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22、聡の出立

奈美子の弱い部分が続きます。

でも本当に強いストレスにさらされると、奈美子のようになる方は実際にいらっしゃいます。

いよいよ聡が那須へ行く。

次長として栄転するんだもの、喜ばしいこと。

それなのに……

どうしてこんなに体が重くて、起き上がれないのか。

昨日も睡眠薬を飲んだ。

そのおかげでぐっすりとはいかなくても、睡眠らしきものはとれた。

朝聡の起きた物音で、私も目覚めた。

ところが、意識があっても体が鉛のようで、腕一本動かすのも辛いのだ。

聡は黙々と出勤の準備をしている。

今日本社へ一度顔を出してから、そのまま支社へ向かうという。

私は必死で起き上がろうとして、聡にぎょっとされた。

「奈美子。どうした?すごい形相だぞ」

はっとして歯を食いしばっている自分の顔を想像する。

「ごめん。体が重くて。必死になった」

「そんなにしんどいのか。見送りはいいから、ゆっくり休んでいろよ」

「だめよ。今日が出立の日なのに。絶対に寝てなんていられないわ」

私は意地でも起き上がろうとして、やっと上半身が起こした。

ぜぇぜぇ息が上がる。

「奈美子。やっぱりどこか悪いんじゃないか?そんなに息が上がること今までなかったろう?」

「うん。……早い更年期かな?」

またごまかす言葉がするすると口から出た。

“偽善者”

その3文字が今度こそ、私の脳裏にはっきり浮かんだ。

ぐらり。

思わず頭を抱え込む。

「大丈夫か?本当に無理するな。朝食はお義母さんに頼んであるから、大丈夫だから」

「いやよ。聡と一緒に朝食をとるわ」

「那須なんて、東京から3時間で行けるんだ。会おうと思えばいつでも会える。奈美子の体調の方が心配だ」

私はその言葉で少し落ち着いた。

そうだわ。これが今生の別れという訳ではないのだから。

「分かった。朝食の間、もう少し休んでいる。でも私に気を使って、黙って会社に行ったりしないでね」

「そんなことするわけないだろう?」

私は再び横になった。

体は幾分楽になったが、心は全然晴れない。

キッチンから、母の声がする。

「聡さん。朝食の用意ができたわよ」

「はい。今行きます」

そんな声を聞きながら、私はいつの間にかうとうとしてしまった。

はっと何かに急き立てられたように目を覚ます。

時計を見ると、8時20分。

「聡!」

私は無我夢中でベッドから這い出すように起き上がった。

喉がからからで、足元も覚束ない。

慌てて母が寝室にやってきた。

「奈美子。聡さんなら出勤したわ」

「どうして!どうして起こしてくれなかったの!」

「すやすや寝ていたから、起こすのが可哀そうで」

「どうして!どうして!」

私は情けなくて泣いた。

夫の新天地への出立、見送ってあげたかった。

心は曇っていても、心からのエールはおくれた気がしたのに。

母は悲しそうな顔をして、私の背中をさすっていたけれど

「聡さんが今週末、那須へ奈美子と来てくださいって言っていたわ」

と励ますように言ってくれた。

「今週末……」

7日経てば聡に会える。

そうだ。そんな距離感にいるのだ。

私はまた少し落ち着いた。

性格にもよるが、こんな単純なこと、目の前の出来事に一喜一憂して、大切なことを見失ってしまう思考がストレスによるものだという事を知ったのはそれから少し経ってのことだった。

理知的だった私が壊れていく感覚。

それが気づかないうちに忍び寄ってくる。

この恐怖、この危険性は健康な人には伝わりにくいだろう。

ただ私の心が完全に壊れる前に、家族が動いてくれた。

この後、中年の娘の心を救うために69歳の母が恥をかいた。

親にあんなことをさせてしまった自分が、不甲斐なくて不甲斐なくて情けないが、あの状態では私もいかんせん何もできなかった。

親というものは、本当に有難いものだと思う。




最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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織花かおりの作品
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作成:コロン様
― 新着の感想 ―
[良い点] お話にぐいぐい惹きこまれて、次はどうなっていくんだろうとどんどん読み進んできてしまいました。 私にはとても魅力のある物語!です。 誰しも良かれと思って行動しますが、チーフ、話し合い、あれは…
[一言] 活動報告からお伺いしました(´ω`*) わ、わかりみが深すぎて……! 人間関係が上手くいかなくなったことも、ネガティブキャンペーンされたことも、偽善者と言われたことも……あったわ……(´・ω…
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