20、話し合いⅢ
毎日更新は、今日までとなります。21話目からの「家庭編」は、完結まで書きあがり次第連続で更新します。楽しみにしてくださった方がいらっしゃいましたら、誠に申し訳ございません。なるべう早く書きあげるようにしますね。
では「スーパー編」最終話もお楽しみください。
「佐竹さん。実は私もあなたに言いたいことがあるの」
小畠さんはそう切り出して、申し訳なさそうな顔をした。
「私にも子供がいないことは話したよね。でも、私は佐竹さんほど傷ついていなかったし、そういった寂しさを乗り越えてから、勤めに出た。娘くらいの歳の佐竹さんにこういっては可哀そうなのだけれど……、もっと傷がふさがってから、外へ出るべきだったのではないかしら?」
私は、がーんと頭を殴られた気持ちになった。
「子供がいない悲しさを、あなたのオーラから多くのパートさんが感じ取っていてね。それは人によっては、ひどく息苦しくなるものでね。傷つけたら、ごめんなさいね」
最早息をしているのか、していないのかさえ分からなかった。
つーと背中に一筋汗が流れたが、涙は出なかった。
それは最後に一かけら残った私の自尊心から来る意地だったのかもしれない。
「あなたに気を使って、子供の話までしないようにしようかって話題にまでなっていたのよ。子供ができなかったことは同情するけれど、それを職場で全面的に出すのは大人ではないと思う」
綿貫さんが畳みかけるように言う。
「だから、あの時私言ったでしょう?加藤さんに対する接し方を、子供がいない自分に置き換えて考えてみるようにって」
それは……それは違う。
声にならない声が私の中でこだまする。
人の傷を抉るたとえ話をするなんて、どれほど私が傷ついたか、この人、いやこの人たちは分かっていない。
しかし、そう思ったことを自制する。
先ほど小畠さんが言ったこと、子供のできなかった傷がもう少しふさがってから、外に出るべきだったのでは?という言葉が、私が自分の気持ちを発するのを遮った。
私は……私は間違っていたの?
私の悲しみが人の苦しみを生んでしまったの?
私は外に勤めにでてはいかなかったのかもしれない。
私はやっとの思いで、息をほうっと吐き、声を絞り出した。
「皆さんにそんな風に気を使わせてしまっていたとは気づかず、申し訳ございませんでした」
そこまで言って、私はきゅっと唇を噛んだ。
そして、震えそうになる声を必死で冷静に保ちながら、最後の意地を見せた。
「私がこのまま勤めてもご迷惑をおかけすることになりますので、今日を限りで辞めたいと思います」
もう未練はない。
聡や父や母に自分の稼いだお金で何かを買ってあげたい、そんな働くことへの希望さえ高校生のようで幼稚だったのかもしれない。
いや、悲しさや寂しさを新たな出会いで薄めようなんて期待したことが、不純だったんだわ。
私は外へ働きに出てはいけない人間なのだ。
いや、人と関わることで、人の心に悲しみや苦しみを感じさせてしまう人間なのだ。
あの時、私はこんな風に自分を徹底的に否定してしまっていた。
だから、自分を全くかばえなかった。
「私には、子供が……息子がいます」
加藤さんが、とうとう言葉を発した。
「その子も私と同じ障害を持っています。だから、あなたの言動が許せなかった。あなたにも子供がいたら、そしてその子が障害を持っていたら、あんな言動はしなかったと思っています」
私は何を言えば良かったのだろう。
ただ、悲しかった。
障害を持っていても、あなたには子供がいるじゃないか!そう言いたかったのだろうか。
あなたは無視をして、こんな風に私をまた傷つけて、お子さんに顔向けできるのか!それも言いたかったことだろうか。
ここまできて、まだ子供がいないことで私を苦しめるのか!これが正解だったと思う。
今なら思うのだ。
加藤さんへの挨拶の件も、私の失言や障害のことはあれど、それをかわすのは社会人として最低限のマナーであること。
そして、チーフが私を偽善と言ったのは、やはり言い過ぎであること。
子どもがいない悲しみを、外で働きに出ることで乗り越えようとしていた私を応援したりはしなくとも、温かな目で見てほしかったということ。
しかし、それらを一切伝えられずに、私はスーパーを去った。
あの後、チーフが
「佐竹さん。本当にいいのですか?皆さんとやり直すことはできますよ」
と言っていたが、
「子供がいない傷を負っている私が、すぐにそれを忘れられるとお思いですか?」
と尋ねたら、黙ってしまった。
傷ついた心の奥の奥の5人に向けた僅かな責める感情は、全員に見えていたように思う。
なぜなら、綿貫さんはあからさまにふんと顔を背け、小畠さんはため息、加藤さんと斎藤さんは私と目も合わせなかったから。
こうして、地獄のような話し合いは終わり、私の心に大きな、それはとてつもない批判を受けた後にできる自己肯定感を根こそぎ取った傷が残された。
この話し合いの後、私は友人とさえも会うのも怖くなってしまい、家族に迷惑をかけることとなるのだが、輝く日々がその先に待ち受けているのを思うと、聡に父や母に感謝しかない。
特に夫の聡への感謝と絆は、ずっとずっと深まった。
私の物語も後半へと入る。
ここからは、家族の物語だ。
今回もお読みくださり、ありがとうございました!
今日は外出しているので、予約投稿にしました。