19、話し合いⅡ
一人に対して五人で話し合うなんて、怖いですよね。
私は、悲しみと不安、そして言いようのないどす黒い感情が押し寄せる中、チーフの言葉を待った。
「佐竹さん。加藤さんがなぜ佐竹さんと話をしたくなかったか分かりますか?」
分かるわけない。
だって加藤さんとは挨拶以外、何も話したことはない。
私が答えるよりも先に綿貫さんが、言葉を発した。
「チーフ。それについては私から話します。佐竹さん。佐竹さんは、商品補充の仕事を誰にでもできる簡単なお仕事だと何度か私の前でおっしゃいました。確かにあなたにとってしてみればそうでしょう。でも、そうでない人もいらっしゃるんです」
私はあまりのことに何も言葉が出てこない。
そうだ。加藤さんは斎藤さんの手助けを借りて仕事をしていた。
私はひどく打ちのめされた。
これは私が悪い。
「きづか……」
謝ろうとした瞬間、チーフが口をはさんだ。
「加藤さんは、感情障害の他に発達障害もお持ちで、漢字を読むことと計算が苦手なんです」
何ということ!それで斎藤さんが……。
私は素直に謝った。
「私の気遣いが足りなくて、誠に申し訳ございませんでした」
私が悪い。
本当にその時は、自分がつけられた傷が分からなくて、それ以上伝えられなかった。
が、言葉にできない見えない傷は、私の中でさらにどす黒い感情となって渦を巻く。
それを敏感に察した綿貫さんが、さらに言葉を重ねる。
「素直に謝ることは良いことだと思います。でも正直、佐竹さんは幼稚すぎるわ。加藤さんに無視されたとか言っているけれど、自分だって私を無視したでしょう?」
「あっあれは……、加藤さんに無視されたショックで綿貫さんの言葉が耳に入らなかっただけなんです。申し訳なかったです」
「あんな怖い顔をして、無視をして……。じゃあ、加藤さんのことももう何もなかったことにするべきだわ」
それとこれとは違う。
そう思いながらも、うまく言葉が紡げない。
喉がからからで、全身の血液が心臓に集まって巡っていないみたいだ。
「それと、最初の日、いきなり自分は子供がいないから働けるって、マウント取ってきたでしょう?あれはひどいってみんな言っていたわ」
みんな?みんなって?私のことが噂になっているの?
私はじゃっかんパニックになった。
あのパートさんたちの冷ややかな目。
事務室での聞きかじった会話。
思い当たることは幾つかあった。
どうして?
もうだめだ。
私はくらくらする体をおして、座っているのがやっとだった。
その様子を見て、斎藤さんが口を開いた。
「多くの人が、佐竹さんの言動を把握しています。事務室での会話はあっという間にパートさんたちは共有します。それに、加藤さんは自分がなぜ佐竹さんを無視したのか、苦しい胸の内をちゃんとみんなに説明されました」
みんなに説明?
陰でそんなことを。
ひどい。
自分の気持ちをうまく説明できないけれど、これでは一方的に悪者だわ。
私が何も知らない間にこんなことになっていたなんて……。
手からの震えが全身への震えへと変わっていった。
チーフが気遣うように言う。
「佐竹さんには、もう少し早くこちらの気持ちを伝えるべきでした。でもね、わざとではないのよ。佐竹さんの様子をきちんと見て、佐竹さんにお任せしようと思ったんです。でも、佐竹さんは気づかれずに、こんな状況になってしまった。それは私の落ち度でもあります。本当にそれについてはお詫びします。ごめんなさいね」
何がごめんなさいなの?
私は泣きそうになるのをぐっと堪えた。
「私も至らない所があったのは認めます。申し訳ございませんでした。でも、私の気持ちを話させてください。まず綿貫さん。私はマウントなんて取っていません。あれは、私の正直な気持ちです」
「子供がいないから働ける?それって、まったくナンセンスだわ!あの時も言ったけれど、みんな子育てしながら、介護をしながらでも働いているの!佐竹さん、あなたは甘いわ」
なぜ正直の気持ちを言っただけでここまで責められるのか、私は全く分からなかった。
でもここまで口を開かなかった小畠さんがこの後言葉を発した。
それで、事態はさらに悪化することになる。
あの時は、自分の悲しみがさらにこういった悲しみを生んだことに心から苦しいと思ったけれど、今はあの苦しみがあったからこそ自分の夢を持てたと思える。
人は悲しみを感じるからこそ、優しく、強くなれるだと強い確信をもてたことを考えると、あの地獄のような時間も決して無駄ではなかったのだと涙が吹っ切れる思いがする。
今回もお読みくださり、ありがとうございました!