18、話し合いⅠ
いよいよ話し合いが始まりました。ここから、奈美子、耐えて~~~!未来には、明るい希望が待っているから!
昨日は聡が私の体調を気遣ってくれて、料理や洗濯をしてくれた。
「ごめんね」と言うと、「栃木へ行ったらもうしてあげられなくなるからね」とどこか心配気に笑った。
夫の新たな出発にみそをつけてしまった私は、ただただ謝った。
チーフの電話を受けた私はベッドから出て、聡とおしゃべりできるまでに気力が戻っていた。
今思い返すと、これから起こりうることに対して戦闘態勢に入っていたのだと思う。
攻撃するための戦闘態勢でなく、自分を守るための戦闘態勢。
聡には何も話していない。
休みの聡に「仕事へ行ってきます」といつものように告げて家を出た。
歩きながら見慣れた風景をしみじみ見る。
「あっ、あの花屋さん、外壁を塗り返したんだ」とか「あっ、とんかつやさん、新メニューののぼりをたててる」などいくつかの発見をする。
これから話し合いだ。
もしかしたら、自分の進退に影響を与えうるかもしれない話し合い。
私はおかしかった。
新しい発見など現実逃避。
この時既に壊れかけていたのだ。
でもこの時の私はそれさえ気づいていない。
これからのことが不安で不安でしかたないのに、その不安に蓋をしていることにさえ気づかないほど私は弱かったのかもしれない。
スーパーに着いた。
裏口から入る。
この裏口を教えてもらった時は、これからはパート従業員として働けると希望に胸躍らせていたのに。
時計を見ると、14時の5分前。
ぎゅっとカバンを持つ手が汗ばんでいる。
胃のあたりがきりきり傷んで、私に現実をつきつける。
でも、行くしかない。私は責任ある行動を取らねばならない一社会人なのだ。
とんとん。
事務室のドアをノックすると、「どうぞ」というチーフの声が聞こえた。
ギ―。ドアが重い。
そこには5人の女性が椅子を丸くして座っていた。
中央にチーフ。その右隣に加藤さん。加藤さんの隣に寄り添うように斎藤さん。チーフの左隣に綿貫さん。そして、綿貫さんの隣に小畠さんがいた。
小畠さんは若干気まずそうに目をそらした。
“えっ?どうして小畠さんが?”
小畠さんと子供がいないことを話したことを思い出して、動悸が激しくなった。
子供を諦めた事実はいまだに簡単に私の心を悲しみと苦しみでいっぱいにする。
すると今度は綿貫さんの言葉が蘇ってきた。
「佐竹さん。佐竹さんが子供がいないことがいくらショックでも、誰も子供を店に連れてこなくなったら余計に気を回すでしょう?それと一緒よ。自分に置き換えて考えてみて。余計な心使いは不要なの」
私は倒れそうになるのを必死でこらえながら、やっとの思いで会釈をした。
「佐竹さん、空いた椅子へ座ってください」
「はい」
「今日は皆で現状を確認して、今後どのように関係を築いていくかを話し合いましょう」
私は誰の顔も見ないようにうつ向いていた。
もうこの時点で私は建設的に自分の意見など言えない精神状態だったのだ。
チーフが言葉を続けた。
「では時間がないので前置きは置いておいて、本題に入りましょう。佐竹さん。佐竹さんが加藤さんのことを気に病んでいたのは事実ですよね?」
「はい」
「どうしてですか?」
「度々無視されたからです」
加藤さんが何かを言おうとしたが、チーフが制した。
斎藤さんも加藤さんの手に自分の手をそっと労わるようにのせた。
それはうつ向きがちな目線でもはっきり捉えることができて、私は打ちのめされた。
“私が無視されたと言っているのに、チーフも斎藤さんも加藤さんを気遣っている。私よりも加藤さんを心配している。私なんかどうでも良い存在なの?”
私の心に加藤さんに対してのどす黒い感情が湧く。
心に色があるとしたら、それは少なからず人には見えるものだと思う。
少なくとも敏感な人には、色を感知する能力がある。
そして、ここに集まっている5人は全員『敏感な人』だった。
きれいな色は人を安心させるし、汚い色は人に嫌悪感を抱かせる。
それに気づいたのは全ての話し合いを終えた時だった。
やっと現在あの全貌を思い出せるまでに、心の健康を取り戻した。
ひと月前の私を抱きしめたい。
現在の私は自分の肩を腕を自分でぎゅっと抱きしめ、がんばったねといたわるのだ。
今回もお読みくださり、ありがとうございました!