13、偽善を押し付けないで(辞めるまであと2日、怒涛の5日目)
社会人は、空気を読むことを結構強要されますよね。
私の5日目の仕事は、ペットボトルだった。
色とりどりのペットボトルを見ながら、思う。
ここ最近、とても疲れた。
でも、感情障害を持っている加藤さんは、いつもそんな感じなのかもしれない。
そうすると、加藤さんに同情する気持ちが生まれてきた。
“どんなに辛かっただろう。それでも、仕事を頑張っているのだ。確か息子さんがいると聞いたわ。感情障害を持ちながら、子育てもしているのね。本当に大変なのに立派だわ”
私はその頃になると、仕事をしながら大分周りの様子を窺えるようになっていた。
だから、加藤さんが通路の横を通るのを身逃さなかった。
「加藤さん、お疲れ様です」
加藤さんは、ぎょっとした後、本当に不愉快な顔になった。
私はめげずに笑顔で伝える。
「今日は、お客さんが多いですね。お互いにがんばりましょう」
一人のお客さんが、私たちを見ている。
加藤さんは、渋々と言った態で、少し頭を下げた。
私は、天にも昇る気持ちだった。
やっぱり、真心は通じるわ!通じるのよ!
気をよくした私は、一部始終を見ていたお客さんにも満面の笑顔で言った。
「いらっしゃいませ」
お客さんは、ひきつった笑顔ながらも、私に会釈をしてくれた。
どんどんペットボトルを並べていく。
気持ちが明るくなると、こんなにも仕事がはかどるのか。
「佐竹さん」
しばらくしてチーフに声をかけられた。
「少しお時間よろしいですか」
硬い声だ。
「はい」
〝何かしら?“
私の心は一気に不安モードになった。
〝あんな強張った顔のチーフを初めて見たわ“
私はチーフの後に続いて、事務室に入る。
入った途端、チーフは私に小声で注意をし始めた。
恐らく、2,3人のパートさんが休憩に入っていたから、そこに聞こえないようにとの配慮だろう。
「佐竹さん、お客さんから苦情が出ました。一人でゆっくり買い物をしたかったのに、店員さんに声をかけられて、いるようではなかったと」
「えっ?」
私は、はっと息をのんだ。
先ほどのお客さんの引き攣った顔が浮かぶ。
あれは、声をかけてしまったからだったのだわ。
「申し訳ございませんでした」
私は、謝った。
「佐竹さん、確かにお客様への声かけや従業員同士のコミュニケーションは大切です。しかし、望んでいない人にまで声をかけるのは、いけません。はっきり言って、「偽善」と言われても仕方ないことです」
偽善?
私は激しく動揺した。
“だって、お客さんがこちらを見ていたから声をかけただけなのに。それだけなのに、なぜ人格の問題のようなことを言われるの?”
口をパクパクさせたけれど、言葉が出てこない。
「他人に善意を押し付けるのは、偽善です」
きっぱりチーフが言った。
「では、佐竹さん、以後気を付けてくださいね。私も仕事があるので話はこれで終わりです」
チーフは、やっと笑顔に戻ったが、そのまま行ってしまった。
私は、がっくり肩を落とした。
人格を否定されたかのような気持ちだったのだ。
でも、その日はそれだけでは終わらなかった。
「佐竹さん、どんまい」
事務室にいたパートさんの中に、綿貫さんがいた。
後ろ姿だったのと普段とは違ったチーフとのやり取りに気を取られて気づかなかった。
私は聞かれていたのかとショックを隠せず、目を白黒させた。
注意を受けたのと合わせて、ダブルパンチ。泣きっ面に蜂。
引き攣った笑顔と会釈を返した私に、綿貫さんは満面の笑みで驚くべきことを告げた。
「佐竹さん、子供がいないことがいくらショックでも、誰も子供を店に連れてこなくなったら余計に気を回すでしょう?それと一緒よ。自分に置き換えて考えてみて。余計な心使いは不要なの」
倒れそうだった。
倒れてしまえば楽だったのかもしれない。
涙が溢れそうになるのを、何とか堪えた。
なぜ、お客さんに声をかけただけでこうなってしまうのか。
私が何をしたのか。
なぜ、子供のことを言われなければならないのか。
それが明らかになるのは2日後。
そして、その時にはスーパーを後にする。
何とかここで堪えた涙を、結局家で流してしまうことになるのだった。
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