15、聡の懸念(5日目の夜)(聡の単身赴任まで3日)(辞めるまで2日)
今回はいつもより短いお話ですが、聡のように話を聞こうとしてくれる旦那様は貴重ですね。
その夜私は夕飯を食べずに、ベッドでじっとしていた。
ただ時計の音だけがする。
テレビも見る気になれなかったし、音楽も耳障りだった。
カチャリ。
聡が控えめに寝室に入ってきた。
そうか。
もう23時か。
聡は、23時にベッドに入る。
私は黙っていようか、起きていることを知らせようか迷っていた。
話しかけたところで、今の私には自分の状況を話す気にはなれない。
聡には、大事な転勤が控えている。
そんな時に、こんな問題を家庭に持ち込むなんて……。
私は唇を噛んだ。
「奈美子。起きているか?」
優しい聡の声に、涙が出てしゃくりあげてしまった。
「この間から少しおかしいと思っていたんだ。何があった?」
私は、涙で息が詰まったかのように、返事ができない。
ただ嗚咽だけが聞こえる。
「ごめんな。そんなに苦しんでいたことに気づかなくて。自分の仕事で精いっぱいで悪かった」
聡の優しさが全身をくるんでくれて、少し呼吸が楽になったように思えたが、私は案外どんな時も論理的に考える癖があった。
聡は、すごく辛いことが私の身に起こったかのように思っている。
もし、無視されただけ、ちょっと人格的なことを注意されただけ、などと知ったら、きっとあきれる。
自分でもどうしてこんなになってしまったのか分からない。
しばらくの沈黙の後、聡は続けた。
「お義母さんとも話したんだが、奈美子。家を早めに建てて、みんな栃木へ引っ越さないか?このマンションは、誰かに貸して」
その提案に乗ってしまいたい。そう思った。
緑豊かな新天地で、広々とした家でみんなで暮らす。
そうしたい。でも……。
こんなことで参っていたら、私は一人の成人した大人として失格なのではないか?
もう少し、もう少しだけ頑張ってみよう。
人生の落伍者のように栃木に逃げるのではなく、納得してから行きたい。
栃木には、親しい友人も知人もいない。
そんな中で、家族で協力してやっていかねばならないのだ。
スーパーのパートで、へこんでいる場合じゃない。
私は聡に小さいけれど、はっきりした声で言った。
「心配かけてごめんね。でも、もう少し頑張ってみたいの。自分を信じたい」
聡はベッドに入りながら、静かに言った。
「分かった。でも、今の状態になった理由を俺が栃木に行くまでに話してほしい」
「それはもう少し待って。私も自分で何が何だか分からないの」
スーパーのことを考えたら、ひどい動悸がした。
聡にも伝わったようだ。
「分かった、無理に言わなくていい。でも、本当に壊れる前に俺を頼れよ」
「うん」
嬉しい感情に、私は素直に身を委ねた。
明日は明日。
取り敢えず、明日は休むんだもの。
しっかり心と体を整えて、また明後日から頑張ろう。
私はやっと自分の気持ちに収まりをつけたのだった。
今回もお読みくださり、ありがとうございました!