11、睡眠薬(勤め始めてから5日目)
奈美子の心が傷ついていく様は、作者としても辛いです。
5日目は午後から出勤のため、私は聡が出勤してから二度寝をした。
二度寝といっても、眠ったわけではない。
今朝の悪夢がまだ心に残っていて、寒気がするほど怖くて眠ることなどできなかった。
頭の上まで羽毛布団をすっぽりかぶる。
“今日は休んでしまおうか”そんな考えがふとよぎる。
「夢見?馬鹿だなあ。そんなことで、気分を悪くしていたら、身が持たないよ。もっと地に足がついた思考をしないと」
聡の言葉が浮かんだ。
が、夢は自分の記憶を整理するために見るもの。
これは、有名な説だ。
だからあの悪夢も私の記憶の断片をつなぎ合わせ、今の状況を自分で分析した結果かもしれない。
そのように思うのなら、あの時聡になぜそう言わなかったのか。
学生時代は、よくお互い学んだことを報告しあって、いろいろな説を検証し、朝まで議論しあったのに。
あの時は、時間も気力もたっぷりあった。
出勤前の忙しい時間に議論など吹っ掛けられない。
何より、私自身に自分の気持ちを話す気力がないわ。
若かったあの頃とは違う。
涙が溢れた。
若い頃、幸せになれると信じていたなぁ。
好きな聡と結婚できて、婿に入ってくれて、私はママになりたいって思っていて。
そこまで考えて、呼吸が早くなり、耳に激しい動悸が響いてくる。
胸がひどく押しつぶされる。
苦しい!
がばっ。
私は、ベッドから飛び起きた。
あのままベッドに横になってもいられないような、何かに押しつぶされるような、とんでもない苦しみが迫ってくるような感覚。
私、身体が動かないほどくたくたなのに何をしているのだろう?
動けない、休みたい、でも横にもなれない。
私が睡眠薬に手を出し始めたのは、この夜からだった。
母が以前眠りが浅いと、市販薬を買っておいたのだ。
でも、その前に5日目の仕事の様子を語っておこうと思う。
結局、私は出勤した。
聡だけでなく、父も母もいない家は、その時の私には安らげなかった。
加藤さんに負かされたようで嫌だったし、聡や父の苦労から比べたらこれくらいでへこたれてどうするという思いもあったから。
ここで心が健康な状態でないと、仕事はこなせないということを実体験から悟ることとなる。
心が健康とは例えば「うつ病などでない状態」などを指すのではない。
心が健康な状態というのは、波風のない穏やかな状態で、心配事などがあったって心揺れることがあっても、すぐに穏やかな心に戻れるということ。私はそう思う。
例え、うつ病と診断されなくても、不健康な心というものは存在する。
残念なことに、すでに私はこの時心が健康ではなかった。
ちょっとしたことがきっかけで、なし崩し的にだめになる。
私のその弱さは、恐らく生まれ持ったものだろう。
しかしながら、今まではあまりそのことで悩むことはなかった。
加藤さんが、スーパーという職場が、私の弱点を引き出した事実。
人は誰もが環境によって良くも悪くも影響を受ける。
そして、それはほんの少しの心の動きで劇的に結果が変わってくる。
いよいよ私が職場をやめる日が見えてきた。
あの日を私は一生忘れないと思う。
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