熱くなる。

私はどこまでも自分勝手でダメな人間。

最初から聡や母の医者へ行ってほしいという願いを叶えていれば、もっと早く安心させられたかもしれないのに。

でも……。

もし重大な病気だったら……?

私は頭を振る。

私が眩暈を感じるようになったのは、スーパーに勤めてから。

多分ストレスが関係している。

違ったら?

それまでは健康だったのだから、重大な病気だとしても初期のはずだ。

健康?私が健康?

私は頭の中で健康という言葉がひっかっかった。

子供が産めなかったのに、健康と言えるの?

不健康だから、子供が産めなかった。

心が壊れそうな悲しみが広がる。

まるで踏まれた氷のように、心がひび割れていく。

そうだ。私は医者に行っては行けないのだわ。

私が行くと、ただでさえ病で苦しんでいる人たちを苦しめることになる。

でも、私も眩暈が苦しい。

どうすれば?

私は鈍い体を押して、頭を働かせた。

「お母さん、お父さんの友人の服部先生の所へ行くわ。あそこなら、安心だもの。だから、今日でなく、来週の月曜日に連絡を取って」

「あぁ、服部先生!確かに腕は確かだわ。でも、聡さんに今日行くって言ってしまったのでしょう?」

「でも、服部先生なら、色々融通してくれるでしょう?聡には後で連絡しておくわ」

会話に父が割り込んできた。

「服部か。診療開始前の朝早い時間に俺のことも診てくれたなぁ」

渡りに船だ。

「お父さん、お願い。服部先生に連絡を取って、月曜日の朝、診療前に私を診てくれるように頼んで」

「分かった。そうしよう。あいつの病院は金持ちだから、最新機器もあるし、詳しい検査もできる。診察も申し分ないはずだ」

これで、悲しく苦しい思いをさせる人も最小限で済む。

私はほうっと息を吐く。

「奈美子。明後日まで耐えられる?」

寝ていれば、眩暈に襲われることもない。

私は頷いて、

「寝ていれば平気」と言った。

「俺に任しておけ」

と父が力強く言ってくれたこともあり、私は束の間ほっとした。

どことなくおかしい。

父も母も気付いていた。

コロコロ大事な意見をかえるあたり、私らしくないと。

異常性に飲み込まれている様を、私だけが何も見えていなかった。

自分が壊れていく。

壊れていくことさえ気付けないのを不思議に思うと思う。

でも目の前の一つ一つのことに必死過ぎると、気付けないものだ。

今でもそれは怖いと思う。

だから家族が壊れないように、いつも相手の深い所を見ることを疎かにしない事をここで誓う。

家族が私を守ってくれたように、私も家族を守りたいのだ。



最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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織花かおりの作品
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作成:コロン様
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[良い点] 病院に行くと決めた奈美子に読み手も安堵はしたものの、めまいに襲われたり、自分の悲しい想いが伝播するという妄想様の想いに捕われていたりとハラハラな状況が続き、奈美子の苦しさが伝わってきました…
[一言] > 自分が壊れていく 壊れていくのが自覚されつつ、でも自分ではどうしようもなく、網の結び目が一つ一つぶちっぶちっと壊れて、網の目に空いた穴がどんどん大きくなっていってしまうのを、と同時に気…
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